及川長編 そんなものさいいもんさ fin
GWを目前に控え、やっと表立って及川とのことを聞かれなくなった頃。最近の私に特に変わったことはなく、及川との関係は相変わらず。彼女と言っても少し前より話す機会が多くなったのと(といっても及川がウザ絡みしてくるのがほとんどだが)、あと部活がないらしい月曜日は一緒に帰るようになったぐらい。本当に好きで付き合っているわけではない私たちにとって不本意だが、最低限それくらいはしなきゃカップルに見えないのではという話し合いが行われたのは、偽彼女になった次の日だった。

「あ、名前ちゃん、おっはー」

それから、花巻くん、松川くん、といったバレー部の面々と知り合いになったこと。岩泉くんは2年生の時に同じクラスだったので前から知っていたが、他は顔と名前こそ知ってはいても話したことはなかった。彼らは私と及川が偽装カップルであることを知っている。

「花巻くん…その名前ちゃん、って言うのやめてくんないかな」
「えー、だって及川がそう呼ぶからもうそれで覚えちゃったもん」
「男子から名前で呼ばれることってないから、なんからムズムズする」
「苗字、もうすぐ及川来るよ」
「げっ…ありがとう松川くん!私、もう行くね!」

朝練を終えた及川と遭遇しないように、私は足早に教室に向かった。どうせ同じクラスなのだが、いかんせんまだ教室外で二人でいると目立つのだ。なるべく被害は最小にした方がいい。

「おっはよー、名前ちゃん!」

それでもこいつはそんなことお構いなしに、私に絡んでくるのだけれど。

「…おはよ」
「テンション低いなぁ。名前ちゃんってば低血圧?あ、もしかして及川さんに会えなくって寂しかったの?」
「………」
「ねえ無視はやめよう?」

でかい体して似合わない泣き真似なんかする及川は、それでも私の席まで着いてくる。もうすぐ先生くると思うんですけど。

「なに」
「何って!冷たいなぁ」
「だって私及川に用事ないもん」
「及川じゃないでしょ、名前ちゃん?」
「…徹くん」

名前を呼べば、満足そうに笑う。思えば最初に私に名前を呼べと言った時から、私が名前を呼ぶ度にそんな顔をするのが理解できない。どうしてそんなに嬉しそうにするのだろう。一度、"徹くん"はなんかむず痒いからせめて"徹"じゃだめかと聞いたことがあるが、それはダメなんだそうだ。ますます意味不明。まぁ及川の考えてることなんて、私にわかるはずがないしわかりたいとも思わない。

「あ、そうだ、名前ちゃん。今日は月曜日だからね」
「知ってますけど」
「放課後、逃げちゃだめだよ」
「…もう逃げないよ」

このいちいちされる確認も、前科アリだからまだしばらく続くんだろう。


* * *


放課後。

言われた通りきちんと及川と一緒に校門を出た私は、隣でひたすらされるバレー部での話を聞いていた。やれ岩ちゃんがどうだとか、この間の練習試合で中学の後輩にあっただとか、そんなこと。話している及川はとても楽しそうで、本当にバレーとバレー部の仲間たちが大好きなんだとわかる。

「及川さぁ、」
「………」
「徹くん、さぁ」
「なあに?」
「そんなにバレー好きなら、私といる時間、勿体なくない?」
「え?」
「だって、バレーに集中したいから、偽装彼女作ってるのに。私とこうやっている時間作ってるの、意味ないじゃん」
「…名前ちゃんは、わかってないなぁ」
「は?」

やれやれ、と言わんばかりの及川に内心舌打ちをかます。すると及川はその綺麗な顔で笑って私に問いかけた。

「俺が名前ちゃんといる理由、教えてあげようか?」
「…うん」
「じゃあ、俺のお願い聞いてくれたらね」
「は!?」

今度こそ本当に、舌打ちが出てしまった。どうして。それを聞くために及川のお願いとやらを聞いてやらなくてはいけないのか。この期に及んでまだ何か頼んでくるなんて、図々しい。

「どうして私が」
「だって名前ちゃん、どうせ考えてもわからないでしょ?」
「じゃあわかんないままでいいよ」
「まぁまぁそう言わずに」

そう言うと、目の前の男は何やらごそごそとカバンを漁り出す。そして取り出したそれは、小さな紙切れだった。

「これ、水族館のチケットなんだけど。GWの最終日、付き合ってくれたら教えてあげるよ」
「い、いや…なんで私があんたと」
「だって名前ちゃん、知りたいんでしょ?」

私たちはカップルと言えど、偽造なのだ。偽物。お互いに好意なんて持ち合わせていないし、何度も言うがそもそもこの関係は及川がバレーに集中したいから始めたもの。それこそ、休みの日にまで私に構う理由がない。

「大体あんた部活は?」
「GWの最終日だけ、午後がオフがなんだ」
「そんな貴重なオフならしっかり休みなよ」
「だから遊ぼうって誘ってるんじゃない」
「いや、だから…それに、私じゃなくって岩泉くんとかと遊べばいいじゃん…」
「毎日顔合わせてるのに、それこそたまには離れたいよ」

その言い分は多少理解できるけど、それでもやっぱり私と会う理由にはならないでしょ。

「ね、お願い」
「何企んでんの?」
「え?ひどいなぁ。バレーは練習ばっかりじゃなくて息抜きも必要なんだよ」
「…今度何か奢りなさいよね」
「うん、わかった」
「素直で気持ち悪い…」
「この素直さを名前ちゃんにも少しは分けてあげたいよ」


こうして、私は及川と不本意にもGWの水族館に行く約束をしてしまったのだった。



すなおはわるいこ




19.12.03.
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