角名中編 嘘つき女と無気力男 fin

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「ほんでな、侑に彼女出来たとか知っとった!?私知らんかってんけど!」
「さぁ?」
「飲み行く前に教えてくれたら私ももっとこう…お祝いするつもり?でいくのにさあ」
「……」
「しかもあれやで、いつもみたいなんちゃうねん、マジもんのやつ!ほらあの子!高校のとき侑あの子のこと絶対好きやん!ってみんな言うてた幼馴染の子!あの子と付き合い出してんて、めっちゃ惚気てくるねん!」
「へえ」
「り、倫太郎反応薄い……あっ!もしかしてもう知っとったん!?裏切り!?」
「いや初めて知ったけど」
「え〜ほんま?にしては全然食いついてくれへん……」
「だって侑に彼女出来たとかどーでもいいもん」
「倫太郎冷たぁ……」
「普通だって」

稲荷崎高校バレー部にマネージャーとして入部、チームメイトの倫太郎と付き合い始めたのは二年生も終わりの頃だった。ぶっちゃけ私は入学式で倫太郎に一目惚れしてそっからずっと好きで、片想いしてて。あの頃はよく侑に相談して話を聞いてもらっていたのはもう懐かしい。
言うて私の態度は周りにバレバレやったみたいで、普通に治とかにもいじられとったけど。……いや今もか。

高校も大学も卒業して大阪の一般企業で働く私は、今も倫太郎と続いている。大阪と静岡。遠距離になっても相変わらずあの頃と変わらない私たちの関係は、ここだけの話、やっぱり私の方が未だ片想いしているみたいだった。

「もう寝るやんな?倫太郎明日も早いんやろ?」
「うん。そろそろ寝るよ」
「分かった……じゃあ、明日も頑張ってな」
「うん。名前もね」
「、うん!」

電話越しにフッて息遣いが聞こえて、倫太郎が少し笑ったのが伝わる。それだけで私は嬉しくなってしまう程に単純で、出会ってもう何年も経っているのにやっぱり倫太郎のことが大好きなのだから仕方ないのだ。「おやすみ」って電話を切った後、私も布団に入って瞼を閉じる。倫太郎、もうすぐこっちに来るって言ってた。もうすぐ会える。

社会人なんだから学生の時よりお金に余裕もあるはずなのにそれを上回るほど今度はお互いの予定が合わなくなった今、倫太郎と会えるのは嬉しくて仕方がない。私はまるで遠足前日の子供のようにその日を楽しみにしながら眠りにつくのだった。


* * *


「ほんで?明日角名と会うんちゃうかったん、俺らと飲んどってええんか?」
「……」
「俺は働いとんねん、飲んでんのはお前らだけや」
「サム、今そういうこと言ってんちゃうねん」
「……」
「せやけどほんまにテンション低いなぁ、苗字楽しみちゃうの?」
「いっつも角名と会う前は喧しくてしゃーないのに」
「ひどい……」
「いやほんまどうしたん」

さっき私が頼んだレモンサワーを出しながら、治が首を傾げる。私は受け取ったそのグラスを大きく傾けて口の中に酸っぱい炭酸を流し込むと、吐き出した息はその分アルコール成分が増した気がした。

「会われへんなった」
「え?」
「明日、こっち来れへんくなってんて」
「あー……」
「やから飲んどんねん。明日倫太郎来るんやったらこんなとこおらへん……」
「おいこらこんなとこて何やねん」
「いやサム今そこちゃう」

庇ってくれるのは、意外にも侑。意外も何も昔から私の味方は侑なのだ。それを他の人に言うと「え?人選間違ってない?」って絶対言われるけど、でもそこだけは誰にも譲れなかった。

侑はしょっちゅう人でなしだとか色々言われているけど、基本的に心を許した相手への情は厚いし面倒見もいいと思う。そう思うくらいには私も侑に心を許していて、昔から色んな話を聞いてきてもらってきたからこそ侑はこの場面でも優しかった。
いやまぁ、ほんまに人でなしで最低なとこもいっぱいあるねんけどな、こいつ。

「なんか用事でも出来たって?」
「分からん……今日の朝連絡来た思ったら、ごめん行けなくなったって。それだけ」

言葉にしたら、また悲しくなってきた。朝のその連絡に耐え切れなくなって、急だから無理かなって思いながらも声をかければ駆けつけてくれた侑。
集まる場所なんていつも決まってる、おにぎり宮の暖簾をくぐればしばらくぶりに会う侑と治に涙腺が緩んだのは秘密だ。

「おおん……」
「せめて理由!」
「まぁ色々あるんちゃう?チームで何か集まらなあかんなったとか、」
「せやったらそう言ってくれたらええやん!?」
「まぁ……」
「……倫太郎ってそういうことほんま何も言うてくれへん。……寂しい」

ぽつりと呟いた言葉は、レモンサワーの泡に溶けて消えた。

こうやってたまに弱気になるのは、中々会えない寂しさと共に昔から私の中に深く根付いた私と倫太郎の温度差が原因だ。拭っても拭っても拭いきれずこびりついてしまったその不安は、今日も私を容赦なく襲ってそしてこうやってかつてのチームメイトにまで気を遣わる羽目になるのだ。

「なんで?って軽く聞いたらええのに」
「……分かった大丈夫って、言うてもうたもん」
「お前はまったそこでしょーもない嘘を……」
「だって……」
「今度また角名に言うといたるから、な?」
「うん……」
「ほら、飲め飲め!今日は侑クンが奢ったる!」
「……ワーイ、サスガアツムクーン」
「いやめっちゃ棒読みやん!」
「ツムの奢りやしいっぱい頼み、苗字」
「!ほんなら追加おにぎり頼んじゃおっかな〜」
「おい!必要以上に頼ませようとすな!」

なんやかんや言うて優しいかつてのチームメイト達に、私もこうして甘えてしまうねんけど。


* * *


「ほら名前帰んで、立ちぃ。俺送らへんぞ」
「無理やろこんなん。ツム送ったりいや」
「絶っっっ対嫌や!万が一アイツに見られたら絶対キレられるもん!サムこそもう店閉めたんやから送ったりいや!」
「嫌やわ、俺も彼女おるもん」
「ほなどーすんねん!」

閉店した後も治の店で飲んで騒いで、店を出たのは終電もとっくにない時間。
飲みすぎてフラフラの身体を支えてもらいながら、侑と治の会話はちゃんと聞こえてるし一人でも帰れると思う、大丈夫。っていうか、

「二人とも薄情モン〜リア充め〜」
「いやお前も角名おるやん」
「は?角名?誰ですかそれ〜」
「うっわ角名に怒られんで。飲みすぎや」
「ほんま、俺ら知ら、ん……ぞ……、」
「?サムどないし……」
「なになに二人とも、急に黙り込、…………倫、太郎?」

突然二人が黙って、しかも心なしか顔を青くするから何事かとその視線の先を辿れば……そこにいたのは倫太郎。え。なん、なんでおるん。

数メートル先、無表情で真っ直ぐにこちらを見つめる倫太郎は、なんかよく分からないけれど恐怖でしかない。
さっきまでアルコールで気持ちよく酔っていた頭が、急激に覚めていく感覚がした。

その場ではぁって、多分ため息を吐いて早足で私たちの前までやって来た倫太郎は、そのまま私の腕を掴み寄せる。勢い良く侑から引きはがされた私は、今度は倫太郎の胸に顔面からダイブしてしまった。

「ぶへっ…!な、なにっ?」
「こっちのセリフ。何やってんの」
「なにって、……なぁ?」
「お前俺に振るなや!」
「…………」
「その目やめえ!ただ飲んでただけやん、ほらサムも、」
「……治いないけど」
「はぁ!?アイツ裏切りよった!」

ぎゃあぎゃあ騒ぐ侑には悪いけど、こんな時に私、久しぶりに感じる倫太郎の温度にドキドキしてる。
抱き寄せた腕の力がまた強くなったのに、さっきまでの不満とか不安とか、全部ぶっ飛んでいくなんてほんと単純で。

でもって、侑もそれには気が付いたらしい。お怒りの倫太郎に誤魔化す意図もあっただろうけど、それでもしゃーないなぁって顔をして私を見たのがその証拠だった。

「……角名来たならもう俺いらんな。帰るで」
「う、うん。ありがとう侑」
「いーえー、仲良うしいやー」
「はぁい」
「ほんなら角名も、今度はゆっくり飯行こや」
「……うん。ごめん、侑」
「じゃーな」

後ろ手をヒラヒラ、去っていく侑を見送る私達。あかん、ごめん侑。やっぱここおって!なんか隣から、むっちゃ怖いオーラ的なん漏れてんねんけど……私の方が怒ってたのになんで?
なんて、私からの無言の懇願を背中に浴びたところで気付くはずがない、侑の姿は小さく消えてって。私は倫太郎の威圧感に視線を合わせることもできなかった。


21.10.09.
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