黒尾中編 炎天下のチェリー・ガール fin

プロローグ


「?」

何かが腕に当たって机の下に落ちていったのと、それが隣から私に向かって投げられたものだと気付いたのは同時だった。
視界に転がる消しゴムを認めながらジロリと隣を睨むと、にやっとした笑みを貼り付けた黒尾。何その顔、ほんとムカつく。という感想は舌打ちとなって飛び出す。
ただでさえ熱いのに、ぐんとまた体温が上がった気がした。

「なに」
「拾ってくれません?」
「嫌」
「愛想ねぇなー、無愛想な女子は嫌われますよ」
「別に黒尾に好かれても嬉しくないし」

ツンッと吐き出した私の言葉に一瞬ムッと眉を寄せた黒尾が、「あーあ!」って今度はわざとらしくため息。私は消しゴムをぶつけられて、どうしてこんな顔されなきゃいけないんだ。

「良いこと教えてやろうとしたのにな〜」
「……良いこと?」
「知りたい?」
「…………まぁ」
「なら消しゴム、プリーズ」
「…………」

むっかつく!!!そっちが投げたんじゃん、どうして私が。そう思いながらも黒尾の"良いこと"が気になる現金な私は席を立ってそれを拾い上げ、黒尾の机にバンと叩きつける。
そんな私に「おーこわ、」なんて戯けて呟く黒尾はやはりさっきからのニヤニヤを顔に貼り付けたまま、消しゴムを指で遊ばせこう言った。

「次小テストあるらしーぜ」
「え」
「50点以下は補習あり」
「……ほ、ほんとに?」
「海情報」
「それはガチのやつ、」

キーンコーン―――――― ……
私の言葉とチャイムが鳴ったのは、同時だった。途端に黒尾の口角は益々上がって、つまり今のは次の授業が始まる合図で。すぐに教室前方の扉から英語の担当教師が入って来て絶望する。やばい。私、英語苦手なのに。しかもこの先生の問題超難しいし、勉強せずに50点なんてとれるわけがない。

どうしてもっと早く教えてくれないの!?キッと隣を睨むと、したり顔で楽しそうに笑う黒尾はバッチリ勉強済みらしく余裕の表情で。

「教えてやったんだからジュース奢ってネ」

って。遅いし!!!絶対わざとじゃん!!!!とか怒鳴ってやりたかったけど授業が始まってしまったのでそれも出来ず。どうにか海くん情報が間違っていてくれたら……なんて願うしかなかった小テストもしっかり開催されるわけで。
結局ほとんどわからない私は泣く泣くテキトーに埋めたけれど、残念ながらそれで補習が免れるほど頭は出来ていなかったらしい。

「ぶっひゃっひゃっひゃっひゃっ!じゅ、じゅういってん……!ひっ、ぶふっ、くく、100点満点なのに、苗字だけ11点……!」
「ちょっ、と!大声で言わないでよ!」
「ぶははははははっ!」
「笑すぎだし!」

隣同士で丸付けし合うシステム、滅亡しろ!どうして寄りによって黒尾に……こんな、辱めを受けなきゃいけないの。
涙を滲ませるほど笑いながら私に答案を返して来るこの男。先生も小テストの点数だけ見てないで授業中なのに爆笑をかましているコイツの人間性をちゃんと評価してほしい……とか、11点を取る私にはそんなことすら言う権利はないらしい。

「あー……今日50点以下だった奴。夏休みも補習だから頑張れよー」
「えっ」
「ぶっ……!」
「自分達が受験生だって自覚を持つように。じゃあ昨日の続きから、教科書開けー」

私はあまりにも絶望して、隣の男が噴き出したのも先生の話も頭に入っては来なかった。最悪だ。夏休み!?はぁ!?先生夏休みの意味知ってる?夏は休むんだよ!学校に来ちゃいけないんだよ!?それなのに補習って……補習って!!!
あまりのショックに私は11の数字を呆然と見つめることしかできない。だって夏休みは友達と遊びに行く約束してるし、お祭りだってプールや海だって沢山楽しみにしてたのに!

「ぶくくっ……ドンマーイ」
「……禿げろ黒尾」
「はぁ?俺は死ぬまでふっさふさのサッラサラですぅ〜」
「サラサラではないでしょ既に」
「あぁん?ちょっと表出ろやコラ」
「馬鹿なの?今授業中なんですけど」
「11点に言われたくないんですけど?」

カッチーン。こうなったのも全部黒尾のせいなのに!
八つ当たりにも程があるけど、でも私は高校最後の夏は補習に消えることになったのだ。黒尾がもっと早く教えてくれていたらこうはならなかったかもしれないのに!
未だむかつく笑みの黒尾に私は更に言い返そうと、口を開いた時。

ごほんっ。

大きな咳払いにびくりと肩が跳ねて、いつの間にか目の前で先生が私達を見下ろしていることに気付いて。

「……黒尾と苗字、ちょっと立ってなさい」

それはもう、鬼のような顔で低く告げられた言葉に私は泣きそうになった。
ねぇどうして。誰でもいいから私の夏を返してよ!


21.06.25.


- ナノ -