及川長編 そんなものさいいもんさ fin
試合が終わっても、松川くんが言っていたことはよくわからなかった。でも確かに、少し徹の見方が変わったかもしれない。
初めて見たバレーをしてる徹は、いつもとは全然違う空気を纏っていた。怒気迫るその表情には勝利しか見えていなくて、バレーはわからない私にも徹がものすごい選手なんだとわかった。それまではどうして徹が主将なんだろう、岩泉くんの方が向いてるんじゃない、とか思っていたのに、今日の試合を見ただけで青城バレー部の主将は紛れもなく徹しかいなかった。

だから。試合を終えた徹に、私はなんて声をかければいいかわからない。言葉は見つからないまま、でも走ってロビーの方へ向かった。
しばらくして、白いジャージの集団がやってきた。先頭にいた松川くんと花巻くんは私に気づいたけど、気を遣ってか花巻くんが手を振ってくれただけで通り過ぎて行った。

徹は岩泉くんと並んで一番後ろを歩いてきた。二人とも私に気づいて、岩泉くんが「…先に行くぞ」って徹に声をかけたのが聞こえた。岩泉くんが通り過ぎて、徹だけ、私の前で立ち止まる。

「…おつかれさま」
「…ありがとう」

なんて言えば正解なんだろう。試合、すごいよかったよ。徹ってすごいんだね。初めて見たけど面白かった。どれもしっくり来なくって、私は口をぱくぱくさせるだけだ。

「…かっこ悪いとこ見せたね」
「そんなことないよ!!!!!」

それは自分でも、ビックリするくらいの声量だった。徹も予想外だったのかぽかんとしていたから。

「かっこ悪くなんかない!かっこよかった!すごかったよ!?」
「…名前ちゃん」
「ざ、残念だったけど…でもほんとに、みんなすごかった!!」

無知なバレーに関して、私は語彙力がないのだ。それでもあんなに一生懸命な姿を見せておいて、かっこ悪かったなんて言って欲しくなかった。"すごい"しか言えない私に、徹は少しだけ笑った。うん。さっきまでの顔より、こっちの方が全然いい。

「…名前ちゃんに、初めて褒められた」
「だって、徹落ち込んでると思って…」
「俺が落ち込んでるから、言ってくれたの?」
「……ほんとに思ったことだよ」
「今日は珍しく優しいね」
「…今日だけ、ね」
「もしかして俺に惚れた?」
「…調子乗んな!」

私は徹のお腹を軽くグーパンで殴る。女の子がすることじゃないとか騒いでるけど、そんなの無視だ。もうすっかりいつもの徹に戻っていて安心した。

「…名前ちゃん、この間はごめんね」
「え…」
「あんなこと思ってないし、賭けとかも嘘だよ。…岩ちゃんにも怒られちゃった」
「なんて?」
「"好きな子をいじめるとか小学生かよ!"って」
「………え」
「俺、好きな子ほどいじめたくなるみたい」
「……それって、」

"どういうこと"
その言葉は、遠くから徹を呼ぶ岩泉くんの声に掻き消された。バスで帰るから、そんなにゆっくりはしていられないみたいだ。
じっと私を見つめていた徹は、不意に笑った。それはいつもの意地悪なものじゃなく、無邪気な、子供のような笑み。
そのまま何にも言わず、私の頭にぽん、と手を置くとすれ違って行ってしまった。私は固まって、しばらくその場から動けなかったというのに。

「…なに今の」


* * *


帰ってきて、私は自室のベッドで今日の出来事を何度もリピートしてはため息をついて思考停止していた。最近このパターン多すぎる。

何度も言うが、今日の試合はすごかった。今まではいつも突っかかってくる、子供っぽくて意地の悪い男だと思っていた徹がキラキラして見えるくらいには。今彼のことが嫌いか、と聞かれれば正直答えに迷ってしまうくらいには。それはこの一ヶ月ちょっとで積み重ねてきた時間もあるが、今日の試合が決め手となった気がする。

そして、徹の言葉。この間のことを謝ってくれた。そのあとが問題。

"俺、好きな子ほどいじめたくなるみたい"

私の勘違いでなければ、その好きな子っていうのが私…?どうして?いつから?疑問はいっぱい浮かんでくるけど、それに答えてくれる人はいない。だって徹は一年の時から当たり前のように私を女子扱いしていなかった。そんな素振りを見せなかった。でもそれこそが、気持ちの表れってこと?それとも他に何か意味があるの?

そんなとき、ケータイの着信音が鳴った。画面には、及川徹。相手が今まさに考えていた男だということに動揺して、出るのに躊躇う。電話なんて、かけてきたことないじゃん。なんて言えばいいかわからないよ。でも、このままわからないのも嫌。

迷って、私はゆっくりと通話ボタンを押した。

「…もしもし」
「あ、名前ちゃん?良かった出てくれて」
「元気そう、だね」
「え?いやぁ流石に今日は疲れてるよ」
「そ、そうだよね」
「うん」
「あ、のさ…これでバレー部、引退なの?」
「え?いや、まだ春高があるから。うちは三年全員残るよ」
「そっか…良かった」
「名前ちゃん」
「…はい」
「さっき言ったやつなんだけどさ」
「…うん」
「またそのうち話すね」
「…え?」
「だって名前ちゃん、今言ったって理解できないでしょ」
「馬鹿にしてる?」
「ちょっとね」
「及川うんこ野郎」
「ちょ、冗談だよ!…でもまたまっつんに相談されるくらいなら、まだ先でいいやと思って」
「ふーん?なんで?」
「さあね」

電話越しの徹の声は、楽しそうだった。また聞きたいことははぐらかされたけど、そのうち教えてくれるらしいから今回はまぁいいかって思っちゃってる。 

「名前ちゃん、ありがとう」
「急に何?」
「名前ちゃんのお陰で元気出たからさ」
「…いつもそのくらい感謝してよ」
「えー、してるよ」
「全く伝わってないんですけど」

そのままなんでもないことを話して、最後に「じゃあまた明日学校で」って言って電話を切った。
さっきまで徹の声を拾っていた耳がこそばゆい。慣れない電話越しの会話に、間近で聞こえる息遣いに、クラクラした。変に緊張したのかもしれない。徹相手に私が、なぜ。今更肩に力が入っていたことに気づいて、脱力する。

明日また学校で、徹に会う。もう落ち込んでないといいな。なんて、いつもの私なら絶対に思わないのに。
徹のこと大っ嫌いだと思ってたけど、嫌いではない、に評価を改めてあげてもいいかもしれない。

鼓膜をそそのかす



19.12.13.
- ナノ -