銀島中編 嘘つき女と鈍感男

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「よぉ、苗字やん!」
「え……宮?」
「お前銀と付き合い出したらしいなぁ!どうなん?楽しくやっとる?」
「いや……まずそれ?てかなんで知っとん……」
「テンション低っ」
「むしろなんでそんな高いねん」

 テレビでだって見かける有名人と遭遇してるのに、こんなにテンションが上がらないことってあるのだろうか。
 この前の銀島と同じく元クラスメイト、宮侑とこんな道でバッタリ再会するなんて……いやなんなん、バレー部はこのへんうろつくキャンペーンでもやってるん?

 当時同じクラスだったのもあるし私が銀島と仲良くしてたから話す機会も多かった宮は、意外にも私のことを覚えているらしかった。
 ただのクラスメイトの女子なんか覚えてなさそう……っていうのは私の勝手なイメージだったみたいで、卒業以来初めて会ったにも関わらずまるであの頃と同じテンションで話しかけられてしまえばおかしいのは私の方か?なんて戸惑ってしまう。

 お酒は……飲んでへんみたいやな。とか一応確認したのはこの前の銀島との一件があるから。ぶっちゃけ今の変な関係が始まったのは、あのとき銀島が酔ってたから成立したのもあると思うから。
 勿論宮とは万が一にもそんなことあるはずないけど、でも数年ぶりに会って第一声でそんなデリケートな話題を吹っかけてくる宮に警戒しないわけがなかった。

「えーなに?やっとなっがい片想いが通じて付き合えたんやろ?なんでそんなテンション低いん?もう倦怠期?」
「別にそんなこと…………って、え?は?え、いや、え、ちょっと待って!な、なんで!?」
「お?」
「長い片想いって……なんで知って……」
「はぁ?みんな知っとったやろ」
「えっ」
「え?」
「みんな……みんな?」
「みんなっちゅうか、クラスの奴ら。銀以外、全員」
「ええ!?」
「なんやお前、知らんかったん?」

 そう言ってカラカラと笑った宮が冗談を言ってる感じには見えなくて……私は言葉を失った。
 銀島以外の、みんな。うそ……ほんま?もしそれが本当なら今までの私は周りから見たらどれほど滑稽だったのだろう。
 誰や自分はそこそこモテる言うた奴。え、恥ずかしすぎん?

 出会って秒で爆弾を落とし続ける宮を、私は呆然と見つめることしかできない。夜道に響く砂利を踏む音だけがやけに耳に響いて、それが余計に頭を混乱させた。

「角名好きなフリしてずっと銀の横おったやん」
「そんなことまで……知っとん……」
「あ、銀から聞いたんちゃうで?アイツそういうとこ口堅いからな。聞いたんは付き合ったってのだけ」
「なにそれ……いつ?」
「ついさっき」
「えぇ……」
「さっきまで銀と会っとってん。ほんならそこで話に上がっとった苗字見かけたからつい声かけてもうたわ」
「さいですか……」
「知らんかったん?」
「知らんよ……」

 私と銀島はあの日からそんなに沢山連絡をとっているわけではなかった。付き合ったばかりと言ってもそこに至った理由が理由なので、今更どうやって接すれば良いのか距離感をはかりかねている。

 銀島がくれる連絡も全部同情なのかと思えば素直に喜ぶことも出来ず、かと言ってこちらから積極的に連絡を取るのも違う気がする。……つまり彼女になれて嬉しいはずなのに、未だその実感というのは全然ないのだ。

「どうせ私は……あんときも今も、あんま喋ったこともない角名のこと利用して銀島に近付くずるい女やもん……」
「はぁ?利用?」
「こっちの話……」

 付き合い始めたことは銀島本人から聞いたって。なんで言っちゃうん。そんなん銀島になんもメリットないやん、ほんまアホやなぁ。
 自嘲気味に笑った私を宮はどんな顔で見下ろしているのか、私は知らない。

 だけど小さくため息を吐いた宮は、勝手に自己嫌悪に陥ってテンションを下げる私にさっきより静かにぽつりと呟いた。

「あー……なんかようわからんけど、なんでも利用したらええやん」
「え?」
「欲しいもん手に入れんのに、ずるいとかそんなんないやろ」
「……それはどうなん」
「犯罪とかはあかんで?でもそれ以外やったら別になにしてもええやん。苗字が言うてることで別に角名が迷惑してるわけちゃうし、そもそも苗字の人生やし」
「……」
「あれ、今俺ええこと言ったんやけど?」
「……せや、な」
「うは、惚れた?でも俺はあかんで、彼女おるし」
「うそ、宮に?」
「おん、むっちゃ可愛い彼女」
「へぇ……」
「あ、お前信じてへんやろ!」
「や……信じとる信じとる」

 宮でさえ好きな人のことをそんな風に言えるのに、私ときたらって思っただけ。

 でも今宮から言われたことは確かに、的を得ている気がした。もうここまで来たら、なんでも使えるものは利用したらいいじゃないか。角名本人とは大して面識もないし、誰も困らない。

 今まではどうしたってそんな考え方は出来なかったのに……ここにきて吹っ切れたのは、私が守ってきたプライドなんてちっぽけで、しかもそれは私以外には見えてすらいなかったのだと知ったからかもしれない。
 いやだって当時周りにおった全員にバレてたとかほんま……末代までの恥でしかない……

 するとさっきよりちょっとだけ気持ちが上を向き始める。心なしか、周りの景色まで違って見えるのだから単純だ。
 帰ったら今日は自分から、銀島に連絡を入れてみようか。なんて考えたとき。ふと隣を歩いていた宮が、私を覗き込んだ。

「わっ、な、なに!?」
「いや泣いてんのか思って」
「泣いてるかと思った女子の顔堂々と覗き込むな、人でなしかっ」
「ぶはっ、全然元気そうやんけ」
「お陰様で!」

 にやりと笑った宮は、姿勢を戻してまた前を向く。今度は私が見上げたその横顔は、何を考えているかもわからない……私が知ってる宮より少しだけ大人になった表情で。
 ていうか、ただの元クラスメイトにこんな突っ込んだこと言う奴やったっけ?あれ、そもそも当たり前に一緒に帰ってるけど宮って家こっちなん?

「なぁ宮、」
「あんな、」

 言いかけた言葉はすぐに遮られてしまう。私は宮の言葉を聞こうと、自分のそれは飲み込んだ。

「俺、まぁまぁ銀のことは好きやねん。ええ奴やし」
「まぁまぁって言わんといたりいや……」
「でも銀は俺らのマネが好きやったやん?角名の彼女の」
「うわ、そんなことまで知っとん?なんも興味ないような顔してこわ……」
「……」
「てかなに、どっからそんな情報仕入れとん?やばない?」
「うっさいなぁ黙って聞けや!」
「……」
「でな!まぁそれは応援出来んかったけど、でも銀にもちゃんと幸せなって欲しいねん」

 アンタ絶対そんなこと言うキャラちゃうやん。……とは、流石に言わなかった。絶対怒られるし。それにそう言った宮の顔はふざけてる感じじゃなくて、真剣に、本当に思っているんだってことが伝わるものだったから。

「それが苗字やったらまぁ、俺は安心やなって話」
「……なんでよ」
「んー……それは秘密やなぁ」
「ひっ、……秘密て、全然可愛くないでそれ?」
「可愛いこぶって言うたんちゃうわ!」

 あっという間にさっきまでの雰囲気はもう感じられなくなって今もあの頃と変わらない宮に、私は思わず笑いながら……心の中で「ありがとう」と告げた。


▽ ▽ ▽


「……もしもし?」
「あ、もしもし?どうしたん?」
「いや……あー……な、なにしとんかなぁって思って……」
「……」
「あ、ご、ごめん!いきなりこんな……」
「や、ええねん、ええねんけど!苗字がそんなん言うてくんの初めてやからびっくりしただけで!」
「ん……」
「……なんかあった?」
「や、……あんな、さっきな」

 緊張で高鳴る心臓はコール音で最高潮に達する。やがて一瞬の空白の後機械越しに聞こえたその声に、私は震える唇を必死に動かした。


22.02.05.
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