2021黒尾誕 Hello,princess! fin

あなただけに揺れたい



 手を繋いで電車に乗って三駅、そこから乗り換えて更に五駅。やって来たのは新しくオープンしたばかりの水族館で、既に沢山の人で賑わっている。
 繋いでいない方、鉄朗の右手には私が先程渡したばかりの紙袋がぶらさがっていて、それが視界に入る度に私はソワソワと落ち着かない。


* * *


「鉄朗、誕生日おめでとう!」
「ドーモ。つっても夜中に電話でも言ってもらいましたけど」
「直接も言いたいよ!」
「ふっ……そっか。ありがと」
「でね、これ」
「?」
「た、誕生日プレゼントなんだけど……」
「え、まじ?」

 淡いブルーの紙袋の中にはネッグウォーマーと手袋が入っていて、どちらもこれからの季節活躍するものだと思う。今日着る服やらにお金を使いすぎてあんまり予算はなかったけど、ちゃんとさっちゃんにも見てもらったしシンプルで使いやすいデザインにした、つもり。

 ちらりと中を覗いた鉄朗にそんなに?ってくらいに緊張して、そこから顔を上げて合った視線に更に心臓は忙しなく動き出す。
 男の人にプレゼントするなんて初めてで喜んでくれるかちょっと不安だったのに、思ったよりずっと嬉しそうに柔らかく笑う鉄朗に私の方が嬉しくなってしまった。

「やばい、めちゃくちゃ嬉しい」
「そ、んなに良いものじゃないけど……」
「名前が選んでくれたの」
「うん……さ、さっちゃんとね?」
「ほぉん。明日からつけるわ」
「まだ早いよ」
「いーの、明日からつける」

 なんか鉄朗、子供みたい。いつもより幼く見える鉄朗が可愛くって笑うと、それに気付いた鉄朗はちょっと決まりが悪そうに私の頭の上で手をポンポンと二、三度跳ねさせた。
 とりあえず今日のミッションの一つをクリアしたことに安堵する。場所は私が行きたいところにしてもらったけど、私だって鉄朗に喜んでもらいたい。今日は鉄朗の誕生日なんだから。


* * *


 チケット売り場に着くと財布を取るために離れてしまった手が少しだけ寂しくて、だけどそう思ったことが伝わったみたいにチケットを買うとまたすぐに私の手を取ってくれる鉄朗。
 小さなことでも嬉しくて、ちゃんと気を付けていないと口元がだらしなく緩んでしまう。

「なーに可愛い顔してんの」
「!み、見てたの!?」
「バッチリ。あ、隠さないでもらっていいですかー」
「や、ちょ、っと」
「ふはっ……すぐ赤くなんの〜」

 ほらまた、頬をツンって突いてくる鉄朗に私は絆される。鉄朗って結構スキンシップ多いよね。それに、私が思ってた何百倍も甘い。今までもその片鱗を感じていたけど今日はデートだからかな、特にそう感じる。

 今度こそ本当に中に入り、すぐに入り口のところでパンフレットを取って渡してくれる鉄朗。広げると館内マップとそれぞれの場所の説明、それにショーの時間やお土産の紹介まで盛り沢山で、どこから見ればいいのか分からずにいると鉄朗がこれ、と指差した。

「名前が好きそう」
「ブレスレット作り……体験?」
「貝殻とかも使って魚モチーフのが作れるんだって。順番に回ってったらこの時間ちょうどいい感じになんじゃね?」
「じゃあこれ行く!」
「ん。昼飯は?ここのレストランでいい?」
「うん!鉄朗お寿司とかじゃなくていいの?」
「流石に魚見にきて寿司って残酷じゃね?まぁあったら食うけどさ」
「ふふ、食べるんじゃん。あ、最後にお土産も見たいな」
「オッケー。じゃ、行きましょうか」

 はい、って敢えて少し高く差し伸べられた手はまるでパーティーでダンスに誘ってくれる王子様みたい。こういうの、意識してやってるのかな。それとも素でやってるの?鉄朗って今日までもこうだったっけ?
 分からないけど、鉄朗は私を喜ばせるのが得意みたい。そっと添えた手に自分で照れる私を満足気に見て、今立てたばかりの計画に沿って動き出す。

「名前、場所交代」
「へ、なんで」
「こっちの方が見えっから。ほらあれ見て」
「わ!何あれ大っきい!」

 順番に展示を見て回って、たまに見たこともないような魚に二人で盛り上がって、最終的に何を見ても「これ食えんのかな?」って呟く鉄朗に笑って。

 水槽を見るときに私の前の人より自分の前の人の方が小さかったりするとさり気なく場所を変わってくれたり、人混みを避けるようにさり気なく誘導してくれたり、次の展示に行くのも歩くペースも全部丁度いい、鉄朗の隣ってこんなに心地良いんだ。
 一通り展示を見て、「トイレ行きたくない?」なんて声をかけてくれた場所が丁度お手洗いの前だったことにも感動。全部言う前に気付いてくれるその完璧すぎる気遣いに胸を打たれて、それなのに……同時にちょっとだけモヤモヤしてしまうなんて言ったら怒られてしまうだろう。

 なんか鉄朗、慣れてるな。こういうところ、他の女の子とも来たことがあるのかな。私の知る限り鉄朗に彼女が出来たことはないはずなのに、なんて。
 自分が望んだお姫様扱いにこんな風に思ってしまうなんて贅沢すぎるって分かってる。だけど少しだけ感じた違和感に心が落ち着かない。
 どうしたらいいのかなんて勿論分からない、だって鉄朗の行動には何の非もないのだから。私は鏡の中に映る自分に無理やり笑いかけて、リップを引いて。

 でもこの後もずっとこんな気持ちだったらどうしよう……なんて思っていたけど、そんな心配はいらなかったみたいだった。最初に予定に組み込んでいたブレスレット作り体験をする頃にはもう楽しさの方が上回っている、我ながら単純な私の頭。

「ねぇ上手く出来ない……」
「えー?見せて……ぶふっ!どうやったらそんなことなんの!」
「うぅ、」
「ちょ、ぶくくっ、ぶひゃひゃひゃ!やべーある意味天才じゃん名前」
「そんなに笑わなくていいじゃん!」

 私たちみたいにカップルや友達同士で参加している人たちが、鉄朗の変な笑い方にみんな一斉にこちらを見た。ちょっと!恥ずかしいからやめてよそれ!なんて言えば言うほど、私が作成途中のそれ(自分でもなかなかひどいと思う)を見て笑ってる鉄朗の手元にはほぼ完成品のブレスレット。
……売り物みたい。なにこれ、ムカつく。地味に器用な鉄朗はそんな私の視線に気付いたのか、笑いすぎてまだ涙が滲む目を細めて得意気にニヤリと口角を上げた。

「ちょい貸してみ?」
「えーもうどうにもならないよ……」
「名前はこっち。俺の完成させてくださーい」
「ええ?変になってもいいの?」
「あとそんだけじゃ変にしようがねえよ。あ、それ名前のになるからあとは自己責任な」
「えっ」
「俺はこっち貰いまーす」

 私がさっきまで作っていたブレスレットを掲げてそう宣言する鉄朗に、とくんとまた心臓を撃ち抜かれる。ず、ずるい。
 そうして完成させたブレスレットは、鉄朗が元々作っていたものが私のもの、私が作っていたのは鉄朗のものになって。

「あ、それ……」
「どうせならお揃いっぽくしてみたんだけど、どう?」
「可愛い……!」

 本当に私の作りかけのやつだったものかと疑いたくなるくらいに見れるものになったそのブレスレットは、私が完成させたブレスレットにも使われているパーツを組み入れてさり気なくペアになっている。
 「腕出して」って言われて素直に差し出すと、完成したばかりのそれを付けてくれる鉄朗の腕にもお揃いのブレスレット。

「いいんじゃない?」
「いい〜!可愛い!嬉しい!」
「ふはっ、そりゃ良かった」

 なんてるんるんな私に鉄朗は柔らかく微笑む。「!」相変わらず格好いいな、鉄朗とこんな風になれるならもっと早く告白するべきだっただろうか。いやでも本当は告白される側が良かったし……なんて、一瞬でトリップする私に鉄朗はもう慣れっこなのか「はいはい飯行くぞ〜」って優しく私を引っ張った。

 レストランの扉を開けてくれて、自然にこんなことが出来るなんてやっぱり凄いって今日何回目かも分からない感動に浸っていると「あっ!?黒尾じゃーん!」「え、ほんとだ!何してんの!?」って……振り返るとそこには鉄朗のクラスの女の子が二人。
 後ろからやってきたその子たちに私は固まってしまって、その子たちも私の姿を認めると「あれ?」って叫ぶから耳がキンキンする。

「苗字さん?」
「え、ほんとだ!なになに、もしかしてデート!?黒尾と苗字さんって付き合ってんの!?」
「うそー似合わなーい」
「黒尾すぐ捨てられそ〜」
「捨てられません〜ちゃんとラブラブですぅ〜」
「うわうっざー」

 目の前で繰り広げられるやりとりに唖然としてしまった。さっきまでの鉄朗はもうそこにいなくって、私も知ってる、学校での鉄朗に戻ってしまったから。
 「苗字さん変な男に捕まって可哀想〜」って、そんな風に言わないでよ。鉄朗のことちゃんと知らないくせに。そう思う自分と、これは軽いノリで言ってるだけだってちゃんと分かってる自分と。

「お前らここにすんなよ、今から俺らが入るんだから」
「そう言われたら入りたくなるよねぇ」
「てかうちらも元からここにするつもりだったし?」
「黒尾開けてくれてんの優しいじゃん。あざーす」
「黒尾パイセンあざーす」
「変なノリやめろ。あと絶対近くに座んなようるせぇから!」
「言われなくてもデートの邪魔なんてしません〜」
「ほんと、ごめんね苗字さん?こんな奴だけど捨てないでやってね?」
「あ、うん……」

 無意識に愛想笑いをしたけれど、本当はその扉を潜らないで欲しかった。私って最低だ。でも鉄朗が私のために開けてくれた扉を、先に潜って行ったその子たちの大きな笑い声が頭に響いて消えてくれなくて。
 当たり前に自分たちの方が鉄朗のことをよく分かってるみたいな言い方に聞こえてしまったのは、私の性格が悪いから?

「名前?ごめんな、あいつらうるさくて」
「……ううん、こんなとこで会うなんて凄いね」
「な。ビビったー」

 って。その会話にすらさっきまでの楽しい気持ちが一瞬で吹き飛んでしまうくらいに私はモヤモヤしてしまうのだ。


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