及川長編 そんなものさいいもんさ fin
わけもわからないまま徹に突き放されてから、もう一週間は口を聞いていなかった。たまに視線を感じるけど、向こうから話しかけてくることはない。偽装カップルとして付き合うことになる以前ですらこんなに話さないことはなかったので、徹がいないだけでこんなにも静かになると初めて知った。

タカスギくんとも、あれから話すことはなかった。どうしてあんな風になったのか、私にも彼にも謎だったけどやはり少し気まずくて、多分まだしばらくは普通に喋れないだろう。

あんなにいつも絡んできていた徹が一週間も話しかけてこないと、「及川と喧嘩でもした?」「もしかして別れたの?」なんて言われることも多かった。私にも現状が理解できていないので、そのどれにも曖昧な返事を返すことしかできなかったけれど。私達の事情を知る男子バレー部の面々は、何か知っているのかもしれない。

「苗字、及川となんかあったの?」

そう思っていたから、こんな風に聞かれるのはもう慣れていてもその質問をしたのが松川くんだと分かると少し驚いた。

「…徹から何も聞いてないの?」
「特に。岩泉なんかはもしかしたら聞いてるのかもしれないけど」
「…私にもわかんないんだよね」

昼休み。職員室の近くで会った松川くんと、廊下で立ち話するにはおかしい話題だと理解しつつもこの間の出来事を話す。

「なるほどね…」
「意味わかんないでしょ」
「まぁ…うーん、そうだな…」
「え、もしかして松川くんわかるの?」
「予想はつくけど、それが当たってるかは分かんないから言えないな」
「えー…」

表情が読み取れない松川くんの顔をジッと見つめるも、やはりそれを教えてくれることはなさそうだ。当事者である私には、予想すらできないというのに。

「苗字はさ、及川と今の微妙な感じ、どうなの?」
「どうって…」
「例えば、寂しいとか」
「わかんない…」
「じゃあ、及川にそんなこと言われて、どう思った?」
「うーん…ムカついたし、悲しかった…かな」
「ムカついたのは、嫌いな及川に馬鹿にされて悔しかったから?」
「うん…言われてみればそうかも」
「悲しかったのは?実はそこまで嫌いじゃないから、言われたことに傷付いたんじゃない?」
「…そんなわけないよ」
「じゃあどうして悲しかったの?」
「………」
「そこはわからないんだね」

ここで松川くんが小さく笑うから、淡々と言うようで実は親身になって聞いてくれていることにようやく気付いた。そんな彼の言うことを否定すると、なんだか悪いことをしている気になってしまう。でも実際松川くんはそれすらも楽しんでいるようだった。

「なんか松川くんって、カウンセラーみたいだね」
「初めて言われたよ」
「私も初めて思った」
「あ、及川」

私の後ろに視線をずらした松川くん。口から出た名前に思わず体を強張らせた。徹が、松川くんに呼ばれて私の後ろにやって来るのがわかる。どんな顔をすればいいんだろう。背を向けてるのが私だって気付いているのだろうか。一瞬で嫌な汗をかいてしまうのがわかった。

「何してるの?まっつん…名前ちゃん」

反応して、振り返ってしまった。目が合うと、徹は先日みたいに怒っている様子はない。けれど明らかに気まずそうだった。

「今度試合来るんだよねって話」
「え?ちょっと松川くん!」
「及川も来て欲しいよな?」
「……うん」
「…行って、いいの?」
「……名前ちゃんがいいのなら」

それだけ言うと、徹は最後まで気まずそうにして行ってしまった。この前とのギャップが大きくて益々何を考えているのかわからなくなってしまった、というのが正直な感想。それでも、否定的な態度をとられなくてどこか安心していた。

「…徹、もう怒ってないのかな」
「安心した?」
「…!私、試合の話なんてしてないよ」
「正直に及川の話してましたって言った方が良かったの?」
「……松川くんってほんといい性格してる」
「俺の評価安定しないな」

松川くんは相変わらず楽しそうに笑っている。結局は他人事なんだから、実際に楽しんでいるんだろう。

「まぁでも、本当に一回見に来てよ。退屈させないと思うから」
「…まぁ…一回くらいなら」
「及川も喜ぶよ」
「どうだろう」


* * *


二週間後。私は、結局試合を見に来ていた。決して徹に来て欲しい紛いなことを言われたからではない。でも松川くんの言うことが正しかったら、今日ここに来れば私の中のモヤモヤの原因がわかるかもしれなかったからだ。

「すごい人…」

スポーツの試合なんて初めて見る。しかも今日勝てば全国行きが決まるようなすごい試合。改めて青城のバレー部が強いんだと認識した。相手校だって、バレーが全然わからない私も名前くらい聞いたことある。
青城の生徒は私含めてみんな制服を着ているからもう既にばれているけど、徹の彼女だと周知されている私があの応援席の団体の中にいるのは気が引けた。私は少し離れた位置に腰を下ろし、試合開始を待つ。

「…頑張れ」

無意識に呟いた言葉は、もちろん誰にも届くことはなかった。


思考回路伝線




そして、試合開始のホイッスルが鳴る。



19.12.11.
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