黒尾中編 君がいる生活 fin

幸せな体温

季節が過ぎるのは早いもので、もう薄手のコートなんかじゃ寒くなってきたこの季節。ハロウィンが終わった頃から街はどんどんクリスマス色に染まっていて、少し歩くだけでウキウキしてくる。

「寒いね」
「今日鍋にしよーぜ、なんか食いたくなってきた」
「お。いいね。誰か呼ぶ?」
「たまにはそれもいいな。適当に声かけてみるわ」

夕方のスーパーに買い出し中に、思いつきでそんなことを話す。今から呼んで誰か来るかなぁ。まぁ、誰も来なかったら二人でもいいんだけど、鍋ってなんか大勢でやった方が楽しいんだよね。高校生の時、オフの日に男子バレー部の鍋パーティーにお邪魔させてもらったのをふと思い出した。楽しかったなぁ、あれ、もう二年も前なのか。

「夜久と山本とリエーフが来れるって」
「わお。みんな暇人だねぇ」
「研磨は寒いから家出たくないっつってる」
「はは、研磨くんはそうだろうねぇ」

男子があと三人増えるのか。どれくらい食べるかよくわかんないから、どんどんカゴに野菜や肉を放り込んでいく。お酒とかジュースとかお菓子もいるかな。あっという間にカゴはいっぱいになって、それまでスマホを見ていた鉄朗に「いや買いすぎだろ、そんないらねーよ」ってツッこまれた。

飲み物だとかは夜久たちが持ってきてくれるらしいから、私と鉄朗は鍋の材料だけ買って家路に着く。この家にお客さんが来るのは、久しぶりかもしれない。ここに引っ越したばかりの頃はそれこそ夜久や木兎くんが来たりしていたが、今はそれもなくなってしまっていた。

材料を切って、ちょうど鍋に火をかけた時。ピンポーン、とチャイムが鳴った。

「お邪魔しまーす!!」
「わぁ、いらっしゃいみんな」
「名前さん!お久しぶりですッ!相変わらず綺麗っすね!!」
「リエーフくんも山本くんも、相変わらず元気だねぇ」
「久しぶりだな、苗字」
「夜久も!あ、買い出しありがと〜」

みんなを暖かい部屋の中に促し、リビングのコタツを囲むようにしてそれぞれ座ってもらう。昨日の夜、あまりにも寒くて出したばかりのコタツだ。

「名前、なんか手伝う?」
「いや、もうあと煮込むだけだし大丈夫。鉄朗はみんなと先飲んでて」
「さんきゅ」

夜久から受け取った飲み物たちをそのまま渡すと、鉄朗もリビングに戻っていった。やはりこれだけ高校の頃の仲間が集まると、募る話もあるだろう。すぐにワイワイと騒がしくなって、たまに聞こえる話に私もつられて笑ったりする。
しばらくして、出来上がった鍋を持ってみんなが待つテーブルに持っていった。

「うまそ〜!」
「追加のお肉とかまだあるから、どんどん食べてね」

言うと、やはりみんな男の子。すごい勢いで食べ始めた。

「そういえば苗字も入れて鍋パーティーしたよな、高校のとき」
「あ、それ私も思い出してた」
「時間が経つのって早いよなぁ」
「私たちも歳とったよねぇ」
「名前も夜っ久んも年寄りみたいだな」
「黒尾も一緒だからな!」
「そうだよ同い年なんだから仲間だよ!」
「遠慮しときまーす」

ああ、懐かしい。あの頃も、よく夜久と黒尾と三人でふざけ合ったりしていた。そんなこの場の年長トリオには構うことなく、リエーフくんはひたすら食べている。さすが現役高校生男子。

「あ!じゃあまたやりましょうよ!鍋パ!」

山本くんは、口の中に沢山詰め込んだまま提案する。 

「今度は早めに企画してあのときの奴みんな呼びましょ!!」
「確かに、今日はいきなりだったもんね」
「俺も久々にみんなで集まりたいっす!!」
「じゃあ黒尾呼びかけてよ。そしたらみんな来るだろ」
「俺かよ」
「はいはいはい!俺芝山と犬岡には言っときます!」

あの頃からちっとも変わっていない彼らが集まる姿を想像して、楽しみで仕方なくなる。目の前でどんどん具体的になっていく鍋パーティー企画の話し合いを眺めながら私はこっそり笑った。
すると、降ろしていた左手が温もりに包まれて、見るとそれは左隣に座っていた鉄朗の手。

「?」

鉄朗の横顔を見てもこちらには目線をくれず、みんなと話している。それでも私の左手を包んだ右手は、ぎゅっぎゅっ、と強弱をつけて握っていて、そこだけまるで私たちだけの空間だった。なんだかよくわからないけど私もぎゅ、と握り返せば、またそれに応えるかのように向こうも握り返してくる。
そういえば、高校の頃、これもたまにあった。みんなといるとき。必ず鉄朗は、こっそりバレないように手を繋いでにぎにぎと会話するように遊んでいた。それがまたなんだか嬉しくって、人に見られちゃいけないことはないのに、秘密裏に行われる逢引みたいにドキドキして。

「…鉄朗」
「ん?」
「…食べにくくないの」
「それ言っちゃう、名前ちゃん?」
「ふふ」

なんだか当時に戻ったかのような感覚になって、この風景に、この体温に、自然と愛しさが込み上げる。
このあとこれが私の右隣にいた夜久に見つかって、「相変わらずお熱いこと」なぁんて言われてあの頃みたいに赤くなるまで、まだしばらくこのままで。


2019.11.30.
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