2021黒尾誕 Hello,princess! fin

喜んで君のものに成り下がりましょう



「……どうしようさっちゃん!私鉄朗に会ったら死んじゃうかもしれない!」
「そんな簡単に死ぬ姫は嫌だと思うけど」
「そこは王子様なら守って欲しい!」
「無茶振りすぎるけど黒尾にそれそのまま言ってみたら?」
「無理だってえええ」
「めんどくさ」

 電話越しでもわかる、今日のさっちゃんのその声はいつにも増して冷たい。でもだって許して欲しい。今日は鉄朗と、所謂、その、

「デートくらいでそんなさぁ……」
「初めてなんだもん!」
「その初々しさを私じゃなくて黒尾にぶつけなよ」
「さっちゃん助けてよ〜」
「私は十分協力しました〜」

 そう、デート。今日はこの後、鉄朗との初デートなのだ。
 鉄朗とお付き合いを始めてから一ヶ月ちょっと、それなりに良好な関係を築いているのは元から幼馴染だったこともあるのかもしれない。
 ただ部活で忙しい鉄朗とはそういう雰囲気になる方が難しくって、あのお昼休みの時のようにたまに、ほんの不意に訪れる一瞬の甘い空気はあったりするものの基本は今までと変わらなかった。

 そんな私をさっちゃんは「名前ってあり得ないくらいにロマンチストだからもっと色々望んでると思ったのに」って笑ったけど、私だって初めての男女交際、色々憧れはあったけど……でも知らなかったんだもん。何気ない日常の積み重ねでも、好きな人と両想いってそれだけでこんなに幸せなんだね。童話の中のお姫様達も皆そうだったのかな。

 最近はそうやって思い始めていたからまさか鉄朗からデートのお誘いを受けた時は吃驚してしまった。嫌だったわけじゃないけどその反応に鉄朗が眉を顰めるくらいには、私にとってあまりにも想像の範疇から外れていたのかもしれない。
 たかがデート。付き合っているんだから当たり前なんだけど、されどデートだ。何度も言うけど私にそんな経験ないのだから。
 しかも偶然なのか狙ったのか、その日は鉄朗の誕生日だった。鉄朗が十八歳になる特別な日。そんなの緊張しないわけがないよ。


* * *


「なに、嫌?」
「いいい嫌なわけではない!全然!嬉しい!」
「……には見えねぇけど」
「違っ、……吃驚して」
「日曜、急遽体育館が使えなくなってさ。付き合ってからまだどっか出かけたり全然出来てないし、俺はここぞとばかりにお誘いしたわけなんですけど?」
「う、嬉しいです……ほんとに」
「ほんとかぁ?」
「ほ、ほんとだってば!」

 私はこういうことに慣れていないからすぐにパニックになって俯いてしまうけど、鉄朗はそれを分かって私を覗き込んでくる。最初からだけどこれはタチが悪い。
 そうされる度に私の頬は熱を持って、それをまた指で優しく摘む鉄朗に私の胸はきゅうんと甘く締め付けられてしまう。格好良すぎなんだってば、もう。

「じゃあどこ行く?名前の行きたいとこがあるならどこでも連れてくぞ」
「えっ」
「また理想の〜ってのがあるんじゃねえの?」
「わ、わわ、待って!彼氏ができたら行きたかったデートリスト出すから!」
「ぶはっ!ガチじゃん!」

 慌ててスマホを取り出しスクロールする私に鉄朗は笑いながら、同じくスマホを覗き込もうと肩を寄せる。その瞬間に柔軟剤と制汗剤が合わさったような香りがふわりと漂って、慣れない距離感に私はスマホに集中出来なくなって。

「おー、これとかいいんじゃね?水族館」
「す、水族館……鉄朗も好き?」
「あんま行った記憶がねぇけど、魚は好き」
「それ食べる方だよね」
「見るのも食べんのも一緒だろ」
「全然違うよ!」
「ふはっ、嘘だって」

 でも、水族館の暗い館内で一緒に手を繋いで歩く私と鉄朗を想像して、既に楽しみにしちゃってる。ていうか場所とか関係ない、学校以外のところで鉄朗に会うなんていつぶりだろうって。
 そうやってとんとん拍子に決まった話、それを早速さっちゃんに報告するとさっちゃんは真剣な顔で「これは勝負だよ」なんて言うから私は首を傾げてしまった。

「勝負?」
「名前と黒尾って幼馴染でしかも昔からお互い好きだったんでしょ?絶対黒尾はここでグッと関係を進めるつもりだと思う!」
「えっ、えっ、」
「だって黒尾は名前の頭お花畑発言にもノッてきてくれるくらい名前のこと好きなんだよ?しかも部活で普段はあんまりそういうこと出来ないだろうし、おまけにその日は黒尾の誕生日!キス……いやもしかしたらその先までいくかもしんない」
「キス!?そ、その先!?」
「だから名前がするべきことはただ一つ!」
「なにっ」
「そんな黒尾が名前を襲いやすい服装をすること!」
「えぇ!?お、襲っ!?」

 不穏なセリフに思わず転びそうになった。危ない、ここが階段とかだったら私死んでたよ。そもそも移動教室の途中でする話ではなかったのかもしれない、いやそんなことはないはずなのに私とさっちゃんとじゃ話してる内容がもしかして違う……?なんて思ってしまうほど、私は動揺している。

「もう姫とか言ってる場合じゃないよ!姫だってヤることはヤるんだよ!」
「きゃあああ何てこと言うのさっちゃん!」
「いやー最近の名前と黒尾を見てるの、そろそろ飽きてきたんだよね……全然進展しないし黒尾は意外にノリノリで王子やってるし。いやそれは面白いんだけど、焦ったい」
「そんなこと言われても無理だって」
「無理じゃない、やるんだよ名前!そうと決まれば今日の放課後は早速作戦会議だから!」
「えぇ……?」

 そう言ってその日の放課後。さっちゃんは本当にノリノリで私の初デート服をコーディネートしてくれた上に、なんと勝負下着まで選んでくれちゃったのだ。

「それはいいよぉ」
「でももし万が一そういうことになったときどうするの?黒尾に見られても良い下着持ってる?」
「持、ってないけど……」
「じゃあ買うべきだって!黒尾にガッカリされたくないでしょ!?」
「ガ、ガッカリ?」
「いつもの名前のブラも可愛いけど、男はもうちょっと色気を求めてるんだよ!」
「色気……」
「はい、こっちかこっちね」

 ……なんて。一瞬、ほんのちょっとだけさっちゃんの言う通りかもって思ってしまったのだ。それにもしかしたら、この間の昼休みの続きくらいは出来るかもしれない……って。はしたない。なんてはしたないの私!でもこれは万が一のために一応、だから。そんなことには絶対ならないから!


* * *


 そうしてさっちゃんの選んでくれたデート服に身を包み、しっかりちゃっかり購入してしまった勝負下着だって中にちゃんと付けている私。
 鉄朗とのデートは楽しみなはずなのに同時に尋常じゃないくらいの緊張に襲われていて、素直に楽しみと言えなくなっていた。

 待ち合わせまであと一時間。もうちょっとしたら家を出ないと行けないのに。デート当日の、その直前にまで友人に電話してしまう私は本当に情けない。
 でもだって、さっちゃんの話を聞いてると不安になってしまったんだもん。鉄朗にガッカリされたらどうしようとか、あとはヘマしたらどうしようとか。こういうの、初めてだもん。今まで読んだ絵本の中には王子様とデートする話なんてどこにも載ってなかったんだから。

「まぁ……色々言ったけどさ?結局は楽しくないと意味ないから。リラックスして楽しんでおいでよ」
「さっちゃん……」
「名前の理想のデート、したいんでしょ?黒尾もちゃんとそこは分かってるはずだしさ」
「……うん」
「楽しんでおいで」
「うん、……ありがとうさっちゃん」
「それで頑張って黒尾王子と大人になってきな」
「ちょ、さっちゃん!?」

 なんやかんやで頼りになる、かと思いきや結局また爆弾を落としていった友達に、私は頭を抱える。電話切れたし!
 だけどもうこんなことをしている時間はあまりなくって、本当に家を出ないといけない時間。私は慌てて玄関にある全身鏡で今日のために選んだ服装を確認し、それから新しいパンプスに足を引っ掛ける。

 普段は履かないちょっとだけ高いヒールが慣れた景色さえいつもとは違うものに見せてちょっぴり新鮮。ドキドキ。歩く度にコツコツと鳴る音がまるで今からお城に招待されたダンスパーティーに行くみたいに思わせて、それが私の気分を上げてくれた。

 待ち合わせ、三十分前。こうやって彼氏と外で待ち合わせるのも憧れだったことの一つ。だけど鉄朗と待ち合わせ場所に決めた駅前の時計台の下にやって来ると、なんとそこには見慣れた黒髪がもうそこに立っていて。私は驚いて、思わず駆け寄った。

「エッ」
「え、早くね?」
「鉄朗こそ!」
「いや〜……だってお姫さん待たすわけにはいかないじゃん?」
「え、」
「変な奴に絡まれたりしそうだし、ぶっちゃけ家まで迎えに行ったほうが早いけど名前ってデートで待ち合わせとか好きそうだし」
「す、すごい……鉄朗ってエスパー?」
「名前が分かり易すぎるだけデス」

 つん、とおでこを突かれて私はそこを押さえる。すごい。すごいすごいすごい。会って数分、もうきゅんきゅんメーターが振り切りそうだよ。

「今日はなんか可愛いの着てんね?」
「そ、うかな、」
「なんかこういうレース?みたいなの、昔から好きじゃん。名前っぽい」
「あ、ありがと……」
「おーおー、顔真っ赤」
「だって!鉄朗が……褒めてくれるから」
「喜んだ?」
「う、ん」
「ヨシ」

 ヨシって、なんのヨシ?そう言って私の手を攫って歩き出す鉄朗の方が格好良いよ。私、本当に夢を見てるみたいな気分。
 大きな手が私を引いて、昔とは違う、見慣れない私服姿の鉄朗は大人っぽくてドキドキして。

 これがデートパワー?なんか鉄朗、いつもより更に王子様じゃない?既にもう甘くてどろどろに溶けてしまいそう、なんて。私はちょっと真面目に自分の身を案じてしまうのだった。


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