及川長編 そんなものさいいもんさ fin
毎日学校に行っては休み時間の度に単語帳を開き、放課後も図書室で勉強して帰る。帰ってからも日付が変わるくらいまで勉強して、寝て、また朝が来て。代わり映えのない日々と刻一刻と迫る受験にストレスが溜まらないと言ったら嘘になるけど、でもそれだってあと少しの辛抱だ。

徹は私に気を遣ってかいつも先に帰るけど、でも週に一度、月曜日だけは一緒に帰るようにしている。その日が楽しみで、その日のために今日も頑張ろうと毎日頑張れていることは本人には内緒だけれど。

だから、これは私も予想外だった。

「え?推薦貰えたの?」
「うん。私思っていたより成績良かったみたい」
「さっすが名前ちゃん!」
「徹に言われると嫌味みたいなんですけど」
「褒めてるのに!」
「面接あるけど、もうほとんど決まったようなもんだって」
「そっか。じゃあひとまず、お疲れ?」
「なんにもしてないけどね」

昼休み、先生に呼ばれて何かと思えば志望校の推薦がもらえるとの話だった。ギリギリまでわからないから元から試験は受けるつもりで勉強していたけど、三年間割と真面目に頑張ったお陰でそれももう必要ないらしい。
まだ決まっていない人が沢山いる教室でその話は流石に出来なくて、帰りに徹に報告すれば自分のことのように喜んでくれた。

繋がれた手が少しカサカサしている。バレーのために手指の手入れを欠かさない徹とは逆で、私の手はしょっちゅう塗り忘れるハンドクリームがないと乾燥して仕方ない。季節はもう冬になろうとしていた。

「進路決まった記念にお祝いしないとね!」
「そうだね。クリスマスも出来ないと思ってたけど、大丈夫かも」
「やった!デートしよう!」
「…うん」

受験生という身分を脱した喜びと、目先のそれを理由に後回しにしていた将来への不安。今言う不安とは徹とのことで、考えないようにしていた卒業後の話はあの日から一度もしなかった。
この温もりをすぐに感じられるのも、あと少し。近い未来、確実に来る未来。でも私はまだ実感として受け入れられていないのかもしれない。


* * *


クリスマス。去年は家族と過ごしたけれど、その時はこうして徹と過ごす日がくるだなんて一ミリも思っていなかったよなぁ。

ぼんやりと考えながらも、スマホ画面に映し出されるまとめサイトをスワイプする手は止まらない。…はぁ。こんなの見ててもよく分かんないし。

私の目下の悩みは徹へのクリスマスプレゼントで、調べて出てくるのは大体王道の財布とか時計ばっかりであまり参考になるとは思えなかった。悔しいことに徹の方がセンスがいい気がするので、私があげるものより良いものを持ってそうだしバイトもしていない高校生に買えるものは限られている。
何を渡しても徹は喜んでくれるだろうけど、でも好みでもないのに気を遣って使ってもらうのは嫌だった。

アクセサリーだって付けるかわかんないし、徹といえばバレーだけどそれこそ使う物は自分で選びたい分野だろう。

「あああわからんー…」
「何が?」
「!」
「やっほ」
「花巻くん」
「及川と一緒じゃないんだ」
「うん、何か先生に呼ばれてった」
「あー…」
「進路のことだって」

私の言葉にぴくりと反応した花巻くんは、私になんて言うか迷っているみたいだった。一瞬訪れる沈黙。そうだよね。今のはわざわざ言う必要のない一言だ。それでも言ったのは、どうしてだろう。

「…平気?」
「うん」
「………」
「………」

一つ言えるのは、こうやって気を遣ってもらうためじゃないのは確かだ。
明らかに気まずくなりそうな空気を払拭させるべく、私はハハッと笑った。

「ちょっと相談したいんですけど」
「ん、?」
「徹の欲しいものとか知ってる?」
「欲しいもん?」
「うん。クリスマス、なにあげたらいいか迷ってるの」
「ああ…それで」

ううん、と唸った花巻くんは私の前の席に座る。放課後の教室、そういえば花巻くんはどうしてこんなところにいるんだろう。鞄を床に置いたところを見ると帰るところだったんだろうから、徹に何か用事かな。

数秒考えるように顎に手を当てた花巻くんは、「あっ」って閃いたみたいな顔をする。それに私は、「なんかあった?」とわかりやすく食いついた。

「名前ちゃんでいいんじゃね」
「は?」
「名前ちゃん。喜ぶと思うぞあいつ」
「…そういうのいいから」
「だぁってなー…」

背もたれにもたれかかった花巻くんは、そのまま天井を仰ぎ見る。

「及川に興味ねーもん」

気持ちいいくらいに笑顔でそう言う花巻くんに、思わず笑ってしまう。さすが。まぁそりゃそうか、と。でもそれじゃあ結局悩みは解決していなくって、私は机に突っ伏してしまった。

「でもマジで喜ぶとは思うよ?"プレゼントは私〜"ってやつ。ベタなのが好きでしょ、アイツは」
「えー…さすがの徹でもそれは」
「なんなら賭けてもいい!」
「はいはい」
「塩対応!」
「だってそれは無理だし……あっ」
「?」

そうだ。いいこと思いついた。

「プレゼント選び付き合ってよ」
「えぇ」
「花巻くん、もう学校決まったんでしょ?お願い!私一人じゃ絶対決まんないし」
「んー…まぁ、いいけど」
「ほんと!?じゃあ、予定立てよ!あ、待って、連絡先交換しよ!徹帰ってきちゃう!」
「…ノリノリだねぇ」

そう言いながらも花巻くんは笑ってスマホを出してくれた。ピロンッ。連絡先が追加されたことを知らせる通知音と共にガラガラッと勢いよく扉を開いて帰ってきた徹。タイミングが良すぎて、聞かれてなかったかとヒヤヒヤする。

だけどそれは杞憂だったようで、徹は私たちに視線をやると鼻歌を歌いながらこちらに歩いてきた。

「マッキーじゃん、どうしたの?」
「いーやぁ。及川がいない間に名前ちゃんを口説こうかと」
「はぁ!?いくらマッキーでも名前ちゃんはだめだからね!?」
「ちょ、徹冗談…」
「つーか口説かれてたのは俺の方?」
「はぁあ!?ちょっと名前ちゃん!どういうこと!?」
「…うるさ」

私が徹にできることなんて、少ないから。せめてこれくらいでも、私が、喜ばせてあげたいと思うなんて私も変わったんだな。

優しくなろうとしてたのよ



21.1.18.
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