黒尾中編 君がいる生活 fin

消えたケーキの行方


秋。食欲の秋。大抵甘いもの、美味しいものを食べに行くのは鉄朗とだし、鉄朗は私よりその量も多いし、完全に油断していた。

「名前、なんか最近前より抱き心地いいよなぁ」
「えっ」
「っていうか、なんか」
「待ってその先は言わないで!」
「太った?」
「無慈悲!」

鉄朗に改めて指摘されるまで、気付かなかったわけではない。いつもよりちょっとスカートがきつい気がするだとか、遅刻しそうになって走った時に前より体が重いなとか。思ってはいたんだけど…でも鉄朗はいつも通りだし、もしかしたら気のせいなのかなって気付かないフリをしていたのだ。

だけどそれはきちんと数字になって証明されていた。怖くて最近乗れていなかった体重計には、今までだと有り得ない数字。それを見て笑う鉄朗を思わず強めに叩いてしまったけど、自分が悪いのは明らかだ。

ダイエット、するか…手っ取り早く食べる量減らして、…とかしたら鉄朗が怒るからなぁ。いや、ちょっとは減らすけど。そんなことを考えていると、ふと昔の記憶を思い出す。それは、まだ高校生のとき。私と鉄朗が、付き合ったばかりの頃だった。


* * *


「ねぇ夜久〜」
「おわっ、何だよ苗字」
「助けて…私鉄朗に振られるかもしんない…」
「なんだよいきなり喧嘩でもしたのか?」
「鉄朗、細い子の方が好きなんだって…」
「?ああ、お前、最近ちょっと丸くなったもんな」
「ちょ、おバカ!もうちょっとオブラートに包んでよ!」

普通にずっと友達として仲良くしてきた鉄朗と付き合い始めたばかりで、浮かれてたのは確か。部活ばっかりであまりデートなんてものには行けないから、その代わり昼休みに一緒にご飯を食べてその後コンビニで買ったお菓子を食べて…って毎日のようにしていたら、まぁそりゃ太るわな。っていう。

勿論そういうのに敏感なお年頃。お菓子控えなきゃな…なんて思っていた矢先に、教室で鉄朗が他の男子達と話しているのを聞いてしまったのだ。「黒尾どれがタイプよ?」「んー真ん中だな」「スレンダーなのが好みなのか黒尾は」「髪長いし」「可愛いよなぁ」

衝撃だった。鉄朗は男子だし運動量だってすごいし、同じ量食べていても太った、なんて気にすることはないだろう。それなのに、彼女だけ太ったなんて思われたら。…嫌われる!?

せっかく、やっと、付き合えたのに。そんなの嫌だ!そう思って、夜久なんかに相談したのがいけなかった。


「名前太ったの?」
「なっ…」
「夜久が、名前が気にしてるから慰めてやれって」
「ばっ…!夜久バカほんと無理嫌い」
「ぶっ、ふふ、言い過ぎじゃね」
「だって…」

鉄朗にだけは言っちゃいけないことくらいわかるでしょ!?それなのにそれが鉄朗本人に伝わってしまい、鉄朗本人から告げられて頭の中は軽くパニック。もうやだほんと!!

だけどそんな私に、鉄朗はポンとその大きな手を私の頭に置いた。

「名前の気にしすぎじゃね?女子ってそういうの過敏すぎんだよ、全然分かんねえって」
「いやでも、ほんとに前はなかったお肉がついてて…」
「そんくらいの方が可愛いっしょ」
「…で、でも、鉄朗は細い子が好きだって…」
「は?なにそれ」

私の言葉に何かを思い出そうと考えるフリをした鉄朗は、少しして「あああの時の、」と呟く。

「あんなんテキトーに選んだだけだわ。俺のタイプお前だし」
「え、えっ!?」
「顔真っ赤にしちゃって可愛いデスネ〜」
「ちょ、冗談?揶揄わないでよ!」
「本音ですぅー」

照れ隠しに頭を振って置かれた手を振り離すけど、そんなのお構いなしに今度は私の手を掻っ攫って笑う鉄朗に、キュンと胸を高鳴らせた。


* * *


「…なんて言ってくれる時期もあったのになぁ」
「ちょ、俺別に太ったから嫌とか言ってないっしょ」
「でも前は太ったなんて言わなかった…」
「太ってねぇの?」
「太ったけど!」

そう言えば、鉄朗は行ったそばから私の好きなコンビニのフルーツタルトを二つ、冷蔵庫から出して持ってきた。

「ほい」
「え、なに」
「名前の。食うだろ」
「え、食べないよ。今の聞いてた?」
「名前が好きなやつなのに?」
「うっ」
「しかも期間限定」
「…食べる」

ああ、これでまたちょっと太っていくんだ…こういうのの繰り返しなんだ…そう思いながらも、目の前のスイーツには勝てない。複雑な表情で食べる姿が面白かったのか、鉄朗はそれを見てまた笑った。

「俺は別に太ったって名前が好きですけど?」
「…出来れば太ってない綺麗な私で隣にいたいもん…」
「でも美味しそうに食べる顔、見たいんだけどなぁ」
「………」
「太ってるとか痩せてるとかじゃなくて、名前がタイプなんで俺」
「…ダイエット、付き合ってくれる?」
「良いけど、ちゃんと運動するやつだぞ」
「うっ…」
「じゃないと強制的に夜の運動になります」
「それが目的か…!」

ニヤリと口角を上げた鉄朗は、そう言って自分はもうとっくに食べ終わったタルトのお皿をテーブルに置いた。
そのまま隣に座る私の腰に腕を回して、そしてぴっとり後ろにくっつく。

「まぁ俺はこのままで抱き心地最高だからいいんだけど?」
「…絶対痩せてやる…!」
「ガンバッテ」

絶対思ってないでしょ!
悔しいけど食べてるタルトは美味しいし、運動はきっと続かないし、ダイエットが上手く行く未来はあまり見えない。このままじゃきっと、鉄朗の思惑通りになりそうだ。

なんてすでに諦めモードで、最後の一口をフォークで掬ったのだった。


20.10.24.
title by コペンハーゲンの庭で
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