角名中編 嘘つき女と無気力男 fin

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「最っっっ悪やん……!なにしとん!?」
「だって……」
「喧嘩すんのはええけど!俺を!巻き込むなや!!」
「それはごめん……でも向こうから侑になんか言うて来るとかないと思うから……」
「なくないわ!大アリやわ!」
「えぇ〜?」
「つうか角名は!?帰ったん!?」
「……知らん。連絡とってへんもん」
「お前っなぁ……」

電話越しに怒鳴られて耳が痛い。だけど少しでもスマホを耳から離そうものなら何故か「おい!聞いとんのか!電話離すな!」なんてどこかで見てるのかと思うツッコミを食らってしまうのだからどうしようもなかった。
さすが侑、私のことよう分かっとるやーん!……なんて呑気に言えやしない。今回の倫太郎とのいざこざには、なんとなく侑も関わっているのだから。

「だって!倫太郎が何で怒っとんのか分からんねんもん!」
「もしかしてバレとんちゃうん」
「え?何が?」
「角名がおらん間におれと名前がヤってもうたこ―――
「有り得へんこと言わんといて!?彼女に聞かれてそっちも修羅場なっても知らんで!?」
「あーーうるさいうるさい!ちょっと冗談言うて場を和まそうとしただけやんけ!」
「そんなこと言われて誰が和むねん!」

怒鳴ってから、はぁ、と荒くなった息を吐いた。普段から侑とはこんな感じなので多少強く言ったところで問題はないのだけど……だけども私一人ではどうしようもなく侑に頼らざるを得ないのが今回の件なのだ。ここで侑に切られたら困る、と私は私自身を落ち着かせる。

結局あの後倫太郎から連絡が来ることはなかったし、勿論そのまま泣き疲れ眠った私の隣に戻って来てくれることもなかった。
起きてからダメ元で覗いたスマホには侑からの「ちゃんと仲直りした?」ってメッセージだけが届いていて、それが余計に私を悲しくさせる。
仲直りどころか更に喧嘩しましたけど。もう喧嘩って言っていいのかすら危ういですけど。

「一個言うとくけど」
「ん、」
「俺彼女おるから、名前の気持ちには答えられへんで」
「……はぁ?なにそれ、私の気持ちって」
「え?角名捨てて俺んとこ来たいんやろ?」
「だ、だからそんなん本気ちゃうって!なんで私勝手に振られてんの!?やめてくれへん!?」
「それはこっちのセリフじゃ!ほんまならそのまま角名に言えばええやんけ!」
「言うても怒ったんやもん!どうしたらええの!?」
「知らんわ!」
「そんなこと言わんで助けてやあああ」

結局私は侑に泣きつくしかない。倫太郎のことで相談できるのは、今も昔も侑しかいない。話していると本当に悲しくなってボロボロと頬を伝い始めた涙に、侑はそれが見えてはいないはずなのに気付いてしまうのだ。
私の泣き言に一瞬黙り多分髪をガシガシと掻きむしって、それから「名前」って少しだけ優しく、小さい子を宥めるように名前を呼ぶ。

「……なに、」
「話すしかないやん。角名やって話さな分からんし、ちゃんと話したら分かってくれる。そんなん名前もよう知っとるやろ」
「でも怒るもん……」
「なんで怒る思うん」
「分からん……そんなに私のこと、好きちゃうから……?」

自分で言って、自分で傷付いた。ぐさぐさと心を抉ったそれは何も今思い付いただけの言葉じゃない。ずっとずっと思っていたこと。なのに音にすれば、途端にそれは私に刃を向ける。

「はぁ……お前なぁ、せやったら逆にそんな怒らんやろ。好きちゃうんやったら、興味ないってほっとくやろ。せやしそんな何年も付き合わへんやん。角名、お前に別れるとか言うたか?」
「言われてない、けど……」
「角名もなんか言いたいことあるんやって、多分。良い機会やん、思ってること全部ぶち撒け合ったら解決するんちゃう?」

侑にしては良いこと言うな。素直にそう思った。胸の中にスッと入ってくる侑の言葉が、じわじわと浸透して涙を引っ込めてくれる。
やっぱり親友はちゃうなぁ、頼りになるやん。たまには良いこと言うやん、って。可愛くない私は口には出来ないけど、そう思うことくらいは出来る。

でも私の心は臆病で、すぐに不安は消え去ってくれない。最後に聞いた倫太郎の冷めた声は耳にこびりついているし、何年もずっと痛感し続けた"私の方が"ずっとずっと好きの比率が重いって事実が、そんなに上手くいくかなぁって囁いてくる。

一歩踏み出すのが怖い。だから私は何年も倫太郎にこの不安を明かせなかったのだから。

「…………」
「名前?」
「も、もし……」
「ん?」
「もし解決せえへんかったら?」
「あ?んー……まぁそんときは、俺が他の男紹介したる」
「なんそれ……誰よぉ」
「銀とか?」
「銀は良い奴やけどそういうんちゃう……」
「ぶはっ……銀に失礼やぞ」
「ごめん銀……」
「でもそれなら尚更、角名とちゃんと話し合わな。お前しかおらんねんって言ったり」
「…………うん」
「頑張れるか?」
「……うん、頑張る」

よし頑張れって侑の明るい声を最後に切れた通話。なんなん侑、ええ奴かよぉ。
私は漸くベッドから抜け出て泣き腫らした顔を洗い、それからもう一度戻ってきたベッドの上で正座してスマホを握りしめる。そわり。今までにないくらいに緊張して、そわそわと落ち着かない。

メッセージ。電話。メッセージ。……電話、だよね。本当はまだ直接話す勇気なんてないけれど。だけどずっと楽しみにしていた今日だし、昨日来てくれたってことはもしかしたら来れなくなったという理由がなくなったのかもしれない。ならば仲直りしたら、倫太郎と過ごせるかもしれない。

それだけが支えで、勇気で。発信ボタンを押す私の背中を後押しする。耳に当てた小さな機械からはアプリ特有の呼び出し音が響いて、どくん、どくん、どんどん心音が大きくなっていく気がした。

出ない……って、諦めかけたところで繋がった通話。ガヤガヤと電話の向こうから聞こえる喧騒に私はごくりと喉を鳴らす。崩した足先に塗られたパステルカラーを見つめ、どうにかこうにか緊張を鎮めようと私はゆっくりと口を開いた。

「り、りんたろ……?」
「……はい」
「……どこ居るん?」
「どこでもいいじゃん」
「……良くない」
「侑のとこに行くんじゃなかった?」
「なっ……まだそんなん言うん、」
「まだって何?言ったのは名前でしょ」
「違っ、……倫太郎やろ!?」

しまった。言ってから後悔する。それを言ったら倫太郎の周りの温度が下がったのが、電話越しにも伝わってしまったから。私はさっき侑からもらった言葉たちをかき集めて、それからもう一度深呼吸した。

「……侑のとこなんか行かへん。私が一緒におりたいの、倫太郎だけやもん……」
「ふーん」
「ふーんって……」
「……今大阪駅の近くにいる」
「へ、」
「早くしないと帰るけど」
「!す、すぐ準備する!待ってて!」
「……俺がそっち行くから、それまでに準備してなよ」
「はい喜んで!」
「ふっ……居酒屋かよ」

笑った……!
緊張でじわりと滲む汗を拳に握り込み、少しだけ素直に零した本音。伝われ、伝われって心の中でだけは必死で、そういうところでやっぱり私の想いの重さを自覚してしまう。

だけど。それを聞いてさっきより少しだけ柔らかくなった倫太郎の声色に私は嬉しくなってしまって、ついいつものような返事をしてしまうと、耐え切れなかったのか耳元で息を漏らす音が聞こえた。

「倫太郎?」って確かめるように名前を呼ぶと、「なに」って、たったそれだけなのにやっぱり昨日とは全然違う色を感じる。倫太郎、もう怒ってない?なんて肝心の聞きたいことは聞けないけど、どうしてなのか倫太郎が「もういいよ」って私の心の声を読んだように呟いた。

「ほら、急げ」
「うん」
「なんか買ってく?」
「んん、いい。倫太郎が欲しいもんあったら買ってきて」
「じゃあテキトーに買ってくわ」

すっかり私の頭の中はこのあとの時間にばかり向いていて、倫太郎と何を話そう、何をしよう、ってそれだけで。
もしもこの時、侑が言ったようにちゃんと"思ってることをお互いにぶち撒け合って"たら……あんなことにはならんかったんかな。

結局私がずっと倫太郎に言えていない不安も、倫太郎が怒っていた理由も……何もかも解決していないんだってことに、この時の私は気付いていなかったのである。


21.10.11.
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