及川長編 そんなものさいいもんさ fin
バレー部はIH予選が終わったばかりだと言うのに、春高予選に向けて毎日忙しそうだった。聞くともう二ヶ月もないらしいから、そりゃそうかと納得する。
徹とは月曜日に一緒に帰るのは続けていたけど、他は特になにも変わっていなかった。あの試合を見る前と、一見なにも。けれど私の心境には確かに変化があった。

「名前ちゃん、帰ろ!」

徹がこうして話しかけてくる度に、こいつ私のこと好きかもしれないのか、っていうのが頭をチラつくようになったのだ。これはまだ疑問のままで正解はわからないから、ずっとモヤモヤするしかないのだけれど、私が徹をいつもみたいに邪険に出来なくなった理由の一つでもある。これが徹の策のうちだったらと思うと腹ただしいが、意識せざるを得ないのは確かだった。

「あーむかつく」
「いきなり酷いね!?」
「帰るんでしょ、早く」

私の席まで迎えに来た徹を置いて、私は先に教室を出た。徹はすぐに後ろを追いかけてきて、隣に並ぶ。

「あの、及川先輩…!」

振り返ると、入口の脇で待っていたのか小柄な女の子が立っていた。大人しそうで、女の私から見ても守ってあげたくなるようなTHE・女の子。見たことないし徹のことを先輩って言ったから後輩なのだろう。

「ん?どうしたの?」
「あの、ちょっと今お時間ありますか…」

それは明らかに告白だった。隣にいる私をちらりと一瞬見やるもその意思は固そうで、彼女がいても関係ないのかなと、その見た目の雰囲気とのギャップを感じる。そういえば私が徹の偽彼女になってから、こういうのは初めて見た。これほどのモテ男なのだから私がいないところでは相変わらずあったのかもしれないけど、私が知る限りではなかったのだ。横目に徹を見ると、あの人の良さそうな笑顔を貼り付けて「うん、いいよ」なんて返事をしていた。

「あ、じゃあちょっと場所変えてもいいですか…」
「オッケー、体育館裏とかでいいかな?」
「は、はい!」

流石、慣れている。こんなこと、もう何回、何十回とやってきたことなんだろう。その姿に何故か少しだけイラッとしてしまった。
面倒臭い、時間が勿体無いって言ってたじゃん。断ればいいのに。

「あ、じゃあ私先帰ってるね」
「え!?いや、教室で待っててよ!」
「…でも」
「絶対だよ!!」

後輩であろう女の子を見ると、私を引き留める徹を見てとても微妙そうな顔をしていた。そりゃそうだろう。

二人を見送り、言われた通り教室に入って自分の席に戻る。なんだかモヤモヤする。どうしてだろう。徹がなんて返事をするかなんて、わかってるのに。バレーに集中したいから彼女は作らない、そう言ったのは紛れもなく徹だ。だってそのために私がいるんだから。でも今の私との関係を考えると、徹なら彼女がいても上手くやりそうな気もして、やっぱりどこか気分は晴れなかった。



「名前ちゃんお待たせ!」
「…おかえり」
「じゃあ、帰ろうか」

しばらくして、思ったより早く帰ってきた徹は、なんでもなかった風に笑った。

「…告白?」
「うん。名前ちゃんといるようになってからは、なかったんだけどね」
「そうなんだ」
「うん」
「…なんて」
「え?」
「なんて返事したの?」

私の呟いたような疑問に、徹は目を丸くした。その顔には、少しの驚きと、動揺。

「気になるの?」
「え…」
「俺がなんて返事したか、聞きたいんでしょ?」

それはいつもみたいにからかってる感じじゃなくって、本当に不思議そうだった。でもそう聞かれて、私は。なんて答えればいいのかわからなかった。気になる。でもどうして?最近癖になりつつ自問自答モードにハマりそうで、モヤモヤする頭を振った。

「別に、私が隣にいても告白してくるような子がどんな反応だったのか気になっただけ」
「名前ちゃんってそんなに性格悪かったっけ」
「徹に言われたくなーい」
「ええ?及川さんって性格が良いことで有名なのに」

相変わらず馬鹿みたいなことを言う徹を無視して歩き出す。見たいドラマの再放送、間に合うかな。さっきのことは頭の隅に追いやって、帰ってからの予定を考えながら靴を履き替える。
校舎を出たところで、そこまで黙って着いてきていた徹が半歩前を歩く私の右手を掴んだ。そうして熱くて大きい徹の左手が、しっかりと絡められる。

「心配しなくてもちゃんと断ったよ」
「え」
「告白」
「そう、なんだ」
「名前ちゃんがいるからね」

当然のように言ってのけた徹は、絡めた手をギュッと握る。だから、どうして?徹の言葉に少し安心している私がいて、やっぱり悔しい。でもそれ以上にドキドキして、自分が自分じゃないみたいだった。

「…そうだよね」
「名前ちゃん、やきもち?」
「は?」
「だったら嬉しいんだけどなぁ」
「…言ってろ」
「はは、相変わらずだね」

ちらりと徹を盗み見るが、その顔は嬉しそうに崩されている。やっぱり、私のこと、好きなのかな。だからそんな風に笑ってるのかな。またこの仮定が私の頭を占領して、徹の一挙一動にこちらまで動揺してしまうから勘弁して欲しい。

"徹って本当に私のこと好きだよね"

なんて冗談でも言えたら、そんな風に試すようなことが出来たら、また何か変わるかもしれないけど。私にそんな度胸はないし、そうして得た答えにどう返事をすればいいかもまだわからない。
でも、絡められたままの手の温度が。徹の笑顔が。私をまた正体不明の感情に悩ませているというのに、徹といえばこの宙ぶらりんの状態さえ楽しんでいるように見えた。

「また松川カウンセラーに相談しなきゃ…」
「なにそれ?」
「ううん、何にもない」
「ふーん?…あ、名前ちゃん」
「なに?」
「期末テスト終わったら、またどっか行こうよ」
「え?また?」
「うん。休みは部活があるから、月曜の放課後になっちゃうけど」
「まぁ…それくらいなら」
「名前ちゃん、わかってる?」
「?」
「これ、デートのお誘いだからね」
「え」

してやったり、という風に笑う徹はやっぱりこの意味不明な今の距離感を楽しんでいて、確信犯のようだ。それでも揶揄っているわけではなくて本気で楽しそうにするから、私は強く言えないのである。

「…ずるすぎない?」
「え?なにが?」
「うんこ野郎」
「それ流行語なの?」


スープが冷めない距離




19.12.16.
- ナノ -