黒尾中編 君がいる生活 fin

おうちへ帰ろう


バイト上がりで疲れきった足に鞭打って早足で歩く帰り道。やっとたどり着いたのはもう22時半を過ぎた頃で、見慣れたアパートの一室の前でお気に入りのキャラクターのマスコットがついた鍵を取り出した。差し込むと思っていた方向に回らなくって、施錠されていないことに気付く。

「ただいまー」
「お、おかえり」
「鉄朗鍵かけんの忘れてるよ。不用心」
「へいへい」
「あたしには厳しくいうくせにさぁ」

言いながら重たい荷物を下ろして、すぐに流しで手を洗う。そのまま冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出し、リビングの鉄朗の隣に座った。
テーブルの上にはご飯と、味噌汁と、ハンバーグ。それにラップがかかってて、ぺりっと剥がしたらほんのりと良い匂いがした。

「あっためねーの?」
「いい、お腹すいた。いただきます」
「どーぞ」
「ん、おいし」
「そりゃあ良かった」

高校の頃から付き合っている鉄朗とはもう結構長く一緒にいて、大学生2年になった頃に同棲を始めた。音駒高校を卒業後、別々の大学に進学した私たちは、片や相変わらずバレーを続けて毎日練習に励む鉄朗と、片や特にサークルなんかには入らずバイトに勤しむ私で全然時間が合わなくなった。それが原因でちょっと喧嘩になったときに、じゃあ一緒に住めばいいじゃん、なんてとんとん拍子に話が進みお互いの大学のちょうど中間ぐらいの場所に部屋を借りることになったのだ。

帰ったら自分以外の人がいる生活は実家に住んでた高校生の時以来で、それでもその相手が家族でないとなるとまた感覚は全然違った。私の方が一日中家にいる時もあれば、今日みたいに練習がなくって早く帰ってきた鉄朗がご飯を作って待っていてくれる時もある。一緒に住む前は想像できなかったけれど、器用な鉄朗の方が料理スキルだって上なのが少し悔しいところだ。

「明日は遅いんだっけ?」
「おぉ、終わった後木兎とかと飲みに行くから外で済ませてくる」
「わかった」

それでもなんでも、こんな風に時間も気にせず一緒にいられるのはやっぱり嬉しかった。

「鉄朗先お風呂入ってきていいよ。あたしまだ食べてるし」
「名前」
「やだ」
「まだなんも言ってないんですけど」
「言わなくてもわかりますぅ」

私の横にぴったりとくっついて座る鉄朗が考えていることなんて、私にはお見通しだ。いつも何考えてるかわからないのが鉄朗だけど、こんなときはすぐ顔に出てるから。ていうかワザと顔に出してるのか。

「んなこと言わずに一緒に入ろうぜー」
「やーだよ、お風呂、狭いし」
「頑張ってちっちゃく収まるから!な!」
「…恥ずかしい、し」
「ふ、かーわい」

ニヤリ、と笑った鉄朗は私の頭をガシガシと乱暴にかき回して、それから「しゃーねェなあ」と言いながら立ち上がった。なんとか諦めてくれたみたいだ。

長く付き合って、慣れもあって、普段は友達の時みたいに遠慮なんてなくなってきているのに。それでも倦怠期とかマンネリとかいう言葉とは今のところ無縁で、それは鉄朗がああいう男だからだと思う。こういう、ふと、甘い空気を作るのが上手い。飽きさせてなんかくれない。

そういうところが好き。今日も、ああ私はこの家があって良かったなぁ、なんて思わせてくれるから。
私も立ち上がり、食べ終わった食器を流しに置いて少しくたびれたスポンジを握る。心なしかいつもよりも早く洗い物を進めた。

きっと鉄朗はああ言いながらも、長風呂するつもりだったとか言いながら私を待っているから。たまには、今日くらいいいか。なんて、大概私も鉄朗に甘いのだ。

「鉄朗、入るよ」
「お。待ってましたー」
「今日は特別、なんだからね」
「とか言って明日もお願いしたら入ってくれるんデショ?」

あなたと笑っていられる場所。
今日も、お家へ帰ろう。


2019.11.28.
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