及川長編 そんなものさいいもんさ fin
「名前ちゃんかっけえ〜〜!」
「つうか及川が格好悪ィ」
「それな、及川がダサい」
「ちょっとみんなひどくない!?」
「はは……」

それぞれがドリンクバーから調達してきたジュースを手に、たまに真ん中に置かれたポテトを口にしていた。なんてデジャヴ……でもなんでもなく、それはまるで四年前のあの頃を再現したかのようだった。
青葉城西から一番近いファミレス、報告をするならやっぱり一番はこの人達だ。あの頃も、そして今も、散々お世話になったバレー部の面々。

「苗字は本当にこんな奴で良いのか?バレー以外クソだぞ」
「酷いけどバレーは認めてくれてる岩ちゃん好き!!!」
「まぁ及川が嫌になったら俺んとこきて良いよ!名前ちゃんなら大歓迎!」
「はあぁあ?名前ちゃんはどこにも行きません〜俺の名前ちゃんですぅ〜」
「俺はもう苗字にプロポーズ済みだもんね。あれこれからも有効だよ」
「ちょっと松川くん……」
「え!?なに、待って名前ちゃん!?その話聞いてないんだけど!?」
「松川の方が有望かもな」
「それはあるよねぇ」
「名前ちゃん否定してよ!俺泣くよ!?」

またこんな日が来て素直に嬉しい。でもまだ信じられない。そんな私の気持ちに気付いているのか、隣に並んで座る徹が机の下でこっそり指を絡ませ繋がる手。
緩く親指を遊ばせればすぐに上から押さえつけられて、そこからすり抜けてまた徹の手の甲を撫でればまた押さえつけられて……なんてしていることに、三人は恐らく気づいていない。

散々みっともない姿を見せたといえどやはりこんなところを見られるのは恥ずかしいので、バレないように手を離そうとすればすぐに追いかけて捕まえられる。
チラリと横目に徹を見れば全く私を見てはいなくて、だけどもしっかりと絡んだ指がギュッと強く私の手を握るから視線に気付いてはいるんだろう。
……バカだなぁ。そう思いながら、私も諦めて同じようにギュッと力を込める。

それから今までのことやこれからのこと、思い出話も将来の話も沢山した。またねって別れる頃には集まってからもう何時間も経っていて、五分の四男子だったとは思えないくらい喋り倒したな、なんて感心してしまう。

「苗字はまだこっちにいるんだろ?」
「うん。行くにしても卒業してからだから、あと半年くらいは」
「にしても忙しくなるな。お互いの親に報告は今からじゃねえの?」
「どうしよう、名前ちゃんの親にボコボコにされたら」
「それ面白いから動画撮っとけよ、後で見て笑ってやる」
「マッキーひどい!」
「あはは、まぁ大丈夫だと思うけど……流石に確信はないや」
「そりゃ急にアルゼンチンに行くとか言い出したらな……」
「でもまぁ、頑張って説得するつもり」
「お、俺も!」
「認められなかったら苗字は俺がもらうから」
「まっつんそろそろそのネタやめて!?ガチなの!?」

皆と笑顔で手を振り合って徹と二人になると、さっきまでの賑やかさが嘘みたいに静かになる。寂しさすら覚えて歩くこの道も懐かしいかつての通学路で、あぁ、あそこ、徹に別れようって言われた場所だ……なんて感傷に浸っていたら丁度その場所にきた瞬間腕を引かれる。

「?」

立ち止まった徹につられて私も立ち止まると、目が合った徹はさっき皆の前で笑っていたときと全然違う雰囲気を纏っていて……それがまるであの日みたいで、……どくんと心臓が跳ねた。名前を呼ばないで。確か私はそう、思っていたんだっけ。

「名前ちゃん」
「な、なに……」
「……今日、楽しかったね」
「う、うん?」

言われた言葉に戸惑った。え、何?訳もわからずとりあえず頷くと、徹はすぅって短く息を吸う。
あの日と同じ景色はちゃんと時間を歩んでいて、痛々しいくらいに泣いて縋った私も、涙でぼやけた視界に広がる白い息も、今は何もない。ただ悲しい記憶だけがこびりついて離れない、思い出すだけで締め付けられるような胸の痛みが……徹の表情に重なった。

「……今まで本当にごめん」
「えっ」
「ごめんなさい」

大きな身体が、腰のところから綺麗に曲げられる。いつもは見上げるほど仲良い位置にある頭が見下ろす位置にまで来て、見えたつむじに私は一瞬言葉を失った。

「沢山泣かせてごめんね。幸せにできないとか言ってごめん。勝手に答えを出して、ごめん。」
「と、徹?」
「名前ちゃんのことを沢山悲しませてごめん。……最後の最後まで、曖昧な態度で傷付けてごめん。」
「なに、」
「……最低だって分かってるし、……なかったことにはならないし……でもずっと俺が大切なのは、好きな子は、名前ちゃんだけだよ」
「な、に……」
「好き。名前ちゃんのことが大好き」

最後の一言、顔を上げて私だけを見つめる徹が眉を下げて笑うのがスローモーションみたいに見える。
何にも身構えていなかった私はよくわからくて、例えば泣きすぎて意識がぼぉっとする時みたいに、頭がふわふわしている。

ただジッと徹を見つめる私に、徹は少しだけ目を伏せてポケットから小さな箱を取り出す。なにそれ。……なに、それ。
どくんどくんと心臓が痛い。それなのに、目が離せない。

綺麗に手入れされた徹の手が、その箱を開ける。夕日に反射したそれはキラキラと輝いていて……徹はゆっくりとその場にしゃがみ込んだ。

「もう絶対に手離さない。名前ちゃんのこと、俺が幸せにする。もう泣かせないって約束する」
「とおる……」
「俺が好きなのは、ずっとずっと名前ちゃんだけだから。だから……俺に着いてきて欲しい」

あの時と真逆のことを言う徹に、ジンと目元が熱くなる。だってそんなの、ずるい。そうやって格好つけて言ったって徹が格好悪いのは嫌ってほど知ってる。私のことを思って別れる選択をしたこと、詳しくない私が分かるくらいに大事にしているバレーボール、春高予選で敗退が決まったときの表情、それでも諦めないで努力し続けると決めた覚悟。

そうやって泥臭く生きる徹のことが、好きで。飄々としていつも私に突っかかってきて揶揄ってウザくて、嫌いな奴だったのに……いつの間にかこんなにも私の中を埋め尽くす存在になってて。

「……それ、」
「あの時渡せなかったクリスマスプレゼント。実は結構前から準備してたんだよね」
「は、」
「……あんなことになるなら、女の子と見に行くんじゃなかった」
「……ペアリングを彼女じゃない女の子と見に行くのって、まじで最低だよ」
「ここでダメ出し?」
「だって、……そうでしょ」
「うん。そうだね、ごめんね」
「……ゆ、許さないし」
「……」
「許してあげない、から……」
「……」
「だから……一生かけて償え、バカ」

鼻の奥がツンと痛む。だけど私は、スンと小さく息を吸ってそれを誤魔化した。徹が私の右手をとって、その薬指に指輪を通す。つっかかることもなくピッタリと収まったそれには高校生の私と徹がいた気がした。

「……左手じゃないの?」
「それはまた、追々ね」
「またこのやりとりするの?」
「……またそんなこと言う」
「だって、……ふふ、ちょっと面白いじゃん」
「昨日の今日で用意できなかったし……それに、先に渡すならこれかなって思ったから」
「……そっかぁ」
「うん」
「……私が渡したプレゼントも、まだ使ってるの?」

私の問いに、徹は少しだけ驚いたように目を見開いて……それからすぐに柔らかく笑う。「勿論」って。それだけで、悲しかった思い出が少しだけ浄化されたみたいだった。徹の言う通り、苦しかった日々がなかったことにはならないけど。今となってはあの時間も必要だったのかな、なんて流石に都合が良すぎだけど。

また右手に視線を落とす。高校生の徹が選んでくれた指輪は、……本当に高校生が選んだの?ってムカつくくらいにまたお洒落なデザインで。そういうところだよなぁ。ムカつくんだよ、なんか。

「……ほんっと嫌い。徹」
「えっ!?」
「でもそれ以上に、めちゃくちゃ好き。大好き!」
「……今心臓止まるかと思ったよ!?」

綺麗な髪を乱して勢いよく立ち上がる徹に、私は小さく笑って。……目尻にたまる涙は多分きっと嬉し涙だから許してねって、徹の手を引っ張って頬に唇をくっつけた。きっと私たちはずっとこんな感じでいるんだろうね。


そんなものさいいもんさ




21.08.31. fin
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