及川長編 そんなものさいいもんさ fin
「おはよう…なんの騒ぎ?」

教室でプチ騒ぎになっていたところを鎮めたのは、徹だった。朝練終わりの徹がいつも通り教室に入ってくると、教室内は一瞬しん…と静まり、そしてすぐに皆駆け寄っていく。それは徹が"名前ちゃんは俺のもの"発言した日を再現したみたいだった。

「及川くんって本当はフリーなの?」
「苗字さんと付き合ってるフリしてるだけってどういうこと?」
「どうしてそんなことしてるの?」

次々に飛ばされる質問にぽかんとした後、いつも通り徹はにっこりと笑う。

「俺と名前ちゃんは本当に付き合ってるよ」
「ええ?でも、」
「そんな噂どこから流れたのかな?わからないけど、ガセだからこれ以上騒ぐのやめてね」

たった、これだけ。徹がそういうと、みんな納得…したかはわからないけど、これ以上何か言える雰囲気でもなかった。流石すぎる。私なんてあんなに動揺してしまって、それこそ噂は本当ですと言っているようなものだったのに。あっという間にみんなが散り散りになって、普段の朝の風景が戻ってきた。

「名前ちゃん、おはよう」
「お、おはよう」
「大丈夫だよ、噂になってることには気づいてたし」
「そうなの?」
「及川さんがそういうことに気付かないわけないでしょ?」
「まぁ…」
「名前ちゃんは普通にしてていいから」
「はい…」
「放課後楽しみだね」
「……うん」


* * *


放課後は、すぐにやってきた。

朝の騒ぎはみんな知ってるから、直接は何も言われないけど周りがなんとなくざわついてるのがわかる。でも徹は無遠慮に投げられる視線なんて気にしてない風に、私の元へやってきた。

「名前ちゃん、帰ろ」
「うん」

私が立ち上がると、右手に自分と私の鞄、左手に私の手を取って歩き出す。最近なにかと手を繋ぐことが多い。でも私はまだまだ慣れずにドキドキしてしまっていることには気づかれないように願うしかなかった。

「楽しみだねぇ」
「そんなにケーキ食べたいの?」
「名前ちゃんとのデートなら何でも楽しみだよ」
「…はいはい」
「マッキーの情報って結構当たりの店多いから、期待していいと思うよ」
「へぇ。花巻くんは女慣れしてる感じ?」
「ううん、単純に甘いもの好きなだけ」
「え、なにそれ可愛い」
「バレー部に女っ気ある野郎なんていないからねぇ」
「徹以外、ね」

いつもならここで"ヤキモチ?"なんて言って揶揄ってきそうなもんなのに、徹はぎゅっと手を握り直すだけでとくになにも言わない。でもそれが抗議の意味だとわかったから、じろりと横目で睨んでやれば奴は楽しそうに笑っていた。

「名前ちゃんは意外に素直だよねえ」
「は?なに言ってんの?」

お目当のケーキ屋さんは学校の最寄駅の近くにあって、やはり最近できたばかりだからか結構賑わっていた。

「ちょうど一席だけ空いてるって」
「良かった」

カウンターでケーキだけ注文して、席でメニューからドリンクを選ぶ。注文をとった店員さんが離れていくと、向かいに座る徹からの視線に気付いた。

「…なに?」
「名前ちゃん、今日の朝すごい慌ててたよねぇ」
「そ、そりゃあ…だってバレたら徹、困るでしょ」
「俺が困るから心配してくれたの?」
「まぁ…バレー、頑張ってほしいし」
「それだけ?」
「え?」
「だから、名前ちゃんがバレないようにしてくれてるのは、俺がバレーに集中できなくなるからってだけ?」
「…そうだけど」

私が答えたのと、ドリンクを持った店員さんが来たのは同時だった。徹の太鼓判、花巻くん情報恐るべし。ケーキとドリンクはいい感じに写真映えしそうで、そして美味しそう。すぐさま添えられていたフォークで一口食べれば予想以上に本格派な味で、なんていうかもう…うん、美味しい。

「めっっっっっちゃ美味しい…」
「ふふ、そんなに?」
「え、美味しくない?徹は舌までバカなの?」
「ひどいな!ちゃんと味わかるよ!美味しい美味しい!」
「えー、ほんとにわかってるのかなぁ」
「名前ちゃんが大袈裟なだけでしょ」
「はああ?付き合ってあげてんのになにそれ!」
「これは名前ちゃんも同意のデートですぅ」
「は?違うしデートじゃないし」
「顔真っ赤だよ名前ちゃん」
「な、」
「すぐ顔に出ちゃうの可愛いよねほんと」
「………ばか!うんこ!」
「…女の子がこんなとこで大声でうんこはやめようよ」

言われて、気付く。いつの間にかヒートアップしてた言い合いはいつもの学校での癖。周りを見ればこっちを見てクスクスと笑っているカップルや女子高生たち。あーもう最悪。徹といるとこんなんばっかだ。

「ねぇ、あれ彼女かな?」
「えー、違うでしょ。妹とかじゃん?」
「でもおんなじ制服着てるよ…顔似てないし」
「えぇー、あれ彼女だったらショックなんだけど」

そんなときに聞こえてきた会話に、カッと頬が熱くなるのを感じた。徹が指摘してきたのが正しかったら、さっきからずっと赤いだろう顔は見られたくなくて自然と俯いてしまう。

わかってるし、あんたたちに言われなくっても。てか彼女じゃないし。勘違いしないでくれる?
威勢よく言い返せるのは、心の中でだけ。
てか今の絶対徹にも聞こえたじゃん。さすがにちょっと呆れてるかな?それか、バカにしてくる?

そろりそろりと少しだけ顔を上げると、透は予想外に険しい顔をしていた。

「…怒ってんの」
「名前ちゃんが馬鹿にされるのは許せないからね」
「は?それで怒ってんの?」
「そうだよ。名前ちゃんは俺の彼女なのに」
「……偽じゃん」
「それは…そうだけど」
「てか普段も絶対言われてるでしょ。明らかに私、釣り合ってないし」
「そんなことないよ」
「徹中身は残念だけど、外面はいいじゃん?一緒にいても私浮いてるの、自覚してるし。だから別にあんなこと言われても平気だよ」
「…そんなこと、言わないでよ」
「だって事実だし」
「これ以上言ったらいくら名前ちゃんでも怒るよ」

決して大声で怒鳴ったりしない。けど、ひやりとした。確実に怒ってる。

「…もういいよ、この話終わり」
「は?なんで、」
「俺は今日名前ちゃんと喧嘩しに来たわけじゃないんだよ」
「………」

冷静に言われた言葉は、怒ってるのと困ってるのと半々くらい。多分怒りを抑えようとしてる。私にもそれくらいわかる。でも私には私の中のドロドロとした感情をコントロールできない。

「…名前ちゃん、美味しいんでしょ?笑ってよ」
「…うん」

結局この日、なんとなく気まずい雰囲気のまま放課後デートは終わってしまったのだった。

ブラックホールパレード



20.4.11.
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