黒尾中編 君がいる生活 fin

カモミール香る午後


それはたまに、訪れる。

「鉄朗」
「ん?」
「ちょっと膝貸して」
「膝?え、ちょっ、」
「こうするのー」
「……まだ許可してないですけど」
「じゃあダメ?」
「いいや、大歓迎」

ふふって笑って仰向けの状態から鉄朗のお腹側にごろんと方向転換すると、私はそのまま鉄朗の腰に手を回した。いわゆる膝枕の状態で横になっているから、私から見たら手は鉄朗を横抱きにしているみたいな、変な回し方。

でもこうすると鉄朗に密着できていい匂いまでするから、かなりお得な体勢だ。鉄朗はと言えばお腹に顔をくっつけてふがふがと喋る私のせいで少しくすぐったいのか、少しだけ身体を捩って離そうとしてくる。

「名前、もうちょい離れて」
「ええ、やだ」
「くすぐったんですけど」
「えー、腹筋の鍛え方が足りないんじゃありません?」
「お?言ったな?」

「おらっ」って鉄朗の声と共に、無防備なお腹の肉を摘まれる。私はそれに「ぎゃっ!!」っておよそ可愛くない声を出してしまって、鉄朗がそれをケラケラと笑った。

「ねぇ」
「いや戻って来るんかい」
「膝枕して欲しいんだもん」
「どうした?今日は甘えたじゃん」
「たまにはいいでしょ」
「いつでもお待ちしておりますけど」

そう言った鉄朗は、さらりと私の髪の毛に指を通す。鉄朗の大きな手が髪の間を滑る感覚が気持ちよくて思わず目を閉じると今度は三つ編みにして遊んでいるのが分かって、だけど気にせずにそのままでいた。

今日はバイトも講義も休みや休講が重なり、私も鉄朗もなぁんにもない超絶レアな日。昨日まではどこに行こうか、何をしようか、と散々話していたのにいざ今日になってしまうと二人して寝坊して遅めの朝ごはんを食べて、それからまたダラダラとしてしまっている。

今からどっか出かけるのもアレだし映画でも観る?と鉄朗が登録している動画サイトで検索をかけ始めていたところへの、冒頭のやり取りであった。

「名前?映画は?観ない?」
「んー…観る」
「目ぇ閉じてますけど」
「もうちょっとだけこうしてたい…」
「はは、また寝ちゃうんじゃない」

って。言いながらも鉄朗はさっき摘んだ私のお腹にゆるりと手を当てて、私はまた摘まれるんじゃないかと条件反射で身を固くするけどその手はトントンと心地良いリズムを刻むだけだった。すぐに脱力した身体は鉄朗に委ねられている。私の首が痛くならないように、胡座や正座だと高くなり過ぎるから伸ばしてくれている鉄朗の足は痛くないだろうか。少しだけ心配しながらも、私はやっぱりそのまま目を閉じていた。

「ねー…」
「んー?」
「明日は練習あるんだよね」
「んー…」
「帰りは遅いの?」
「んー…」
「ご飯は?いる?」
「んー…」
「…何してるの鉄朗」
「名前の顔見ながらムラムラしてる」
「うわ、最低だ」
「なんでよ」

パチって目を開けると、ニヤッと笑った鉄朗が待ってましたとばかりに身体を折り曲げて唇を落とした。
不意打ちのキスに驚く暇もなく、すぐに離れていく鉄朗はしてやったり顔。

「起きたの?」
「寝てないし」
「眠り姫にちゅーして起こしてやったのに」
「誰が王子だ」
「姫は否定しないんだ?」
「ああ言えばこう言うじゃん…」

ゆっくりと身体を起こし、鉄朗に向き合う。きょとん、とした鉄朗が何か可愛く思えて、ふふっと頬を緩めながら今度は正面からその身体に抱き付いた。

「てぇーつろーおー」
「えーどうしたの、まじで今日は甘えん坊の日?昨日なんかあった?」
「ううん、なんにもないけど。なんかこうしてるの贅沢だなぁって。いつもは、あーこの後もうすぐバイト行かなきゃーとかさ、思うわけじゃん?今日はそれがないから」
「なるほどね」
「いっぱい鉄朗を堪能できる」
「可愛いこと言ってんねぇ」
「鉄朗もいっぱい私を堪能してくれていいよ」
「おっ。じゃあお言葉に甘えて」

そう言った鉄朗は、またさっきみたいにちゅって触れるだけのキスをする。だけどもそんなことをされると思わなかった私は、びっくりして、固まってしまって。ただただ鉄朗を見つめる私に鉄朗はまた笑って、息がかかるくらいの距離で私を見つめてる。こういう時の鉄朗はそういう雰囲気に持っていくのがずるいくらいに上手い。

「もっと?」
「……うん」
「…まじでかわいーなぁ」

ちゅ、ちゅ、って段々とくっついてる時間が長くなって、その度に柔らかい唇の感触にくらくらする。
キスしてるのに何故かお互い目を開けたままで、いつもは閉じているのに何故かタイミングを逃して目を逸らせない。

「ん、っ」「ふっ…」意図しなくたって漏れる吐息に、鉄朗のその目だけで満足気な様子が一目で分かった。

息が苦しくなって少しだけ口を開ければ、間髪入れずに差し込まれる舌。くちゅり、くちゅりと互いの唾液を交換して、麻薬みたいに甘い時間がまるで初めてキスをしたときみたいに私の頭を麻痺させる。

「はぁっ……」
「…良い顔」
「な、っ…それ…どんな顔?」
「俺が欲しいって顔」
「…………鉄朗」
「ん?」
「……もっと」
「…お安い御用」

図星だったから。どうして、今日は鉄朗が欲しくて、いっぱい甘えたくて仕方ない。もう何回もこうしているのにまだまだ飽きることを知らない、鉄朗の腕の中が心地良くてずっとここにいたい。

腰をグッと引かれて、頭の後ろに手を添え逃げられないようにまた合わさる唇。今度は最初から口の中を撫で回す鉄朗の舌に酔いしれる。

「名前、舌出して」
「ん…」
「そ」

言われた通りに、べぇ、と舌を出せば鉄朗のそれが絡み付いてきてなんか背徳感。普通にキスするよりもえっちだ、これ。
相変わらず合ったままの熱っぽい瞳に、腰から蕩けてしまいそう。

は、は、と動物みたいに舌を出して息を吐いて、また深く絡ませて、ぎゅうと皺になるくらい鉄朗のシャツを握りしめて。

平日の昼下がり、徐々に艶かしい空気になっているのは分かっていたけどもう止まられない。たまにはこういうお休みもいいよね、って頭の隅で誰に向けてか分からない言い訳をする私は、今日はもう最初からずっとそういうつもりだったのかもしれない。

「ん……っ…ふぁ……」

鉄朗の目はいつの間にか完全に捕食者のようなギラギラしたそんな表情で、それにきゅうんと甘く胸が鳴る。
私はいつまで経っても私の心臓を鷲掴みして離してくれない、そんな彼氏様がぺろりと舌なめずりをして耳元で囁く言葉に、完全に堕ちてしまった。

「…映画観なくていーの?」
「…いい、から…」
「ベッド行く?」
「ん…」
「っとに……名前サンはこれ以上俺を夢中にさせてどうすんの?」
「?」
「それじゃあ、今日はゆっくりじっくり愛してさしあげまょうかね」

ニヤリと笑った鉄朗が私の膝裏に手を回してひょいと持ち上げ、向かう先は勿論ベッドで。
大人しく鉄朗の首に手を回す私は、鉄朗のこれから過ごす甘い時間に期待してまたドキドキと胸を高鳴らせるのだ。


21.05.13.
title by コペンハーゲンの庭で
200,000 hit 企画より
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