及川長編 そんなものさいいもんさ fin
「今更だけどさ、及川今日何してんの?」
「?さぁ」
「いや知らねーのかよ!」
「そんなにいつも連絡取ってるわけじゃないから…」
「…もし及川と出かけてて、出先で会っちゃったらどーすんよ。俺殴られんじゃね?」
「えっ!?そんなことはしないでしょ…」
「いやーでも機嫌は悪くなると思う。俺と名前ちゃんが休みの日に二人で仲睦まじくショッピングしてんのよ?浮気だと思うんじゃない」
「な、仲睦まじくって…」
「でもそうならないとは?」
「限らない…けど…じゃあ、どうすれば…」
「俺にいい案がある」

12月某日。寒空の下、そう言った花巻くんはとってもいい笑顔で笑った。


* * *


徹へのクリスマスプレゼントを買うためにやって来た、地元からはちょっと離れたショッピングモール。徹と、初めての、そしてもしかしたらこの先はまたしばらく一緒に過ごせるかすらわからない、クリスマス。
元はと言えば受験生だから予定してなかったけれど、思いがけず一緒に過ごせることになったのだからそりゃあ私の気合の入れようは相当なものだった。

普段はあんな感じだけど、前は徹のことどっちかっていうとウザい、嫌い、と思っていたけど、でも今はちゃんと好きな相手だ。喜んで欲しい。
だから、絶対に失敗するわけにはいかなかった。だからこそ、徹のことをよく知る花巻くんに協力を依頼したわけなんだけども。

「…いい案ってこれ…?」
「おう!」
「…これ、逆に目立たない?」

私は、花巻くんに言われるがままに購入してかけたサングラスを手に取った。

「あっ、名前ちゃん取っちゃだめだって」
「いやいやいや…これで気付かない徹だったら流石にやばいよ…絶対バレるよ…。っていうか、花巻くんは似合ってるけど私絶対変だし!」
「そんなことないって。名前ちゃんも似合ってるよ?」
「ちょっと笑ってるじゃん!」

くそう、長身でちょっとだけチャラめな花巻くんは元からかけていてもおかしくない、と言えるほどにそのサングラスをものにしているけれど、私は違う。どう考えたってちんちくりんな今の格好は、徹だけじゃない、もはや誰にも見られたくなかった。

「…っていうか徹に会うとは限らないのに…」
「まぁまぁ、念には念入れてってな。ほら、早く行かないと時間なくなるよ?」
「あっ…そうだ、行こ!」

こうなったら、なるべく早くプレゼントを決めて帰る!今の私に残された道はそれしかない。私は改めて気合を入れると、花巻くんとショッピングモールに繰り出した。


* * *


「なんか花巻くんと二人って変な感じだよね」
「確かに初めてだよな」
「学校でもみんなと一緒に〜って感じだったし。花巻くんって普段何してるの?」
「いやいや名前ちゃん、今は及川のことでしょ?」
「あ、そうか」
「すぐ忘れるじゃん」

忘れてるわけではないんだけど。
自分から誘っておいてなんだけど、花巻くんとって何話していいかよくわかんないんだよね。

「あ、名前ちゃんこれどう?」
「え…それ徹喜ぶかな?」
「喜ぶ喜ぶ、めっちゃ喜ぶ」

花巻くんが手に取ったのは、おしゃれな雑貨屋さんの隅にあった変なおじさんのキャラクターの…置き物…?いや、使い所わかんないしシュールすぎない?言いながらめっちゃニヤけてるし!

「ちょっと花巻くん、真面目に選んでよー」
「俺は真面目に不真面目です」
「不真面目はダメ!」
「へいへい」

言いながらも花巻くんはにやにや笑って、これ絶対まだふざけるやつじゃん!パシッとその大きな背中を軽く叩けば、「暴力はんたーい」なんて裏声で言うから私までおかしくなって笑ってしまった。

その後は意外にもきちんとプレゼント選びに付き合ってくれて、二人でああでもないこうでもない、と見て回っているうちにあっという間に時間は過ぎて行く。

結局は引退後もバレーを続けていく徹にはバレーグッズが無難で一番喜んでもらえるとの結論に至り、同じくバレー部の花巻くん視点で色々アドバイスを貰うことにより無事プレゼントを選ぶことが出来た。花巻くんなら普段徹の近くにいるから好きなブランドも分かるだろうし、間違いはないだろう。
スポーツ店を後にした時には昼時もピークを過ぎたであろう時間、タイミング良くグゥと鳴ったお腹は花巻くんに聞こえていないと信じたい。

「ほんっとうにありがとう花巻くん!」
「いえいえ。これで及川が喜ぶのかと思うと癪だけど」
「あはは、バレー部なんやかんや言ってみんな徹のこと好きなの知ってるから」
「それはちょっと語弊があるわ」
「ふふ。花巻くん、お腹空いてない?」
「あー、結構」
「ご飯食べてこうよ。奢るし」
「まじ?やった」
「上がレストランフロアだって〜」

並んでエスカレーターに乗り込み、レストランフロアに上がる。降りて少しのところにフロアマップが見えて、そこに向かおうとした時、だった。がさりと私の手に持つさっき買ったばかりの徹へのプレゼントの袋が揺れて、遅れて花巻くんに手を掴まれたのだと気付く。

「え、なに?」

驚いて後ろの花巻くんを振り返れば、ちょっと、いや、大分気不味そうに私を見下ろしていた。

「ど、どうしたの?」
「あー………」
「ほら、あっちに地図あるよ」
「ちょ、ちょい待ち、名前ちゃん」
「?」
「あー…っと、ほら、やっぱ向こう行かね?」
「え?ご飯食べないの?」
「食うよ、食うけど……あ」
「あれ………」

あっち、と指差した方。その先には、見慣れた男が可愛い女の子と一緒に歩いている。

「徹……だね」
「……だな」
「…なんか、ごめん。そういうこと」
「いや……うん、まぁ…」

私には気付くことなく歩いて行ってしまう徹に、私は花巻くんが急に向こうへ行こうと言い出した理由を知る。そして心がざわりと騒ぎ出した。

「…た、多分何かあるんだろ!ほら、ただの友達だって」
「や、…うん。分かってる、よ」
「…ヘーキ?」
「うん…ほら、私達も見つかったらやばいし!向こう行こっか!」
「おう!」

咄嗟に笑顔を作り、私は花巻くんの手を引いた。
分かってる。今の私だって、徹の知らないところで男友達と二人で出かけてる。徹へのプレゼントを買いに来たという理由から、知られたくもない。人のこと言えない。徹を疑うわけでもない。徹には徹の理由がある。

普段ヘラヘラしてるし女の子にめちゃくちゃモテるけど、でも私のことを好きでいてくれるのも十分に感じてる。 

じゃあどうしてこんな気持ちを抱えているか。それは少しのヤキモチもあるけれど、それ以外のもっと大きなもの。私は分かっていた。

「…これからはこれが普通になるんだよね」
「?なんか言った?」
「…ううん!何でもない!っていうかもうサングラス取っていいかなぁ!?」
「ぶふふ、覚えてたの?俺とっくに取ってんだけど」
「あ…あ!?本当だ!え、全然気にしてなかったんだけど」
「名前ちゃん及川のプレゼントに必死だったもんなー」
「ち、違う、花巻くんはサングラスかけても違和感なかったから外してもそんなに変わんないんだよ!」

徹が日本を出て行ったら、徹が何をしたのか、誰といたのか、知る機会がぐっと減る。こうして私の知らない徹がどんどん増えていって、それで、

…いつか徹の中から私が消えてしまうかもしれない。

そこまで考えて、私は首を振る。こんな心配今しても仕方ないのに。そう思いながら、私は必死に思考を追い出すように花巻くんに話しかけた。

六等星の存在証明



21.03.23.
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