及川長編 そんなものさいいもんさ fin
放課後デートの次の日。
なんとなく今日も会うの気まずいなあ、って思ってたのは私だけみたいで、朝からいつものウザい絡み方してくる徹に正直ホッとする。いや、していた。

「名前ちゃん、次の授業当たるよ」
「わかってる…って、ねぇ、近い」
「うん、わざと」

その様子がいつもと少し違うことに気付いたのは、昼休みのことだった。怒ってはないみたいだけど…なんか、距離近い!!
呼ばれたと思って振り返ったら今までにない至近距離に顔があったり、何かと理由を付けて手を握ってこられたり、肩が触れたり、頭を撫でられたり。ボディタッチ多くない!?

耐性がない私はいちいちそんなことでドキドキして、それに気付いているのかいないのか口から出てくる私からの罵声にもニコニコと笑って流す徹の考えていることは本当にわからない。
それでもわからないなりに考えて、至った理由は本当にくそだけど、コイツ、昨日の仕返ししてる?きっとこんなことに慣れっこな徹は、私の反応を見て馬鹿にしているのだ。まじで最低最悪だな。

だから放課後、徹が部活に行く前。文句を言うため徹が立ち上がる前にガンッ、とその机に手をついて、見下ろしてやった。

「どうしたの、名前ちゃん」
「あんた、今日なんなの!」
「あれっ、気付いてたの?」
「あ、当たり前でしょ!私の反応見て楽しんで…ほんっと性格悪いよね」
「心外だなぁ。俺はもっと名前ちゃんにドキドキして欲しいだけなのに」

そう言って机についた私の手をわざとらしくゆっくり撫でながら指を絡めていくその仕草に、身体がぞわぞわする。こういうの、どこで覚えてくるんだろう。わからないけど、高校生らしからぬ色気を放つ徹に私はどうしたらいいのかわからず顔を真っ赤にするしかない。

「ドキドキしてる?」
「っ、してない!」
「そっかぁ…どうやったらする?」
「徹にドキドキなんてしない!!」
「ふーん」

ぎゅ、って絡めた手を握られ机の向こうから軽く引っ張られると、私はしゃがみ込むしかなくて近付いた距離に心臓がうるさい。ここ教室だし。絶対見られてる。

「…名前ちゃん、その顔可愛いね」
「は、なに…」
「最近の名前ちゃんは一段と可愛くなったと思うけど、今は更に可愛い」
「…最近の徹はスキンシップ激しくてまじ変態」
「でも嫌じゃないでしょ」
「…嫌がってもやめてくれないだけでしょ」
「ね、名前ちゃん。今日一緒に帰ろうよ」
「…部活は?」
「待ってて」
「は?嫌だ」
「家まで送るから。ね?」

念押しにその整った顔をギリギリまで近付けられれば、教室のどこかで悲鳴が上がる。見られてるってば!

「わわわかったから、離れて!」
「やった」

私の返事を聞くとすぐに離れていった徹は平然と立ち上がりスポーツバッグを肩にかけると、「じゃあ、終わったら迎えにくるね」なんて言いながら頭をポンポンと撫でて教室を出て行った。
ちょうど教室の前を通った哀れみの表情の岩泉くんと目が合ったけど、そんな顔するならアイツをどうか止めて欲しい。


* * *


「何してたの?」
「勉強」
「テスト終わった後なのに偉いねぇ」
「受験生だからね」

宣言通り、部活が終わると迎えに来た徹との帰り道。いつもは一緒に帰る日も家までは送ってもらうことはなかったから、自分の地元、見慣れた風景に徹がいるのは何か変な感じだ。

「あ、ここ」
「意外と近いね」
「うん。近いから青城にしたから…あ」
「うん?」
「やば、お母さん」
「へ?」
「名前〜おかえ…あら?…あらあらあら」

最悪のタイミングだった。丁度家の前で立ち止まったところで、郵便受けを確認しに出てきたお母さんと遭遇してしまう、だなんて。私を見つけてすぐに隣の徹に視線が移り、わかりやすくニヤニヤしだすお母さん。やばいこれ絶対めんどくさいことになる。

「じゃ、じゃあ徹ありがとね、また明日バイバイ」
「ちょっと待って名前、この方は?」
「後で話すねお母さん!徹は早く帰って!」
「ちょっ、すっごくイケメンじゃない!彼氏!?名前ったらいつの間にこんな素敵な彼氏ができてたの!?」
「あー…」

一瞬ぽかんとしていた徹は、流石と言うべきかすぐに状況を察したようだ。そして、その上で、めんどくさいから早く帰って欲しい私がいることを分かった上で、あの胡散臭い笑顔で私のお母さんにゆっくり向き直った。

「初めまして、名前さんとお付き合いしている及川徹と申します」
「まぁー!礼儀正しい良い子じゃない〜!ちょっと名前、上がってってもらいなさいよ」
「はぁ!?いいよ、徹部活で疲れてるから」
「えぇ〜そうなの?及川くん、うちでご飯食べて行かない?」
「ええっと…お母さんが良ければ是非」
「ちょ、徹!」
「じゃあすぐ準備するわね!ささ、入って入って!」

ミーハーな母は突然現れた娘の彼氏(じゃないけど)にテンション上がりまくりで、私と徹を家の中に押し込む。何としてもそんなこと避けたい私も勢いに押されなす術なく…ご飯が出来るまでごゆっくり、だなんてリビングのソファに座らされてしまった。
キッチンからは上機嫌なお母さんの鼻歌が聞こえてくる。隣に並んで座る徹は、笑いを堪えるので必死な様子だけど、正直堪えきれてないからね。あんた。

「ぷっ…くく…お母さん、面白いね」
「最悪だよもう…ごめん、マジで疲れてんのに…大丈夫?」
「名前ちゃんのお家にお邪魔できるなんてむしろご褒美だよ」
「…家、ご飯あるんじゃないの?」
「さっき連絡しといた」
「…あっそ」


それからお父さんも帰ってきて、徹は普通に仲良くなってて、ご飯が終わる頃には今日初対面だなんて信じられないくらいうちに溶け込んでいた。
家に学校の同級生、しかも異性が来るなんて初めてで、そわそわしてたのは私だけ。彼氏が家に来るってこんな感じなの…?なんて思いながら過ごした時間はあっという間で、ぶっちゃけ私も途中から普通に楽しんでいた。

「あー楽しかった!お父さんこわい感じじゃなくて良かった」
「うちはお父さんもお母さんも似たような感じだからね…てか徹のコミュ力がやばいだけじゃない?」
「そ?あれでも俺、緊張してたんだけど」
「ええ…全然わかんないよ」

時間も遅いしそろそろ、って切り出したのは徹。残念がるお母さんに明日も学校だからって説得して、私は家の近くの公園まで徹を見送るために二人で家を出た。

「別にお見送りなんて良いのに」
「でもここまで来なきゃ自販機ないんだよね。ジュース飲みたい」
「暑いから夜とか勉強してると喉渇くよね」
「徹も夜勉強してんの?」
「当たり前でしょ…受験生だよ俺も」
「バレーのことしか頭にないのかと思った」

静かな夜の公園に、私と徹の声だけが聞こえる。徹は私の言葉に小さく笑いながら、ゆっくりと私の手を握った。

「…な、なに…」
「なんにも…今日は名前ちゃんと沢山一緒にいれて嬉しいなあって」
「…ふーん」

暗いから。静かだから。周りに誰もいないから。なんとなくいつもと違う雰囲気に沈黙してしまうと、徹も黙って私の手でにぎにぎと遊んでいる。何か喋ってよ、なんて思いながらも私もなにも話さない。

そのままなんとなく気まずい時間を、足元の砂を蹴ったりして耐えた。ここで徹と目を合わせてしまうと、ダメな気がして。なにがダメかはわからないけど、でも、私の知らない空気が流れてるから。心臓はうるさいくらいにばくばくと鳴っている。じわりと手汗が滲んだ。

「名前ちゃん」
「な、なに」
「こっち向いて」
「なんで」
「………」
「え、な、に…」

急に黙るから、意図的に地面に落としていた視線を思わず上げると真剣な顔の徹と目に捕らえられた。

やばい。

見つめ合って、逸らせない。喉がカラカラに乾いている。
そのままゆっくりと徹の顔が近づいて来て…ぎゅっと目を閉じると、唇にそっと柔らかい感触。一瞬で離れたそれは、またすぐに私に触れて。

高3の夏。私は初めてのキスをした。


夜は眠らない



20.5.29.
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