2021黒尾誕 Hello,princess! fin

そんな酸素じゃ物足りないんだ



「名前の言う王子様ってどんな奴?」
「へ?」
「だから、王子様って。具体的にどんな感じなわけ?」
「えっと、……黒尾?」
「黒尾?」
「……鉄朗」
「そう。あ、いやそうじゃないけど」
「ええ?」

 お昼休み。付き合い始めたもののクラスの違う鉄朗と一緒にいる時間ってあまりなくて、そんな中「今日は一緒に食おうぜ」って誘ってくれた鉄朗に連れられてやって来た中庭。
 うちの学校の中庭ってベンチはあるし花壇も綺麗に整備されていて日差しもいい感じに当たって、実は中々の穴場スポットだと思うんだけど、今日は風も強くて気温も低いからか誰も居なかった。お陰で私たちの貸切状態だ。

 一緒に持ってきたブランケットを膝にかけて、それからお弁当広げる。並んで座った鉄朗もおばあちゃんに作ってもらっているのか大きなお弁当箱を持っていて、その中に昔鉄朗の家に遊びに行くとよく食べさせてくれた甘い卵焼きがあったのに懐かしくなった。

「俺のイメージではあの、かぼちゃパンツみたいなの履いて馬に乗ってて、あー……あとは王冠被ってるみたいな?」
「馬じゃなくて白馬って言ってよ」
「馬じゃん」
「ていうかそういうのじゃないの!見た目の問題じゃなくて、もっと、中身!」
「例えば?」
「えぇ?なんかこう……お姫様を守ってくれる!……みたいな?」
「……俺が言うのもなんだけどそんなザックリなの?」

 言われてみると言葉にするのって難しくて、考えながら口にしたイメージも鉄朗の言う通りザックリしていた。見上げた鉄朗は私の言葉に考えるように眉間に皺を寄せていて、私はそれに首を傾げてしまう。

「どうしてそんなこと聞くの?」
「いや、俺はどうすれば良いのかなーって」
「どうすればって……そのままでいいよ?」
「でも俺全然そんな感じじゃないけどいーの?」
「んん?そうかなぁ?」
「まじで名前の中のテツロークンがどうなってんのか全く分かんないんですけど」

 そんなこと言われてもなぁ。私の中の鉄朗のイメージは小さい頃からずっと王子様だ。意地悪な男子からも守ってくれるし、嫌いなピーマンも食べてくれるし、苦手な算数だって教えてくれた。いつも守ってくれて、キラキラしてて、そして格好良い私の王子様。
 私は鉄朗に王子様になって欲しいわけじゃなくて、王子様な鉄朗がずっと好き、だったんだけど。

「んー、でも少女漫画みたいなのには憧れるかも!」
「お、例えば?」
「え?うーん……大っきいバラの花束と一緒にプロポーズとか?」
「そんな奴中々いねぇわ」
「イケメンで誰もが羨む学園のアイドル!みたいなとか……」
「俺ってそうなの?まじ?」
「……」
「ちょっとそこで黙らないでくださいます?」

 鉄朗は格好良いけど、そんな感じではない気がする……いやいや私の中ではめちゃくちゃイケメンで格好良いよ?王子様なんだけどね?なんてフォローになっているのかいないのかよく分からない私の言葉に、鉄朗は何故か顔を真っ赤にして。

「だから鉄朗はそのままで……鉄朗?」
「……お前なぁ」
「え?」
「あーもう!こっち見んな!」
「え、なになに?どうしたの?」
「なんにもねえわ!」
「え?ええ?」

 気になって鉄朗の顔を見ようとすると何故か怒られて、頬をぐいと押されてしまえばこれ以上仕方ない。諦めて食べるのを再開しようすれば、隣でゴホン、とわざとらしく咳払いした鉄朗が前を向いたまま呟いた。

「あー、じゃあ何?俺がプロポーズするときはそうすればいいってこと?」
「え、て、鉄朗がプロポーズ?誰に?」
「……今の話の流れで名前以外にいると思う?」
「私!?」
「なんでそこでそんな吃驚するかね」
「だ、だって……」

 ぽわんぽわん、と頭の中には大きなバラの花束を抱えた鉄朗の姿。それを想像した途端、ボンッ!っとすごい勢いで熱に染まっていく頬。
 それってもしかして、私が花束を受け取ったら鉄朗はこの間みたいに私の前に跪いて、それからポケットから指輪の入った箱が出てきたりするんだろうか。私に見せつけるようにゆっくりと開いたその中には、キラキラに輝く女の子の憧れが入っていたりしちゃうんだろうか。それでそれで、……

「名前?……名前チャーン」
「う、あ……」
「……何想像してんの?」
「あ、て、鉄朗のプロポーズ……」
「そこはしっかり照れるんかい」
「だって!て、鉄朗が変なこと言うから……」
「お前の恥ずかしがるポイントがいまいちよくわかんねえんだけど」
「もう!もうー!」
「ぶっ……顔真っ赤ですけどー?」

 これは、さっきの仕返しなんだろうか。私は揶揄ったりしたつもりはなかったのだけれど。
 にやにやと嫌な笑みを浮かべる鉄朗は、ふに、と私の頬を緩く摘んで、それから落ちてきた髪を掬い耳にかける。一瞬だけ耳たぶに触れた手が異様に熱く感じて、私もそれに引っ張られるようにして更に体温が上がっていく気がして。

 ……意地悪なその顔は王子様とは程遠いかも、って悔し紛れに呟けば、「名前が勝手に俺を王子にしてるだけじゃん」って笑う。そうだけど。そうだけど!

 こんな風にジッと見つめ合うのなんて慣れなくて、どこに視線をやればいいのか分からない。ドキドキと心臓は早鐘の如く鳴っていて、ああは言ったけど耳からまた私の頬をなぞるその手は普通の男の子よりよっぽど綺麗だと思う。

「や、やめ……」
「……」
「てっ、……」

 少し、ほんの少しだけど距離が近付いているのは私の気のせい?ばくんばくんと鳴る心臓と一緒に、身体も震えているだけ?なんて、そんなわけないよ。
 私はパニックになって目を瞑った。どうしようっ。これは、もしかして。
 知識でだけなら知ってる、毒りんごの呪いだって何年もの眠りだって覚ましてしまう、奇跡のような魔法。

 きゅ、と無意識に唇に力が入ったその瞬間、触れたのは鉄朗の……唇、じゃ、ない……?

 恐る恐る目を開くと、そこには何とも言えない……怒っているわけでも笑っているわけでもない、だけど微妙な表情の鉄朗がいて。唇に触れたのは鉄朗の親指、それがゆっくりと私の唇をなぞって……それから名残惜しそうに離れていった。
 さっきまでと同じように見つめ合って数秒。感情の読み取れない鉄朗の眉間に少しだけ皺が寄って、それからはぁー……って大きなため息に私は益々訳が分からない。

 今。キス、する流れじゃなかったの……?勘違いだった?恥ずかしい。恥ずかしい!!!

「……」
「て、つろ」
「……お前ほんと……ほんとまじ!そういうとこ!」
「え、?」
「簡単にそうやって目瞑るんじゃありません!どうせ意味分かってねえんだろうけど!」
「な、なにっ……分かってるよ!」
「いいや分かってないね!」
「だってキスすると思ったんだもん!」
「キ、ッ……」
「……」
「……」
「…………いだっ!」

 さっきまで唇に触れていた指が離れたかと思うとそのままデコピンされて、じん、と痛みで熱を持つおでこを押さえる。
 見上げた鉄朗はやっぱり何を思っているのか分からなくて、でも心なしかさっきみたいに頬が赤く染まっている。

「……もしかしてこれがずっと続くわけ?」
「え?なに、?」
「なんも!」
「えっ、教えてよ!」
「嫌でーす教えませーん」
「なんで!」
「なんでもー」

 そう言いながらいつの間にか食べ終わったお弁当箱を片付け始める鉄朗は、結局何度聞いてもなんて言ったのかは教えてくれなかった。はぁ、ともう一度大きくため息を吐くくらいなら言ってくれたらいいのに。
 私は腑に落ちないまま、それでも先程のことを思い出すと胸がなんともむず痒い初めての感覚に混乱して……結局は考えることをやめてしまったのだった。


- ナノ -