黒尾中編 君がいる生活 fin

窓辺に飾る花を買いに


朝いつも通りに目が覚めて、でも昨日はメイクも落としてないしお風呂にも入ってないし、遅刻する!!─────なんて思ったときに、今日は唯一ある一限の講義が休講だったことを思い出した。

のろりとベッドから出てソファに目を向けると、鉄朗は大きい体を存分にはみ出させてそこに寝ていた。

すぐ側にしゃがみこんでその寝顔を見れば、昨日のイライラはどこかにいっていて、寝て忘れるとはなんて単純な人間なんだと自分に呆れながら、その閉じられた瞳をただただ見つめる。

「ごめんね、鉄朗」
「俺もごめんネ、名前ちゃん」
「!」

ぱちり。寝ているとばかり思っていた鉄朗が私の謝罪に返事をした。そして開かれた目があたしを捕らえると、数回瞬きして長い腕で身体ごと引き寄せられた。

「起きてたの?」
「今起きた」
「ソファじゃ、体痛かったでしょ」
「んーーー、まぁ、」

聞いているのかいないのか。鉄朗は私を抱き寄せたまま、後ろの方の髪を一房くるくると指で弄っている。

「ごめん、昨日」
「木兎くんたちと飲むって聞いてたよ」
「でも、その、」
「合コンだとは聞いてなかったけどね」
「…おう」
「浮気?」
「じゃないけど」
「知ってる」

鉄朗は弄っていた髪を離すと、少し距離をとって私の顔を覗き込んだ。昨日とは違って申し訳なさそうな顔をしているから、鼻を摘んでやった。お仕置きだ。

「木兎たちに飲みに誘われてて、名前に連絡したのは嘘じゃなかったんだけど」
「うん」
「合コンだって、俺と赤葦は知らなくって、行ったらなんか女子もいて、でも今更無理とか言えねーしなってなって、」
「そうだったんだ」
「だから、彼女が欲しい木兎と木葉が仕組んだことだったんだけど、でもそれも改めて連絡すればよかったな。ごめん」
「ううん。あたしも、昨日は話聞かなくってごめんね」

たったこれだけのことなのだ。やっぱり鉄朗は約束を破ってまで女の子と遊ぶようなことはしていなかった。この際、可愛い子に擦り寄られてちょっとデレデレしてたんじゃないかということは目を瞑ってあげよう。

「ね、鉄朗」
「ん?」
「…さみしかったよ」

ついでに少し素直になれたのは、久しぶりにこうやって近くでゆっくり顔を合わせてるから。ふ、と笑った鉄朗は、「俺も」って呟いて、私の唇に口づけを落とした。

「仲直り」
「うん」
「どっか行く?」
「鉄朗、学校行かないの?」
「今日は夕方からの練習だけ」
「じゃああたしもバイトだから、それまで」

仲直りの半日デートだ。それから朝ご飯を食べて、お風呂に入って、身支度をして、手を繋いで私たちの家を出た。ほんとはもう全然怒ってないけど、でもお詫びに欲しかったワンピでも買ってもらおう。それから、たまにはお部屋に飾るようなお花でも買ったらどうだろう。そしたらまた、見慣れたいつもの部屋が違って見えたりして。今日も早く帰りたい、って思ったりするかもしれない。


2019.11.29.
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