黒尾中編 君がいる生活 fin

眠りに落ちる前に


「!」

目を開けると、真っ暗だった。ドクドクと嫌に心臓が鳴っている。頭の中によぎる映像をシャットアウトしたくて、無心で一点を見続けていれば、段々と暗闇にも目が慣れて見慣れた天井が視界に広がっていた。

ごろりと寝返りを打って、隣にある温もりにぎゅうっと縋り付く。

「ん…どうした?」

掠れた声が落ちてきて、それが妙に安心した。

「ごめ、てつろ、起こした」
「や、」
「…こわい夢みた」
「そっか」

それだけ言うと、鉄朗の方も同じぐらいの力で抱きしめ返してくれる。

「木兎がさ、」
「木兎くん?」

そのまま眠るんだと思っていたら、ぼそぼそと話し始めた鉄朗。どうやら私がすぐに眠れないと思って、それに付き合ってくれるようだ。

「スパイク決まんなくってさ、」
「うん」
「それで、跳び箱飛ぶときの踏切台みたいなのあんじゃん、あれ置こうって聞かなくって」
「ええ…それ反則だし邪魔じゃん」
「って言う夢なんだけど」
「…ふふ、なんだ、夢かぁ」

本当の話なのか作り話なのか、どっちでもいいんだけど見たというおかしな夢の話をしてくれる。もし本当だったのだとしたら、鉄朗は夢の中でまでバレーしてるのか。それは単純にすごいなぁと、あまり回っていない頭でも感心してしまった。

「あ、あそこのスーパー、明日さんま安いって言ってた」
「そういう情報だけは抜かりないよね」
「隣のおばちゃんが教えてくれたんだよ」
「知らない間に隣のおばちゃんと仲良くなってるし」
「なに、嫉妬?」
「えー、おばちゃんに?」

確かにそうだな、と今度は二人で笑い合う。

「寝れそ?」
「うーん…」
「一回起きてなんか飲む?」
「起き上がっちゃったら、それこそ寝れない気がする…」
「じゃあさ、」

あれ。鉄朗はのっそり起き上がって、そのまま私の上に馬乗りになると鼻が触れるくらいに顔を近付けた。目が合い、続いて口づけが降ってくる。すぐに、ちゅ、と音を立てて離れた鉄朗は、ニヤッといやらしい笑みを貼り付けていた。

「こういうこと、する?」
「……もうしてんじゃん、」

私のこの答えをノーじゃないと判断したのであろう鉄朗は、今度はたっぷりキスをする。何度も何度も交わされるその行為はまるでお互いを食べ合っているみたいだ。暫くして舌が入ってくるとザラザラしたそれが私の口内をゆっくりなぞり、苦しくて酸素を求め離れると、鉄朗がまたそれを追ってくる。

「ふ、…んッ…て、つろ…」

思考回路はどろどろに溶けて、

頭が、ふわふわする。

「名前…ッ…」
「………」
「…………名前?」
「………」
「嘘だろ……」



なんだか幸せな夢を見た気がする。朝日が眩しくて目が覚めた。ら、至近距離で鉄朗と目があった。

「ひ…っ」
「おはよう名前サン」
「お、おはよう鉄朗さん…?」
「名前のせいで俺は寝不足なんですけどネ」
「え」
「普通あそこで寝るか?」
「え…?………あ」

蘇る昨夜の記憶。私、なんてことを。しかも自分から起こしておいて。あのタイミングで。眠ってしまったのか。…ほんとに?

「ご、ごめん…」
「責任とって、名前には今から頑張ってもらいます」
「私、学校、行かないと」
「今日は自宅学習でお願いしまーす」
「え、あ、嘘…ッ」


夕方、バレーの練習ために出かけて行った鉄朗は、なんだかとってもご機嫌で生き生きしていた。体力おばけめ。



19.12.02.
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