黒尾中編 君がいる生活 fin

サニーホリデイ


「名前、まだ?」
「ちょっと待ってよー」

日曜日。学校も、私のバイトも、鉄朗の練習も、なんにもないお休み。超レアなこの日、二人揃って家でごろごろ…はせずに、少し遠くまで出かけることになっていた。映画でも見て、ぶらぶらして、ちょっと気になってるカフェに入って、なんて、こんなにガッツリデートは久しぶりだ。
朝からいつもより少しだけおしゃれをして、鉄朗と家を出る。一緒に住んでからこんなにらしいデートはしてないから、"待ち合わせ"がないデートも初めてだった。

なんとなくで選んだ映画は今話題のコメディ映画で、正直期待以上だった。これにして良かったね、なんて言いながら映画館を出ると、冷たい空気が肌を刺激する。

「苗字!」
「え?…わ!なんでこんなところにいんの?」
「今からバイト!あそこにあるカフェで働いてんだよ」
「嘘!あたし達、今から行くつもりだった!」
「あたし達?」
「えと、彼氏」
「ドーモ、名前の彼氏です」
「あ!すんません、俺、苗字と大学一緒で」
「友達の友達なの」
「へぇ。名前がいつもお世話になってます」

後ろから呼ばれて振り返れば、大学の男友達で。聞けば、今から行こうとしたカフェでバイトしてるらしく、そこまで三人で並んで歩いた。

「じゃ、ごゆっくり!彼氏さんも!」
「うん、バイトがんばってね」
「どうも〜」

笑って手を振りながら、友達は中に入っていった。それを見送ると、鉄朗に視線を向ける。友達の手前普通にしてたけど、機嫌悪くなってないかな。鉄朗は普通にメニューを眺めていて、その表情からは、何も読み取れない。

「鉄朗、怒ってる?」
「え、なんで?」
「その…男友達に会っちゃったの、嫌だったかなって…」
「たまたま会っただけじゃん。そんなことで怒らねえよ」
「そっか」
「それとも何かやましいことでもあんの?」
「ま、まさか!」

慌てる私を見て笑った鉄朗に、ホッと胸を撫で下ろす。そうだよね、流石にそんなことで怒ったりはしないか。私たちはランチセットを頼むべく店員さんを呼ぶと、例の友達がすぐに駆けつけてきた。さっきとは打って変わって、白いシャツに黒いパンツ、その上からまた黒いエプロンをつけたシンプルな格好。

「AランチセットとBランチセットと、食後にホットコーヒー二つ」
「かしこまりましたぁ〜!」
「…なんか似合わないね?居酒屋みたい」
「え、ひど!これでも店ではおしゃれ爽やかボーイで通ってるのに」
「絶対嘘でしょ」
「苗字にもカッコイイって言ってもらう自信満々で出てきたのになぁ」

注文を取って中に戻っていく友達の後ろ姿を見ながら、ふふ、と笑う。

「いっつもあんな感じなんだよ」
「へぇ。なんかリエーフみてえ」
「あ、そんな感じかも!憎めない天然キャラって感じ」
「ふーん…天然ねぇ…」

料理を持ってきてくれたのも友達で、他の店員さんもいるのにわざとそうしてくれてるんだろう。そんなこんなで、食後のコーヒーもやっぱり友達が持ってきてくれて、その後のお会計の担当までやってくれた。

「日曜なのに、暇なの?」
「日曜は夕方のが混むの!」
「ふーん?」
「あ、信じてないだろ!せっかく苗字が来てるから俺が担当してたのに!」
「はいはい、わかってますよう」
「彼氏さんも、なんか言ってやってください!」
「はは、ちょっと二人とも近すぎ」
「え、あ、…ごめん」

言い合っていたら思っていたより私と友達の距離が近くなっていたみたいで、ぐいっと腕を引かれた。友達はよくわかっておらず首を傾げていたけれど、なんか気まずい。そのまま鉄朗はにこやかにお会計を済ませてくれたけど、店を出るとその空気は少しピリッとしている気がした。

「て、鉄朗?ごめん」
「いーけど。ちょっとイラッとした」
「…怒らないって言ったのに」
「あれは仕方ないっしょ?名前のことになると心狭いのよ、俺」

声、怒ってる。そのまま歩き出す私たちは、手は繋がれてるけど会話はない。せっかくのデートなのに、こんな雰囲気は嫌だ。でも一応謝ったしそこまで怒られることをした気にもならなくて、どうすればいいのかわからなかった。どこに向かってるのかな。仲直りしたいんだけどな。思考しても正解は出てこないし、目的地もわからず歩き続けているのにも痺れを切らして私は鉄郎の顔を覗き込んだ。

「ね、てつ……ちょっと!」
「あ、バレた」
「怒ってないじゃん!」

鉄朗は、笑っていた。さっきのお会計の時みたいな貼り付けた笑みではなく、ニヤニヤ笑いで。ここで私は漸く揶揄われていたことに気付く。

「だぁから、あんなんじゃ怒らねーよって言ったじゃん」
「でも鉄朗くんは私のことになると心狭くなるらしいですから?」
「まぁイラッとしたのは嘘じゃねえよ?だからそのまま名前どうすんのかなって見てたんでしょ」
「性格悪いんですけど」
「名前ちゃんが仲直りしたそうだから許してやるよ」
「怒ってないんでしょ?」

さっきの空気はどこにいったのか、一瞬で元通り。鉄朗はまだニヤニヤしていることにちょっとムカついたけど、でも怒ってなくてよかった。

「鉄朗、またデートしようね」
「まだ今日終わってないんですけど」
「いいじゃん次も予約しとくの」
「そんなのいくらでも行きますよ」

こんなお休みもいいね、なんて一緒に暮らし始めて家で二人でいることが多くなったからこその感想かもしれない。その事実がなんだか嬉しくて、繋いでいる手をまたぎゅっと握り直した。


19.12.05.
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