黒尾中編 炎天下のチェリー・ガール fin

ホワイトアウトして暗転


「黒尾先輩!これ、良かったら……」
「え、俺?」
「はい!あの、春高めちゃくちゃかっこよかったです!」
「あ、応援来てくれた感じ?どーもありがとねー。これも有難く頂戴しマス」
「は、はい!」

だぼだぼのセーターの袖からちょん、と少しだけ出た手で赤くなった頬を隠して、礼儀正しくお辞儀をしてから去っていく女の子。
付き添いの友達と「ねぇやばい!言っちゃった!」「良かったじゃんー!」なんてきゃあきゃあ言いながら去ってく、女の子。
それをしっかりを見送った鉄朗は、ゆっくりとこちらに視線をやりそれからふふんと笑った。

「貰っちゃったー」
「……見てましたけど」
「見て、これ絶対美味いやつじゃん」
「……でも、手作りだよ」
「気持ちがこもってんねぇ、いやーモテる男は辛いわー」
「…………」

厭味ったらしく言うその言葉が私を煽るために発したものだとは気づいているけど、だからってそれには乗らないなんて大人な私でもなかった。
モテてどーすんのよ、なんて吐き捨てるように呟いた言葉、ほんとは言いたくない。でもしょうがないじゃん。むかつく。

今日はバレンタイン。三年の私たちは既にこの時期自由登校になっているけど、男子も女子もこの日は何も言わずとも登校する人のが多かった。
卒業前に勇気を出して告白する人、好きな子からのチョコを待っている人、今のところ貰う予定はないがワンチャン狙ってる人……

私は勿論付き合っている鉄朗にチョコを渡すため、なんて名目で来たわけだけど、今はやっぱり来なければ良かったなんて後悔している。
私が今朝渡した小さな紙袋は今貰っていたものとは別できちんと鉄朗の手にぶら提がっていて、私はそれを横目に小さくため息を吐いた。

「……手作りはいらないんじゃなかったの」
「ん?」
「……バカ」
「あら?怒ってます?」
「怒ってねぇわ!バカ!」
「うおっキレてんじゃんっ」

夜久から教えてもらった回し蹴りを披露すれば、鉄朗は大袈裟に痛がる。ふふん、ざまあみろ。じとりと睨まれたのにはベッと舌を出してやった。

そもそも私が今こんな思いをしているのだって、鉄朗が悪いのだ。
先月行われた春の高校バレーとやらで大活躍を収めたらしい鉄朗は(確かにかっこよかった)、いまモテ期というやつらしい。その大半が黒尾先輩かっこいい!なんてミーハーなものだっていうのは分かっているけど、でも中にはきっと本気なやつも混じっている。

それだけでヤキモチを妬いて臍を曲げてる、なんて思われたくない。だけど今日一日何度もさっきみたいなやりとりを見せつけられて、朝一で渡した私は「え、手作り?」なんて半笑いで受け取られたってのに。この差はなんですか。

ここ数日、今日のことを考えてはソワソワしていた私がバカみたいだ。モテる人は違いますね、一生他の女の子とよろしくやってろ!って言って走り去ってやりたい。
だけども右手はしっかりとその大きな手に捕獲されていて、傍目に見た私たちは今この瞬間もバレンタインを楽しむ恋人に見えているのだろうか、と思うとその手を離すことは出来なかった。

「さみーなぁ」
「…………」

痛いくらいの冷たい風も、このささくれ立ってどうしようもない胸の内も、繋いだ手から伝わる熱だけではもうどうも出来そうになかった。それくらい今私の気持ちは沈んでいる。
さっきから茶化してばかりで、それが鉄朗には一ミリも伝わっていなさそうだけど。

胸が詰まる、苦しい。今何かを口に出そうとすれば他に余計なものまで出てしまいそうで、それに耐えるために慌てて鼻で息を吸った。

「どこ行きます?」
「…………」
「やっぱ室内がいいよなー」
「…………」
「なぁ聞いてん、の、」

いつまでたっても返事をしない私に、ついに鉄朗は顔を覗き込んできた。不意打ちのそれにしっかりと目を合わせてしまい……その拍子にぽろりと涙が零れ落ちる。
どうしてこんなことで泣いてるの、なんて私が一番聞きたいよ。

「えっ」
「…………」
「な、え、え?ちょ、名前チャーン?」
「、」
「なになになに、なんで泣いてんの?え、そんなに?そんなに俺がモテてんのが嫌だった?」
「……禿げろ、バカ」
「おいこら今なんつった」

最初はほんの小さなヤキモチだったのに。それは何をキッカケにしたのか、気付いた時には私自身にも制御できないほどに大きく膨れ上がり、こんな……最悪だ。
どこかから聞こえてくるバレンタインソングが、笑っちゃうくらいに今の私たちには不似合いで。

もうすぐ付き合って半年経つのに相変わらずこんなことで喧嘩みたいになっているのも嫌だ。なんて、思い始めたらきりがない。今すぐ全部を放り出して、家の温かい布団にくるまって眠ってしまいたかった。

「名前」
「…………」
「無視は良くねえぞ」
「……なに」

ぎゅっ、ってちょっと痛いくらいに手を握られて、私は渋々顔を上げる。白い息が、この顔ごと隠してくれたらいいのに。

「なんで泣いてんの?」

今度は、さっきよりも優しい声だった。

「鉄朗が、」
「俺が?」
「……他の女の子のチョコだけ、喜んでた……」
「はぁ?」
「私、あげなきゃ良かった……」
「なっ、んでそういうことになんの」
「だって、ぇ……」

見られてしまったら、もうそれ以上堪えられるほど私は強くない。我慢できる私はとっくにいなくなっていて、だって、だって、とぼろぼろ子供みたいに涙をこぼしながら言う。
繋いでいた手が、躊躇いがちに私を引いた。なんの抵抗もしない私はそのまま鉄朗の胸に飛び込んで、それが泣き顔を隠してくれる。

いつかの夏の日に香ったのとはまた違う、冷たい冬の香りに混じってくらくらするくらいの鉄朗の匂いが濃くなって、学校指定のセーターに涙の粒が沈んでいく。
帰り道でこんなことするもんじゃない、きっと周りの人にも見られてる。だけど今だけはそれも忘れて、私はゆっくりと鉄朗の背中に手を回す。

「手作り、頑張ったのにっ……バカにしたじゃん、」
「してないって」
「してた」
「してない」
「してた!……なんかちょっと笑ってたもん」
「…………」

あの瞬間のことを思い出して、ズキンと胸が痛んだ。

「……他の子のチョコは手作りで喜ぶのに」
「いや、それは」
「……最悪」

小さく呟いて、トンと鉄朗の胸を押す。だけどそのまま頭の後ろに回った手が私を押さえつけて、離れることは叶わない。やめてよ、離して、って言ってもそれは変わらなかった。

鉄朗が今どんな顔をしているのか分からないけど、私もどうしてこんなにもネガティブになってしまってるのか分からないけど。でもさっき見た女の子は可愛かったのに私は相変わらず可愛げのない彼女で、最早何が悲しくって何に怒っているのかなんてどうでも良くなってしまう。

ただただ事実として今日今この瞬間が一番惨めで最悪だってこと。それだけだった。

「ごめん」
「何が」
「……泣かせて?」
「疑問系だし無理。却下」
「泣かせてごめんなさい反省してっから!」
「……絶対嘘じゃん……」

ヒリつく頬は冷気のせいか、涙のせいか。

「ちげーって!聞いて!?」
「…………」
「チョコ、めちゃくちゃ嬉しかったんだって」
「……そりゃああんな可愛い子から貰ったらね、」
「名前の!チョコ!」
「……うそ」
「嘘じゃない、にやけるの必死に抑えて変に笑ってるみたいになるくらいには嬉しかった」
「…………なにそれ」
「そう見えたんだろ?でも嬉しかっただけ。手作りなんて思わなかったし、まぁ正直ちょっと期待してたけど、」
「…………」
「……ごめん、な?」

ゆっくりと少しだけ私の身体を離して、表情を確認しようとする鉄朗は情けなく笑っていて……そんなの狡い。そんな顔されたら、許すしかないのに。
上手く言葉にできない、甘えることも可愛くヤキモチを妬くことも出来ない、こんな私に「俺ずっと名前しか見てねえ、し」なんて吃りながら言う鉄朗。

普段はもらえないそんな甘い言葉にきゅんと胸が甘く痛んで、じんわりと温かくなってくる。

「……モテて嬉しそうにしてた」
「ん、ごめん。妬いてる名前が可愛かったからつい。本心じゃないデス」
「はぁ!?な、そ、そんなことないし!」
「いーや可愛いね。今だって正直きゅんきゅんしてますよボク」
「き、きもちわるっ!」
「ひでえ」
「鉄朗が壊れた!」
「お?そんな顔真っ赤にして何言ってんの?名前チャン?」
「や、やーめーてーよー!」
「こらこら暴れんなって」

恥ずかしくなって腕の中から抜け出そうとするけど面白がって離してくれない鉄朗に、私はもうキャパオーバーになって……思わず頭突きを繰り出す。意図したわけではないけど鉄朗の顎にヒットして、「いでっ!!!!」漸く私を解放した長い腕。
距離をとって頭を押さえる私と、涙目でしゃがみ込む鉄朗はほんと周りから見たら何してんだって感じだと思う。

「なにすんのお前!?」
「て、鉄朗が離してくんないからじゃん!」
「はーあ!?」
「もうやだ!解散!ばいばい!」
「待て待て待て」

駆け出そうとした私のマフラーを掴む鉄朗は、まだ空いた手で顎を押さえてるくせににやにやして……ほんっとなに!気持ち悪いよ!

「名前のチョコ食うから一緒にいて」
「は、っ、目の前で食べんの!?」
「え?感想欲しくねーの?」
「いらないっ!勝手に一人で食べてて!」
「照れんなって〜」

結局いつもこうなる私たちに、せめてもうちょっと甘くなれないかと思ってしまう。チョコレートのように甘く蕩けるそんなバレンタインを来年こそは、と私は固く心に誓うのだった。


21.09.17.
title by 星食
819 day 突発リクエスト企画より


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