及川長編 そんなものさいいもんさ fin
クリスマスイブ。午前中の終業式を終えて、私と徹は手を繋いで街に出る。
学校を出る前に廊下で会った花巻くんは、事情を知っている私の持つ紙袋を見てニヤリと笑っていた。

「お二人はこれからデート?」
「……へっへーん羨ましいだろ!今から名前ちゃんとクリスマスなんですぅ!」
「うわーうぜぇー」
「ね、めちゃくちゃうざいよね」
「なっ……名前ちゃんまで!?二人ともひどい!」
「まぁいつものことだよな」
「ねー」

口ではそう言いながらも「じゃあ楽しんで」って送り出してくれる花巻くんは、今日は家族で過ごすらしい。花巻くんってもっと友達とチャラチャラ過ごすイメージだったけど以外にそんなことないのか。
失礼なことを考えながら、いつの間に学校から電車を乗り継いでやってきた主要駅。改札を出てすぐのところには大きなクリスマスツリーが出ていて、それを見た瞬間徹は目を輝かして私を見た。

「名前ちゃん!写真撮ろ!」
「えぇ、いいけどここで?」
「ここじゃなくてどこで撮るのさ!?絶好の写真スポットじゃん!」
「いやでも、カップル多いし恥ずかしいっていうか」
「ちょっと?俺らもカップル!ほら名前ちゃん、もっとこっち寄って」
「わっ」

引き寄せられてスマホのインカメを向けられれば、画面の中にはほっぺがくっつきそうなくらいの距離に私と徹。無駄に整った顔面とただただ真っ赤になった私がパシャリとそこに収まると、それを確認した徹は嬉しそうに口角を上げた。

「はいカップルっぽーい」
「ねえ!やだ、それ消して!変な顔してる!」
「えー?まぁでもツリー見切れてるし、じゃあもう一回ね」

そう言って徹はまた顔を寄せる。ドキドキと胸が鳴って、でもさっきと同じ轍は踏んでやるもんか。長い腕を生かして今度はちゃんと後ろにツリーまで収めた徹の隣で、笑顔を作った私。撮れた写真は自分でも恥ずかしくなるくらいに幸せそうで。

「待ってこの名前ちゃん可愛い!待ち受けにしよーっと!」
「えっそれは嫌だ」
「ダメでーすもう設定しまーす」

近くにいるせいで徹の白い息が顔に掛かって、その向こうの徹はそれはもういい笑顔で設定したばかりの待ち受け画面を私に向ける。その嬉しそうな顔が子供みたいで可笑しくって私も思わず吹き出してしまった。
徹とわたしが二人でこんな空気を作っているのがもう恥ずかしいけど、でも幸せで仕方ない。悔しいけどちゃんと好きなんだ、ずっとこの瞬間が続けばいいって思うほどには。

「夜まで時間あるね」
「ね。ちょっと行きたいところがあるんだけど、いいかな」
「?うん」
「こっち」

外の冷たい空気でまた鼻まで赤くなっているのかもしれない。私の顔を見た徹がフッと笑って、どうして笑うんだって言ってやりたいのにその優しすぎる表情に私は何も言えなくなってしまう。

「どこ行くの?」
「んんー……もうちょっと」
「うん……?」

いつもとは違って口数の少ない徹に手を引かれるまま、どんどん駅前の繁華街からも離れて、それでもまだ進んで行って。
ねえどこに行くの。もう一度聞いても、今度は何も答えてくれなかった。なのに足は止まらなくて、ずっとずっと私は徹に手を引かれて走って、それで――――――


――――――――――― それで、

「……とおる、」

ぱちり。目を開いたとき、真っ暗闇の中ここはどこなんだろうって一瞬焦る。焦って、さっき自分が口に呼んだ名前を声に出してなぞって。

「……夢、」

理解したところで目尻に溜まっていた涙が落ちた。話していたはずの徹は目の前にいなくて、代わりに暗闇に目が慣れて見えてきた自室の天井が広がっている。温かい手に引っ張られていたはずの右手は一人で天に向かって伸ばされていただけ。
耳にこびり付いて離れない、夢の中で優しく私の名前を呼んだ声が、今の私を悲しくさせた。

泣き疲れて眠ってしまったのだろう、枕元に放り投げられていたスマホに充電器を挿してから時間を確認すれば、時計は二時を回った頃。
頭の中で、もう何度も思い出した放課後のあのシーン。あれこそ夢のようで、現実だなんて思えなかった。私に別れを告げた徹は今何を思っているのだろう。普通に寝れているのだろうか。嫌だな。せめて今日くらい、眠れない夜を過ごしくてくれたらいいのに。

終業式が終わったら話そう、って送ったメッセージ。時間も時間だし勿論既読なんて付かなくて、それを見て私は悲しくなった。


* * *


泣き腫らした瞼に罪悪感を覚えれば良い。
一夜過ぎて、悲しみや絶望しかなかった昨日の私とは違い今はその中に怒りさえあった。何も話を聞いてくれない徹に、勝手に全部を決めて一方的に別れを告げるなんておかしいとそう言ってやりたい。
だって徹はいつもそうだ。私を散々振り回して、私は振り回されて、悔しい。私だって思うことは沢山あるのに。

部屋の隅にあったクリスマスプレゼントの紙袋は夢に出て来た通りのもので、昨日の朝見た時は輝いて見えたそれは今は燻んで見えた。
あんなに徹のことを考えて選んだ時間も思い描いていた喜ぶ顔も全部幻で、全てが目の前でガラガラと崩れ去っていってしまったような……今はそんな悲しいことしか思わせないソレを手に提げて学校に向かう。

夜中に送ったメッセージは既読こそ付いているものの返事は返ってきていない。
大丈夫。ちゃんと話し合えば大丈夫。不安になってまた涙が滲みそうになる度に自分にそう言い聞かせて、ネガティブな思考を無理矢理頭から追い出す。腫れた瞼が痛くて、それなのに街で聞こえるクリスマスソングは相変わらず陽気なのがひどく滑稽だった。

ガラリと教室の扉を開けると、一斉にこちらに視線が集まった気がする。え、なに。その中から徹を見つけると徹も私を見ていて……少しだけ気まずそうに、フイっと顔を背けられる。
こそこそと聞こえる教室中の声から既にみんな昨日の私達のことを知っているんだと察してしまった。
どうして。そう思うけど、あんな道端で別れ話してたら誰かに見られてもおかしかない、か。

「……おはよう」

周りの声なんて気にせずツカツカと徹の元へ向かい、机越しに見下ろす。恐る恐る私を見上げた徹は……眉を下げて笑いながら「おはよう」と返した。

「メッセージ、送ったんだけど」
「……うん、でも」
「話したい」
「名前ちゃん、あのね?」
「……お願いだから」

自分でも思いの外小さくなってしまった声。だけど昨日より確実に冷静だと思う。あんなに取り乱してしまったのは恥ずかしいけれど、だけどそれ程私は徹のことがちゃんと好きなんだよって。伝えたくて、徹を見つめる。
徹はやはりずっと困ったような顔をして……それでも折れない私に結局根負けしたのか、最後は諦めたように頷いた。

「わかった、」
「じゃ、あ……終わったら待っててね」
「うん」
「……じゃあ、」

いつもならうるさいって言っても無駄な話を永遠と続ける徹が何も言わない。夢の中で見た徹は、本当に夢だけになってしまったのだ。それだけでツンと鼻の奥が痛む。
……大丈夫、大丈夫。そう心の中で無心で唱えていないと、今にも泣いてしまいそうだった。

席に着いた私は、深く息を吸って先生が来るまで目を閉じた。


どうしてまだ




21.07.24.
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