及川長編 そんなものさいいもんさ fin
終業式。明日から夏休み。朝一番に徹は私のところにやって来た。

「名前ちゃん」
「…なに」
「今日部活あるけど…その前に、時間ちょうだい」
「…なんで」
「なんでも」

それだけ言って離れて行ってしまった徹。
初めてのキスをした夜も、私から身体を離した徹はそれじゃあ、なんて言ってそのまま帰って行ってしまった。
それじゃあって何。今の、何。
触れ合った熱だけが消えぬまま、私はしばらくその場にしゃがみこんでいた。

次の日、朝練から戻ってきた徹が教室に入ってきた瞬間バッチリ目が合ってしまう。それも一瞬で、気まずさに負けたのは私。すぐに視線を逸らしてしまい、次にこっそり徹を見たときには他の男友達と喋っていた。

そしてそれから、3日。徹と話すことはなかった。
いつもみたいに私が避けてるわけではない。でも、徹も来ない。徹の方から来ないと、話さなくなることは容易だった。
どうして何も言ってこないの?あれか、手出したら興味なくなった的な?…徹が?一瞬浮かんだ可能性は、根拠はないけど考えにくい。だったら、私がそういう…キスが、下手だったとか。で、でも、あんな触れるだけに上手いとか下手とかあるかな?
わからない。だってこんな、何もかも初めてのことだから。

なのに。

あれだけ何も言ってこなかったと思ったら、今度はこんな強引に、どういう気!?もしかしてこのまま付き合ったフリもなかったことになるんだろうかとすら思っていたのに。
無性にイライラして、それでも徹がどう出るつもりなのか、知りたくて仕方ない。

終業式もHRもすぐに終わって、友達とたまには息抜きに遊ぼうね、なんて言葉を交わして別れた。受験生だし、その約束が叶うかはわからないけど。

「名前ちゃん」

いつの間にか私の席まで来ていた徹を無言で睨み付ける。

「ここじゃなんだから、中庭行こ」
「ここじゃ出来ない話?」
「わかってるんじゃないの?」
「………チッ」
「ちょっと今舌打ちしたよね!?」

安心した。それはいつもの徹だった。
徹に連れられてやって来た中庭はちょうどお昼に太陽の日差しが降り注ぐ場所で、立っているだけでじんわりと汗が滲む。暑い。
先にベンチに座った徹に習って、並んで座る私を横目で確認した徹は口を開いた。

「単刀直入に言っていい?」
「…どうぞ」
「俺、名前ちゃんのこと好きなんだよね」
「は?」
「…なに」
「え、いや、…思ってた話と違うかったっていうか」
「この前の、夜のこと?」
「…うん、そう」
「その話だよ」
「えぇ?」

私はよくわからなくって、首を傾げる。私のことが好き、徹が。今このとき言われた言葉の意味はなんだろう。どうして今そんなこと言うの。
自分でも、実はそうじゃないのか?なんて考えていたのに、いざ言われてみると徹が何考えてるのか、さっぱりわからなかった。

「俺、名前ちゃんのこと、好き」
「い、今聞いたよ…」
「一年の時からずっと」
「…え」

どくん、心臓が跳ねた。徹が私の手を握って、その熱さに汗が滲んだ。
それなのにこの前の夜の続きみたいな、そんな風な。徹はずるい。私なんて置いてけぼりで、こうやって急に真面目モードに持っていくから。

「ど、ういうこと…」
「そのまんまだよ」
「えぇー…」
「名前ちゃんのこと、ずっと好きだったんだ」
「急に言われても…」
「急じゃないよ。何となく、言ったよね」
「……まぁ…」
「名前ちゃんは?」
「わた、し、は…」
「この数日間、俺のこと、考えなかった?」

問われて、思わず喉を鳴らした。考えてたよ。ずっとずっと、徹のことばっかり考えてた。どうしてキスしたんだろうとか、どうして何も言ってこないんだろうとか、徹のことしか考えてなかった。

「名前ちゃんは、本当に俺のこと嫌い?」
「き、嫌いでは…」
「じゃあ好きなんだよ」
「えっ」
「好きって言って」
「それは極端じゃ…ちょっ、なに…」
「もう一回キスしようかと思って」
「やめ、ここ学校…!」
「学校じゃなかったらいいの?」
「はぁ!?」

寄せられたその頬を押し返しながら抵抗するも、徹は屈しない。心なしが握られた手の力が強くなった気がした。

「っていうか、こ、こんなの徹らしくなくない!?」
「俺らしくって何さ」
「なんていうか、モテ男なんだから、もっとさぁ…むかつくけど!」
「しょうがないじゃん」
「は?」
「自分から告白するの、初めてなんだよ」
「!」
「名前ちゃんが、初めて」

その顔は、ずるいんじゃない?
思わずそう言いたくなるくらい徹の顔は真っ赤で、私のせいで髪も乱れていて、普段の余裕も自信もこれっぽっちも窺えない。
そんな表情を見せられて私もいつもみたいな悪態すらつけなくて、

「…しょうがないなぁっ」

気付いたらもう根負けしていた。

「はぁーーーーーーー」
「わっ」

抱きしめられて、ドクドクドクッて早すぎる心臓の音はどっちのものかもわからない。
確かに嫌いだったはずなのに。いつの間にか徹のペースにハマって、頭ん中徹のことばっかりになって。それでもやっぱりちょっと嬉しい、変な気持ち。

「名前ちゃん」
「…なに」
「俺、今日誕生日なの」
「え…はぁ!?」
「最高のプレゼントありがとう」
「…ばっかじゃない」
「相変わらず冷たいなぁ」
「でも……その、…おめでとう」
「…はーー、好き」

もういいかい、もうダメよ



20.6.13.
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