及川長編 そんなものさいいもんさ fin
GWに男子と水族館。これはデート、と言っていいんだろうか。相手があの及川なのが気に入らないけれど、そんなこと言ったら周りの女子の皆さんからこれでもかという反感を買ってしまうし、それ以前に今私は及川の彼女(偽だけど)なのだからそんなこと口には出さない方がいいだろう。

それよりも私は、今更ながら生まれてこの方誰かとお付き合いしたことはなく、デートなんてものも未経験だ。その相手が好きな相手であるならそりゃもう自分の全力を出すべきなのだけれど、何度も言うが相手は好きでもない及川。
一体、どんな顔で、どんな格好をして、どんな心持ちで当日あいつと顔を合わせればいいのだろうか。それが今の私にとって最大の悩みの種であった。


* * *


GW最終日の午後。結局私にできる限りのおしゃれをしたつもりだ。学校のときはほとんどしないメイクもして何だか落ち着かないけど、これは及川のためではない。校外で及川の隣を歩くのだ。よく考えたら本当の私たちの関係がどうであれ、周りからはカップルに見られるのが自然だというのは、認めたくはないが事実だった。世に言うイケメンの隣を歩く限り、それなりの格好がつかないと自分が恥をかくかもしれないという、そう、これは自衛である。

「お、…徹くん、ごめん、待たせた」
「あ、名前ちゃん。ううん、今来たところだよ」
「………」
「なんかデートっぽいねぇ」
「こ、これはそんなんじゃ、」
「名前ちゃんってこういう経験少なそうだし、もしかして人生初のデートだったりする?」
「うっさい!」

ニヤニヤ笑う及川は、絶対私のことをバカにしている。

「ま、いーや」
「ちょ、及、徹くん!!」
「なーに?」
「手!」

あろうことか手を繋いで歩き出した及川は、私の抵抗も虚しくガッチリ指を絡ませてくる。所謂恋人繋ぎというやつ。そのまま水族館の中に入って行くので、私は引っ張られる形で付いて行くしかなかった。見慣れない私服。嫌でも手から伝わる体温。いつもと違う状況に、私は早くも目を白黒させている。それでも及川は普段と変わりなさそうで、悔しくて私も普段通りを振る舞うしかなかった。

それでもだんだんとこの状況に慣れてきた頃。なんだかんだで普通に水族館を楽しんでしまっていた私と及川は、お昼を食べに併設されているレストランに入った。

「はい、メニューどうぞ」
「…どうも」
「なあに?俺の顔になんかついてる?」
「いつものムカつく顔しかないですね」
「名前ちゃんは、いつもより可愛いね?」
「は!?」
「俺とのデートのためにおしゃれしてきてくれたんだね、嬉しい」
「違いますけど」
「照れてるのバレバレだよ」

不意打ちの及川の言葉に、顔に熱が集まるのがわかった。なんなのこいつ、なんのつもりよ!今日会ってからというものの、及川はずっとニヤニヤ顔でこちらを見てくるのだ。
私は自分のペースを崩されまいと、今日の目的をぶつけた。

「それより、どうして私といるのか!理由、教えてよ」
「あれ、その話覚えてたの」
「あたり前でしょ?そのために今日ここにいるんだから」
「そんなに知りたいの?」
「もちろん」
「…俺が名前ちゃんといる理由はね?」
「うん」
「俺が、名前ちゃんと一緒にいたいからだよ」
「………は?」

思ったよりもかなり冷たい声が出たが、これは許してほしい。そんな胡散臭い及川スマイル、誰が求めているというのだろう。少なくとも私は求めていない。

「…遊んでないでほんとの理由教えなさいよ」
「…やだね!教えちゃったらつまんないし」
「うっわ、開き直った!約束したのに!」
「そんなのに騙される名前ちゃんが悪いんですぅー」
「子供みたいな返ししないでくださいー」
「名前ちゃんが正解を言えたら、教えてあげるよ」
「及川ってほんとせこいよね」
「えーひどいなー、俺はほんとに名前ちゃんとデートしたかっただけなのになぁー」
「はいはい」
「ていうか名前、ちゃんと呼んでよ!俺だって呼んでるのに」
「あんたが勝手に呼んでるんでしょうが。やっぱ無理、呼ぶ度に鳥肌立つもん」
「ひど!!それはひどすぎない?」

言い合う私達は最早、カップルというより小学生の喧嘩だ。それでも結局及川は教えてくれそうにないし、いちいちムカつく言い方をしてくるんだから仕方ない。なんとかそんな及川をぎゃふんと言わせたい。そうして私の口を出たのは後から自分でも後悔するものだった。

「徹」
「へ」
「徹って呼ぶ」
「…………」
「いい?」
「う、うん」
「最高に笑えるマヌケ面だね」

負けっぱなしは悔しいという思いから来たこの勢い任せの発言のせいで、私は及川改め徹と呼ぶことを逃げられなくなってしまったのだから。
それでも、前に一度否定された呼び方だったけれど不意打ちに照れたのか、その減らず口を黙らせることには成功した。してやったり。

レストランを出た私達は、ちょうど始まるところだったイルカショーを見た後、最後にお土産屋さんに寄った。

「名前ちゃん、なんか買ってあげるよ」
「は?いらないよ。徹に借り作りたくないし」
「今日のお礼だよ。ほら、あのお揃いのキーホルダーとかどう?」
「死んでも嫌なんだけど」
「まぁまぁ」

お礼とか言って強制的にお揃いのアザラシを押し付けてきた徹は、満足気に頷いて隣を歩いている。何がそんなに嬉しいのか。

「ね、いっこ聞いてもいい?」
「なに?名前ちゃんといる理由はもういいでしょ」
「よくはないけど…そうじゃない」
「じゃあ聞いてあげる」
「なんで"徹くん"に拘ってたの?」
「え?」
「徹じゃだめって、前言ってたじゃん」
「あぁー…」

曖昧な笑みを浮かべた徹は一瞬前に向き直し、またすぐにこちらに視線をやる。その顔はどこか照れ臭そうに、頬を掻きながら小さな声で言った。

「だって、名前ちゃんに"徹くん"って呼ばれたかったんだよね」
「は?」
「でも呼び捨てっていうのもなんかキュンときたから、まぁ結果オーライかな」
「いや、いやいやいや。答えになってませんけど?」
「ほんとのことだもーん」
「デカい体して"もーん"とか言わないでよキモいから」
「辛辣だなぁ」

結局、今日は何一つ収穫はなかったわけだ。聞きたかったことも教えてくれないし、お揃いのキーホルダーなんか持っちゃってるし、名前呼びも容認してしまったし。むしろ私にとっては大損害。

「名前ちゃん」
「なに」
「今日、ありがとう」
「急に何よ」
「楽しかったから」
「ふーん」
「名前ちゃんは?楽しくなかった?」
「楽しくなかった…こともないかもしれないけど…」
「それは良かった」
「楽しかったとも言ってないわよ」
「はいはい」

いつもはもっと突っかかってくる徹が、たまに本当に楽しそうに笑うから。見慣れない私服がムカつくけど似合っているから。本当に今日は調子が狂う。


ボキャブラリーは在庫切れ

 

「あれ、及川と名前ちゃんじゃん!」
「え、マッキーなにしてんのこんなとこで」
「午前練終わってからまっつんとかと遊んでた」
「…さいあく」
「え?思ってたより名前ちゃんとマジでいい感じなの及川?」
「実はそうなんだよねぇ」
「おいちょっと黙れ」


19.12.06.
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