及川長編 そんなものさいいもんさ fin
フリでも何でもない、私は正真正銘及川徹の彼女になった。

「ね、名前ちゃん、部活見て行ってよ!」
「え?やだよ、暑いし」
「まじで付き合った途端図々しい及川うぜえ」
「いや今までも割と遠慮なかったっしょ」
「苗字、気にせず帰っていいぞ」
「ちょっとみんな酷すぎない!!?」

人生初の告白をしてくれた本人はその日部活だった為、付き合い始めた余韻なんてものはなく帰ろうとする私を必死に引き留められた。
それで、まぁよく分かんないけど色々事情を知っていたんだろうなぁっていう岩泉くん、花巻くん、松川くんに報告したいというお願いにだけ了承し、体育館にやってくる。まぁ仮にもこの人誕生日らしいしね。

「まぁ及川の粘り勝ち?本当に偽恋人になってきた日にはさすがにびっくりしたけどな」
「去年までは、一目惚れした好きな子に突っかかることしかできなかい小学生男子だったのにな」
「苗字、嫌になったらすぐ別れろよ」
「だからちょっとみんな酷すぎだってば!及川さん泣いちゃう!」
「うぜー」
「うぜー」
「うぜー」
「泣いた」

無事報告も済ませ、何だかんだ言ってみんな辛辣な言葉とは裏腹に喜んでいるのが伝わってくる。弄られている徹を見ても私はどこか他人事で、思わず笑ってしまった。

「ちょっと名前ちゃん!笑ってないでなんか言ってやってよ!」
「えー…」
「っていうか俺名前ちゃんに好きって言われてない!名前ちゃん俺のこと好き!?」
「…さぁ?」
「あれ、名前ちゃんも満更じゃない感じ?」
「まじで苗字大丈夫か?」

急にさっきまでの徹を思い出して、恥ずかしくなったり。


* * *


「あんときの名前ちゃんまじで可愛かったなー」
「あーもう聞き飽きたってば、それ」
「今日ばっかりは部活あるの恨んだよね…」
「試合近いんでしょ?そんなこと言っていいの?」
「ダメだけどさぁ」

その日の夜。電話越しに聞こえる徹の声に、ソワソワした。でもそんなの勘付かれた日には調子に乗るに決まってるから、平静を装う私は相変わらず可愛くない。最近はずっと、今まで知らなかった感情で忙しい。
一見今までと変わらないのに、確かに変わった私たちの関係。

「ね、名前ちゃん」
「なに」
「俺のこと、好き?」
「はぁ?」
「だって名前ちゃんからまだ聞いてないし」
「な、何を…」
「好きって」
「そ、れは…いいじゃん!」
「え!?よくないよ!」

何を言い出すんだこの男は。平然とこういうこと言うから、チャラく見えるんだよ。

「っていうか、まだ好きとかわかんないし…」

ぼそりと呟いた言葉に、電話の向こうでこれでもかと言うくらい大きな「はぁ!!?!?」が聞こえた。

「うるさ…」
「まだそんなこと言うの!?」
「だって徹の押しが強かっただけだし…」
「あーあー!そんなこと言うんだ!へーえ」

分かりやすく拗ねる徹だけど、でも言ったことは本当だ。あの時は、徹の言葉にそうかも、なんて思ってしまったけど。確かにずっと徹のことで頭がいっぱいだったんだけど。

…好きか嫌いか、じゃない。認めるか認めないか、って段階なのも薄々気付いてるんだけど。 

「だって付き合ったって言ったって、今までと何か変わる?」
「そりゃあ変わるでしょ!」
「例えば?」
「え。…えー、キス、とか…できる!」
「付き合ってなかったのにしたじゃん」
「そ、そうだけど…これからは好きな時に好きなだけ出来るよ!」
「え、まさかそれだけ?」
「そんなわけないでしょ!えっと………あ!及川さんとずっと一緒にいられる!」
「……ずっと?」
「そう!ずっと!」

普段だったらきっと、そんなの迷惑だわ、なんて返してた。でも何故かその時は、そんな風に思わなくて。それは徹の言葉が、四六時中ずっと一緒っていう意味じゃなくて、例えば卒業してもって意味だって分かったから。

そっか。今の私は、徹とこれからもずっと一緒にいる関係なのか。

「あれ?名前ちゃん聞こえてる?」
「き、こえてる…」
「俺とずっと一緒、嬉しい?」
「嬉し…く、なくもなくもなくもない、」
「どっち!?」

そりゃあ私だって、受験生だから。今だって目の前には、電話する前にしていた勉強道具が広がっている。この時初めて、徹が卒業後どうするのか気になった。
バレーのことはよく知らないけど、でも素人目で見ても上手い選手なのは分かるからプロとかになるんだろうか。もしそうだとしたら、宮城から出て行ってしまうのかな。なんとなく、凄い人って東京とかに行くイメージがある。

もし、そうなったら。私はどうするんだろうか。一応今の志望校は県内の女子大だけど、今から東京に変えるなんて出来るだろうか。それか、遠距離になるのか。そうなったとき、果たして私は徹と一緒にいられるのだろうか。

そんな、漠然とした不安に襲われる。

「名前ちゃーん?」
「徹は、」
「ん?」
「大学、とか…どうすんの?」
「えぇ?うーん…何個か推薦きてるけど、まだ決めかねてるかなぁ…とりあえず春高予選終わったら考えるつもり」
「そっか…」
「どうして?」
「いや…ただ、気になって」

ただこの説明しようもない感情は、何となく徹にも伝わったらしかった。

「名前ちゃん、お互いどんな進路でも俺は名前ちゃんの彼氏に変わりないよ」
「…あんなに顔真っ赤にして告白してきたくせに、よく言う」
「それは忘れてよ!」
「忘れませーん」

なんの根拠もない言葉にひどく安心して、今はどうしようもない問題から目を逸らす。
でもまぁ、そんなこと考えてる時点で私も大分徹のことが好きなのかもしれない、なんてまだ言ってあげないけど。


静かに俯くレイトショー




20.8.12.
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