及川長編 そんなものさいいもんさ fin
気まずい。非常に気まずい。タカスギくんと話すのは、あのとき以来だ。このときばかりは日直というシステムを恨んだ。というのも、彼と日直になってしまった私は放課後、二人で教室に残って日誌を書いているのだ。

「…あの、私書いとくから、先帰ってもいいよ」
「二人で書かなきゃいけない欄あるじゃん」
「じゃあ、先書いて」
「苗字」
「………」
「俺のこと、避けてる?」
「そ、そんなこと…」
「嘘下手だね」

タカスギくんは曖昧に笑いながら、私が書いている日誌を奪い今日の出来事の欄を埋めていく。ここは日直二人が書かないといけないと決められた唯一の欄だった。申し訳ないと思いつつ、タカスギくんの告白を断ったのも、そのあとタカスギくん目当ての女子とそのオトモダチに囲まれたのも、まだ最近と言えるほど日は浅いのだ。嫌いじゃないから前みたいに友達として接したいけど、今はまだその距離感を図りかねていた。

「苗字さ、及川と付き合ってるんだってね」
「え。あ、うん…まぁ」
「順調?」
「えと、…どうだろう」
「なにそれ」
「な、なんて言えばいいかわからなくって…」
「あー…及川が羨ましいなぁ…」

その言葉を聞いて、それまで頑なに机から顔を上げなかった私は目の前に立つ彼を見上げた。見上げてしまった。下から見るその表情は、笑っているようにも見えるし、悲しそうに見えた。その原因は私だとわかっている。でも、励ますのは違うと思うし、なんと言えばいいかわからない。

「…タカスギくんには、もっといい人いると思うけどね」
「それでも苗字がいいって言ったら?」
「、え?」
「ごめん、まだ諦められてないんだよね」
「そ、それは…えと…」
「困ってる」
「う…ん」
「はは、ごめんね」

彼はまた謝った。謝るべきなのは私なのに。なんて言おうか、迷いながら口を開いて、また閉じる作業を何度か繰り返す。タカスギくんは書き終わった日誌を机の上に置いて、その後微妙な沈黙が流れていた。

「あの、タカスギく」
「なにやってんの」

急に割り込んできた声。反射的にそちらを向くよりも前にそれが徹の声だってわかった。そうやって入ってくるのなんかデジャブだなとか呑気に考えたけど、それに反して徹はひどく機嫌が悪そうに見えた。

「及川…日直の仕事」
「お前もう書いたんでしょ。先帰ったら?」
「でも」
「ごめん、二人で話すことあるんだよね」

"だから帰れ"有無を言わせないその妙な雰囲気にタカスギくんは黙り、そのまま扉のところに立つ徹とすれ違って出て行ってしまった。そうなると今度は必然的に徹と二人になるわけで、私の元までゆっくりと歩いてくる徹に目を向ける。

「タカスギになに言われてたの?」
「なに、って」
「名前ちゃんってタカスギのこと好きなの?前は断ってたのに、やっぱりいいかもって思っちゃった?」
「…なに怒ってんの?」

いつもと違う。いつもの徹は、私に対してこんな顔をしないしこんな冷たい音を発しない。明らかに含まれる怒気に戸惑いが隠せない私は、徹の質問の意図が探れず逆に質問を返してしまった。それもまた、さらなる怒りの原因になるとは知らず。

「誤魔化さないでよ」
「そういうわけじゃないよ」
「あ、もしかして、今は俺がいるから断った?俺と付き合ってなかったらタカスギと付き合ってた?」
「そんなこと関係ない」
「別れてあげよっか?どうせ名前ちゃんは、俺のこと好きで付き合ってるわけじゃないんだし」
「は?」
「あ、この際だから名前ちゃんといる理由、教えてあげよっか」
「なに言って、」
「俺のこと嫌ってる名前ちゃんでも、俺なら落とせるかなぁって」
「…なに、それ」
「マッキー達と賭けて遊んでたんだ」

なに、それ。徹を見れば、いやらしく笑っていた。徹はそんなことしない。花巻くん達もそんな人じゃない。もし仮にそれが本当のことだったとしても、プライドの高い徹がこんな風に言うはずない。頭ではそう思っていても目の前に起こっていることが事実で、全てだ。自分よりずっと体格の良い男子に、こんな風に怒りをぶちまけられて恐怖もあるし、言われたことに傷付きもする。

「…嘘でしょ」
「残念ながら、ほんと」

精一杯の強がりも、その一言でどこかへ消えて代わりに涙が頬を伝った。

「サイッテー」

せめてもの抵抗で徹を睨んで、私はそのまま荷物を纏めて教室を飛び出した。徹の言っていたことが頭の中でぐるぐるしてる。涙は止まらない。日誌は教室に置きっぱなしで出てきてしまったけど、取りに戻るなんてできるはずもなく諦めてそのまま家に帰った。


帰宅してすぐにダイブしたベッドの上で、私はさっきのことを思い出した。

すぐ私に絡んで揶揄ってくる徹は、基本的に最後はいつも優しかった。馬鹿にしたような態度をとられたことはあっても、人を傷つけるようなことは言わないと思っていた。それにそうしようと思わなくても、ポーズだけでも女子には優しくするような奴だから。だから信じられなかったのだ。あんなことを言う徹が。

それに私も、どうして徹に言われたことに傷付いているのか。別に本物の彼氏でもないし、どちらかと言うと嫌いな奴だ。そんな奴に弄ばれていると知ったから?あの場で尚も馬鹿にするような言動をされたから?訳もわからず怒りを向けられたから?

考えてもわからない。答えなんてどうせ出てこない。

どちらにせよ、多分徹との関係はこれで終わったのだろう。せいせいするじゃないか。いつも突っかかってくる、ムカつく奴の相手をしなくて済むんだから。

「…知らない」

私は考えることを放棄して、そのまま泣き疲れた子供のように深い眠りに落ちていった。


どうせ男と女





19.12.09.
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