角名中編 嘘つき女と無気力男 fin

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「ほんで?結局なんで来られへん言うてたん?」
「なんかスポンサーの偉いさん達と食事会とかで……やってんけど、結局それが一日ずれて電話くれた日の夜になったから終わってすぐ来てくれてんて」
「ほぉん……来おへんと苗字がぐずるもんなぁ」
「ぐずるて……」
「実際ここでぐずっとったし」
「……」
「次の日来る予定やったのに終電で来てくれたんは、苗字のためちゃうん」
「……」
「やのに何をそんな拗ねとんねん」

それに関しては何も言われへんけど。倫太郎が来ないと知ってその日閉店後もだらだらと居座って面倒をかけてしまったのは事実なので、私は曖昧に返事をして治から目を逸らす。
侑は私に甘くても、治は私に厳しい。他の女の子にもこうなんやろか、詐欺やでこんなん。

もうとっくになくなった、おにぎりが乗っていた皿を見つめて……私は暗くなりすぎないように息を吐いた。実際はまた泣いて喚いて、机に突っ伏したいくらいの気持ちだけど。今はなんやかんやでいつも慰めてくれる侑はいないし、ここ、おにぎり宮も営業中で他にお客さんもいるし。私は今にも溢れ出しそうな涙に耐えながら、ひたすらに一点を見つめるしか出来なかった。

無意識に力が入る右手に持つ週刊誌はぐしゃりと歪んでいて、そこに写る見知った顔をどうにか他人だと思いたくて。

"バレーボール選手・角名倫太郎 美女をお持ち帰り"

なのにどうしたってそれは他人にはなってくれない。何度見てもそれは私の良く知った、彼氏の角名倫太郎でしかなくて……こんな、ひどい。そうやって昨日の夜流石に本人に突き付けたのはやはり電話越しだった。

「この前のスポンサーの人だよ。帰り、駅まで一緒だっただけだから」
「で、でも、ホテル街って」
「そこ通った方が近かったってだけ。そもそもその日名前のとこに行ったんだから何もなかったのは分かるでしょ」
「そ、そうかもしれないけど……」
「なに」
「もうちょっとなんか、……」
「……」
「……なんでもない。分かった」

たった、これだけ。なんでもなくない。分かってない。納得もしていない。なのにまた重ねる小さな嘘。
私は別に倫太郎が浮気しているとかそういう心配をしているわけではなくて、……ちょっとはそれもあったけどその日倫太郎が私のところに来てくれたのは本当だし、不満なのはそこじゃなくて、倫太郎がもうちょっと私の気持ちを分かってフォローしてくれたらいいのにって話。

「もうこんなんばっかり……嫌やぁ……」
「……」
「倫太郎、私のこと好きちゃうもん……私だけいっつもこんな思いしてる……」
「また始まったわ」
「そこはそんなことないやろって言うとこやで!」
「うわめんどくさ」
「侑やったら言うてくれるもん!」
「……角名が不憫やわ」
「なんなん!やっぱ治は倫太郎の味方なん!?」
「まぁ、どっちかっちゅーと」
「なんなん……」

私、悪ないもん。いや、思ってることも言えないくせにこうして毎回うじうじしてるのは確かにめんどくさいと思うけどさ。
私はもうちょっと、倫太郎に愛されてるって思いたいだけ。私より大きくなんて望んでいない、同じくらいの想いを持って欲しいだなんて、そんなに贅沢なことなんだろうか。一応付き合っているのに。

「……倫太郎は逆でも、同じようには思ってくれへんねやろか」
「はぁ?」
「例えばさ?私が他の男とおっても、別に平気なんかなぁって」
「いや。アホなん?」
「なによぅ」
「散々ツムと近いて言われとるやん……昔からずっと」
「ちゃーう!侑はちゃうやん!侑とは何もないって倫太郎も分かっとるし、そうじゃなくてもっと知らん人!」
「良い加減にせえや、角名が可哀想やろ」
「私は可哀想ちゃうんかい」
「苗字はただただアホ」
「ひっど!」

そうは言うけど、私の中ではもう結構限界だった。倫太郎は高校生の時から意外にモテるからその度に他の人のものになってしまうんじゃないかと不安で、付き合い出してからも今度は倫太郎の気持ちが見えなくて不安で、そんな状態でずっとずっとこのまま来てしまった。
こんなの言えるわけない。言っても良いとこ適当にあしらわれるか、最悪めんどくさがられるだろう。

だからここまで我慢に我慢を重ねた私だったけど、今回のスキャンダルをきっかけにそれも全部崩れ去ってしまった。もういい、ってある意味やけくそ。この間折角仲直りできたけど、もう私ばっかりこんな気持ちになるのは嫌だ。

「ほなどないすんねん」
「……合コンに行くとか?」
「……やめとけ」
「マ、マッチングアプリとか!」
「殺されたいんか?」
「んな物騒な」
「いやほんま、冗談ちゃうで」

いや冗談やろ。治が思っているほど倫太郎は私の前でも変わらない、あの澄ました顔のまんまなのだ。だから良い案だと思ったのに、お前が耐えられへんやろって言われたら確かにって素直に頷くしかなくて。私の方が、倫太郎以外を受け付けない。
ほんなら結局八方塞がりやん……

「話してみいて。この前ツムにも言われたんちゃうんか」
「……言われた、けど……」
「俺らに言うてること全部角名にいうだけや、簡単やろ」
「無理……」
「ほら、スマホ貸し」
「え?な、なに?」
「……あ、もしもし?角名?」
「きゃああああ何やってんの!」
「ほれ、角名出たで」
「ちょ、ちょお、治!」

ぽいっと放り投げられたスマホをキャッチして治に抗議すると、手に持つその小さな機械から「名前?」って倫太郎の声が聞こえてくる。
それで慌てて耳に当てるけど、何て言えば良いのか、もちろん何の準備もしていなかった私はあ、とかう、とか意味のない言葉を発するしかできなかった。

「……用がないなら切るけど」
「あっ、り、倫っ、」
「……なに?」
「いや、その……今って忙しい……?家ちゃう、よな?」

電話越しにでも分かる、聞こえてくる喧騒は倫太郎が今外にいることを知らせてくれる。練習はもう終わってるはずやし、帰るとこかな。それなら帰る間だけでも、話されへんかな。
さっきまであんなに落ち込んでたはずなのに倫太郎の声を聞くだけでそわりと心が浮つく私は本当に単純だ。見えていないとは分かってはいつつも少しだけ居住まいを正してドキドキと倫太郎の次の言葉を待つ。

「あーごめん、今ちょっと無理」
「え」
「今から飯行くから」
「あ、そうなん、や……」

え。

残念だけどそれなら仕方ない。と、言いかけた口は固まってしまう。今。電話の向こうで、倫太郎を呼ぶ女の人の声が聞こえた気がしたから。

「それじゃあ、」
「ちょちょちょ、待って、倫太郎」
「なに」
「い、今後ろで倫太郎呼んでた人誰?その人もご飯一緒に行くん?」
「あー、この前のスポンサーの人だよ。その人らと飯だから、いるけど」
「待っ、や、あかんやろ!」
「なんで?」
「だって、週刊誌!撮られてるやん!」
「ガセだしチームも分かってるから大丈夫だって」
「で、でもっ……」

でも、行かんで欲しい。その言葉はすんでのところで出てこない。だってそれを言ってしまったら、倫太郎が困るって分かってるから。仕事なんでしょ。信じていいんだよね?でも。
心の葛藤は目の前で黙って聞いてる治にしか伝わっていなくて、本当に伝わって欲しい人には伝わってくれない。

「角名さーん!」
「あ、はい、すぐ行くんで」
「先入ってますね」
「はい」

「………」

もう一度倫太郎を呼びにきた女の人と、その人と話す倫太郎にモヤモヤした。どうして彼女の私はダメでその人は許されるんだろう、なんて。仕方ないのにこの瞬間遠距離であることにすら嫌気がさして、悲しくなってくる。私だって本当は毎日倫太郎に会いたいよ。一緒にご飯も行きたいよ。電話越しじゃなく、直接話したいよ。

「名前?」
「ん、」
「そっちは?また治んとこ?侑もいんの?」
「いない……今日は一人」
「そ。気をつけて帰りなよ」
「……うん」
「じゃ、切るね」
「……うん、ばいばい」

よっぽど急いでいるのか、ばいばいすら言ってくれずに切れた電話。通話を終えたスマホからはもう何も聞こえなくて、私はそれを静かにカウンターに置いた。

「……」
「まぁたぐずっとる」
「ぐずって、へん……」

結局また今日も不安なまんま。むしろ大きくなってしまったそれに飲み込まれぬよう、私は震える息を飲み込んだ。


21.10.19.
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