2021黒尾誕 Hello,princess! fin

ぼくのエゴイストはあざとい



 昔からキラキラしたものが好きだった。妖精、魔法少女、お姫様、……周りが年を重ねるにつれて前ほど興味を示さなくなっていったそれを私はいつまでも追いかけていて、そして夢見ている。
 いつか白馬に乗った王子様が私を迎えに来てくれるって……高校生にもなってそんなことを考えてるのは名前くらいだよってバカにされても構わない。
 だって王子様は実際にいるし、私はその王子様だけのお姫様になるんだもん。

「つまり、彼氏が欲しいってこと?」
「彼氏じゃなくて王子様!」
「好きな人に告白されて、その人の彼女になりたいって話じゃないの?」
「そうだけど……その言い方じゃ夢がなーい!」
「なんでよ。全っ然わからんわその感性」

 キラキラのドレスとか、素敵な庭園で過ごすティータイムとか、ダンスパーティーで運命の人に出会うだとか、そんなことは普通じゃあり得ないって流石にそれくらい分かってるよ。だって私は日本の一般家庭に生まれた平凡な女子高生なのだから。

「てか名前って好きな人いんの?」
「え?」
「その運命の王子様、今から作るの?」
「あ、それは大丈夫!」
「お」
「アテはあるので!」
「アテって……」
「あのね、」

 机越しに身を乗り出して、友達のさっちゃんの耳元に顔を寄せた。いくら昼休みで周りが騒がしいからってやっぱり人に聞かれるのは恥ずかしい。
 告げた名前は自然と小さくなった声でもさっちゃんにはしっかり聞こえたみたいで、そのくるんと綺麗にカールさせた睫毛をぱちぱちと瞬かせた。

「クロオって……あの黒尾?」
「五組の、バレー部の」
「え、なに、どうして?名前と黒尾って接点あったっけ?」
「幼馴染なの」
「幼馴染!?」

 さっちゃんは勢いよく立ち上がって、だけどその大きな声で周りの視線を集めてしまったことに気づいたのかすぐにまた席に着いた。

 やっぱり女の子っていうのは恋バナが好きな生き物だよね。さっちゃんも例に漏れず、少なくともさっき王子様が〜のくだりを話していた時よりは何百倍も興味がありますって顔してる。

「幼馴染って……今までそんな雰囲気全然なかったじゃん。まさか付き合ってるわけじゃないよね?」
「うん。付き合ってはないけど……」
「もしかして付き合ってないけど両想いとか?」
「そんな話も、聞いたことはないけど……」
「……でも名前は黒尾のこと、好きなんだ?」
「うん」
「じゃあ片想い?」
「うーん、でも…………」

 そうなんだけど。でもそうじゃない。
 私はさっきより声を落として、そしてさっちゃんにとっておきの秘密を教えてあげる。

「…………結婚!?」
「ちょ、さっちゃん、声大きいよ!」

 そんなに大きい声出したら、流石に誰かに聞こえちゃうってば!
 なんて思った瞬間にその予想は的中して、何気なく目をやったその先……廊下にいた人物と目が合ってしまった私。

「あっ、」

 小さく漏れた声。きっと向こうも気付いて、ちょっとだけ眉を寄せている。「俺の名前聞こえたんだけど何話してんの?」と、こんなところだろうか。しかし彼は同じバレー部の夜久くんと話しているのでこちらに来ることはないだろう。
 やばいやばい。私はまたさっきのように声を落として、それからさっちゃんの耳元に顔を寄せた。

「約束したの。大きくなったら結婚しようねって」
「はぁ?なにそれ」
「黒尾が、大きくなったらお嫁さんにしてくれるんだって」
「……」
「ほら、男の子って十八歳になったら結婚できるから。黒尾もうすぐ誕生日だし、そしたら私を迎えに来てくれるかも?」
「いやいやいや怖い怖い何その思考!?名前ってばちょっと頭の中お花畑すぎない?大体その約束っていつの話よ」
「黒尾がこっちに引っ越してきたばっかの頃だから……小学校低学年……?」
「やばいってちょっと待ちな?」

 バン、とさっちゃんが机を叩いてもう一度立ち上がる。
 だけどその視線は私を通り抜けて、更に頭のもっと上に注がれていて。

「なに話してんのー?」

 黒尾、だった。私の頭に肘を置いた黒尾は、間延びした声で問うた。久しぶりにこんなに近くで話す気がする。こっちに来るなんて思わなかった。幼馴染と言ったって小中高と学校が同じで家も近所なだけ、歳を重ね思春期を迎えた頃には昔みたいにお互いの部屋を行き来することも、一緒に帰ることも、下の名前で呼び合うこともなくなってしまったのだから。
 今年は同じクラスにもなれなかったからまぁ会えば話す、って感じの私たちは周りにも、勿論さっちゃんにも幼馴染だなんていう関係には到底見えなかっただろう。

 でも私にとっては、ずっと。小さい頃から黒尾は私だけの王子様で。

「ちょっと黒尾、名前と幼馴染ってまじ?」
「ん?おー、小学校から一緒」
「あ、そこは本当なんだ……それも名前の妄想だったらどうしようかと思った」
「ぶっ……妄想ってなに?」
「ちょ、さっちゃんヒドイ!」

 ぶひゃひゃひゃって懐かしい昔からの笑い方、ドクドクと忙しなく暴れ出す心臓。黒尾と話せることが嬉しくって、私も黒尾の顔を見ようと振り返ったその瞬間だ。さっちゃんが、爆弾を落としたのは。

「じゃあさじゃあさ、黒尾が名前と結婚する約束したって話は?黒尾覚えてる?」

「エッ」
「ちょっ……!」

 あまりの衝撃に、私は一瞬頭がくらりと揺れた。だって。まさかまさかだよ、さっちゃん何言ってるの!?
 私が黒尾のことが好きなのは事実、昔黒尾が私のことをお嫁さんにしてくれると約束してくれたのも事実、そして黒尾が私の王子様でいつか私のことを迎えに来てくれると思っているのも事実……全部事実、なんだけど!

 それでもこんなのは不本意だよ、だって全然ロマンチックじゃないじゃん。
 そう思うのに、私の体温はぐんぐんと上昇していく。きっと耳まで真っ赤に染まった顔で見上げると、その先にいる黒尾と、真っ直ぐに目が合って。見開かれたその瞳は少なからず動揺の色を示しているのか、私はそれ以上に動揺しているけど。

「……なに、苗字は覚えてんの?」
「へ、」
「その約束、覚えてたわけ?」
「え、っと……」
「覚えてるもなにも、名前ってば黒尾のこと王子様だと思ってるから」
「さっちゃん!?」
「へぇ……」

 穴があったら入りたい、とはまさにこのこと。私にとって恥ずかしいのは勿論王子様云々のくだりじゃない、今の黒尾に私が黒尾のことを好きだって今このタイミングでバラされたこと。告白はするよりされたい派なのに!
 しかもここは教室なのだ。痛いくらいに周りからの視線を感じるし、でも私は黒尾から目を離せない。何を考えているのか分からない黒尾のその瞳に吸い込まれてしまいそうで。

 そんな私に黒尾は「あー……」と不明瞭な音を漏らして、それからまた口を噤んだ。あ、これ、ダメなやつだ。悲しいかな、私はすぐに悟ってしまう。
 あの頃の黒尾は多分私のことが好きだったはずなのに、だからそれからもずっと私は黒尾のことだけが好きだったのに。……黒尾は私の王子様じゃなかった?

 何年も大切に大切に持ち続けていた想いが、急に知らない色に変わる。嫌だ。ちょっと待って。

「王子って柄?俺」
「いや、アンタが王子ならその国は終わるわ」
「ぶはっ!それはひどくない?」
「でも名前にとっては黒尾が運命の相手なんだよね?」
「ほう」
「も、もうやめてよ……」

 ドクン、ドクン、って痛いくらいに心臓の音が鳴り響きそれは教室中に聞こえているんじゃないかと思うほど。なのに周りの音は何も聞こえない、光も感じない、まるで誰もいない真っ暗な穴の中に落とされてしまったみたいで。
 まさかこんな風に突然、数年来の恋が終わるだなんて思わなかった――――――

「じゃあ付き合う?」
「えっ」

 え。

 パチン、と弾けたように現実に引き戻された。教室の至る所からどよめきや悲鳴が聞こえる。
 だけど今だけはそれどころじゃなくて、私は今きっと口を開けた間抜けな表情で黒尾を見上げている。

「結婚の約束、したもんな」
「えっ、!」
「嘘!?ほんとに言ってんの、黒尾!?」
「あの、小学校の裏の公園でだろ?研磨が先に帰って二人になったとき」
「う、うん……」
「まさか苗字が覚えてるとは思わなかったけど、でも覚えてんなら話は早いっつーか。俺は苗字のこと、あん時からずっと好きですし?」
「え、え、……」
「苗字は?」
「っ、」
「苗字はどうなの?」
「す、……好き、っだけど、」
「じゃあ、……俺と付き合ってください、お姫さん?」
「〜〜〜〜!」

 少しだけ照れたように、私が言っていたのを真似てくれた「お姫さん」が真っ直ぐに胸に刺さる。どうしよう。……どうしよう。今確かに目の前に、おとぎ話の中で何度も見た王子様がいるよ。
 ふわふわするのは嬉しいからなのか、恥ずかしいからなのか。まるで本物の王子様よろしく、黒尾は私の座る椅子のすぐそばにしゃがみこんで私を見上げている。

「ど?」
「わ、」
「返事は?」
「よ、……喜んで」

 頭の中では小さい頃からずっと練習してきたセリフ。本当に口に出すのは、初めての言葉。差し出された大きな手のひらに、自分のそれを重ねて。

 さっきより大きな歓声とも呼べる悲鳴が上がった。そりゃあ私だってそっち側だったら同じ反応をしていただろう。クラスメイトのこんな告白劇、早々見られるものじゃない。
 皆の瞳に映る今の私は本物のお姫様に見えるのだろうか、なんて。

 冷やかしてくる周りを適当に躱しながら私の手をギュッと握った黒尾は、もう一度私に目を合わせて、それから昔一緒に遊んでいたあの頃と同じ表情で笑った。……心臓、壊れちゃうよ。


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