及川長編 そんなものさいいもんさ fin
新学期、いよいよ受験ムードが高まる教室はそれでもどこかまだ夏休み気分を残していた。みんな久々に会う友達と、塾や学校の夏季講習の合間に作った思い出話に花を咲かせている。

私もそのうちの一人で、友達が旅行のお土産にとくれたクッキーを食べながら休み時間を過ごしていた。

「名前ちゃん」
「?」
「放課後、本当にいいの?」
「いいって言ってんじゃん」
「じゃあ、下駄箱あたりで待っててね」
「一緒に行かないの?」
「ちょっとだけ部活寄って渡すものあるから」
「そっか、わかった」

今日は、無事部活を引退した徹と、その仲間達に混ざってご飯に行く約束をしていた。

正式に徹付き合ってから岩泉くん、花巻くん、松川くんと会ったのは、始業式終わりと春高予選で一瞬見たくらいであまり話してはいない。

どうせ揶揄われたりするのはわかっているからか徹は珍しく私に気を遣って大丈夫かなんて聞いてきたけど、意図してなかったとはいえ相談に乗ってもらったりもしたし…一言お礼を言いたい気持ちもあったので了承した。

受験生だと言ってもこのくらいは許されるだろう。

* * *


そんなこんなで、放課後。何故か私はいつかの放課後みたいに、徹を抜きにした四人でファミレスにいる。
私の隣には岩泉くん。向かいには花巻くん、その隣に松川くん。それぞれがドリンクバーから調達してきたジュースを手に、たまに真ん中に置かれたポテトを口にしていた。
まるでほんとにいつかの再現みたいだ。

「…絶対あとで徹うるさいよ」
「まぁまぁ、ついてきた名前ちゃんも同罪っつーことで」
「てかあのクソ川が遅すぎるんだろ」
「まぁどうせすぐ来るっしょ」

最初は四人でちゃんと徹を待っていたのに、部活での用が長引いているのかどこかで女の子に捕まっているのか…まぁ満場一致で後者だろうということで置いてきてしまった私達。仕方ないよね。

「てかほんとに名前ちゃん、及川に脅されたりしてない?信じらんねぇんだけど」
「し、してないけど…三人ともやっぱり知ってたんだね」
「だって偽彼氏になるっていうの、俺の案だもん」
「花巻くんの?」
「そうそう、まさかほんとにやるとは思わなかったけど」
「…松川くんも、わかってて色々相談乗ってくれたんだ」
「え、なにそれ詳しく」
「俺と苗字の秘密〜」
「松川くんってカウンセラーみたいなんだよ」
「どゆこと?」

徹っていつもいじられてるけど結局周りから愛されてるんだなぁ。それが伝わってくる三人のやり取りに、私の方が嬉しくなってしまう。

「名前ちゃんは及川のどこが好きなの?」
「えっ」
「あ、俺も気になる」
「そ、れはちょっと…」
「今及川いないし良いじゃん!」
「おい、苗字困ってんだろ」
「岩泉だって気にならねぇ?」

あんなに及川のこと、嫌ってたのに。そう言われてみればごもっともで、私は何も言い返せなかった。
徹の好きなところ…改めて考えてみれば口にするのって恥ずかしい。だって、言ってしまったらほんとのほんとに認めたことになる。それってなんか悔しいじゃないか。

でも。

「…徹に言わない?」
「言わない言わない」
「どこがって言われたら、難しいけど……初めてバレーしてるの見たときに、ふざけてるだけじゃないんだ、って思って…」
「ギャップ萌えってやつ」
「それで…そしたら、真剣な徹のこともっと見たくなって、…今まで意識してなかったところに、惹かれたのかも…」
「おお、ガチのやつ」
「嫌だもう恥ずかしい…」
「ですってよ及川さん」
「え、?」
「名前ちゃんほんと…反則…」
「ええ!?な、どうして、徹…!」
「みんな置いてくなんてひどくない?」

急に現れた徹に驚いて、私は思わず立ち上がった。私以外の三人は気付いていたみたいで、ニヤニヤして私達を見ている。絶対この人たち徹がいるの知っててわざとこんな話題振った、やられた。

どんどんと熱を帯びる頬はきっと赤くなっていてそれを見られたくないから手で顔を隠すけど、そんな私の隣に詰めて座ってきた徹はあからさまにご機嫌だ。

「名前ちゃん、そういうのは俺がいるときに言ってよ〜」
「……最悪」
「苗字がいないときのコイツまじでウザかったから、許してやってよ」
「すぐに「俺のことほんとに好きなのかな〜」とか泣き出す女々しい男だからな」
「ちょ、それは言わないでよ!」

今度は徹が慌てだして、みんながそれを笑って。恥ずかしいしさっきのを徹に聞かれたのは不本意だったけど、こんな時間が楽しいと思えるのも徹と出会っていなかったら知らなかったかもしれない。
そう思うと仕方ないなぁ、って思ってしまうから大概私も絆されているんだろう。

それからも散々三人にいじられて、それ以上にみんなで徹をいじって、楽しいひとときはあっという間に過ぎて行った。


* * *


二人きりの帰り道、さっきまで賑やかだったのが嘘みたいに静かな空間は私も徹もあんまり話さないで歩いているから。しっかりと握られている手はじんわり汗ばんでいて、でも離そうとは思わない。夏の終わり特有のぬるい風が頬を撫でた。

「…ごめん」
「えっ」

ポツリと小さく呟いた言葉は、すぐに溶けて消えていく。徹が不思議そうな顔で私を見ているのが何となく分かった。

「……不安がらせてたのかな、って…」
「あー…今日聞いた話?…できれば忘れて欲しいんだけど」
「どうして?」
「だって………情けないじゃん。みんなも言ってたけどさ」

そう言った徹は、小さい子が拗ねているみたいで少し笑ってしまう。それでも私はやっぱりもう一度、さっきと同じように謝った。

「…は、恥ずかしい、だけだから…」
「…うん、知ってるよ」
「だってなんか…この前まで喧嘩友達、みたいな感じだったのに…」
「うん」
「徹だって、私のことあんまり好きじゃないんだと思ってたし…」
「今は?」
「え?」
「そうじゃないって、ちゃんと伝わってる?」
「……まぁ、そりゃあ…ハイ」

さっきとは打って変わって優しい声でそう聞く徹に、私は素直に頷いた。だから、照れ隠しにカタコトになってしまうのくらいは多めに見て欲しい。
そんな私を見て、徹は嬉しそうに笑ってくれるから。私はもう少しだけ勇気を出して、「ねぇ、」って徹を呼ぶ。

緊張が手に伝わって、少しだけ強く握り締めてしまう。半歩だけ先に出ていた徹は立ち止まって、私を振り返った。

「?」
「その……私、も」
「え?」
「だから!私も…ちゃんと、徹のこと好きだから…」
「!それって、」
「…だから…不安にならないで、…いいんじゃない」

言ってるうちに恥ずかしさが勝って、言葉尻が小さくなってしまう。それでも言いたかったことはきちんと徹に伝わったらしく、そのまま勢い良く手を引っ張られた。

「ちょっ、こんなとこでっ」
「可愛い無理名前ちゃん大好き」
「………うん」
「俺と付き合ってくれてありがとう」
「………私、こそ」

ぎゅっと強く抱き締められて、どちらのものかわからないドクドクと早い心音に急かられるようにして唇を合わせる。

誰も通らないようなところだと言えど道の真ん中だし、絶対普段だったら怒ってるところだけど。せっかく少し素直に気持ちを言えた今日の私は大分と甘いみたいだ。

「んん…」
「…ん、…名前ちゃ、」
「徹……すき。…ん、んんっ、ふぁ」

ぬるりと入り込んできた舌に、奪われていく酸素に、頭が痺れて…今だけは周りも何も見えないくらい徹に溺れていた。



恋とは停電した世界のようです





20.9.20.
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