黒尾中編 君がいる生活 fin

ロマンチック馬鹿野郎


「えっ名前んとこ記念日のお祝いとかしないの?」
「まぁ…もう長いし」
「えーーー!?冷めてない!?」
「そんなことは……あ」
「なに!」
「そういえば今日で3年だ」
「それはそういえばじゃないよ!」

大学からの友達とそんな会話をしたのは、今日の昼ご飯の時だった。そこでようやく同棲している鉄朗と丁度付き合って3年になることに気付いた私にあり得ないと非難した友達は、最近付き合い始めた彼氏との惚気話を聞かせてくれるのが日課だ。
そりゃあ私達だって、付き合い始めこそ高校生だったし3ヶ月記念とか半年記念とか言っては何かしらしてたけど、元々私も鉄朗もそこまで気にしないし部活とかで忙しかったのもあっていつの間にかやらなくなってしまった。

まぁでもせっかくだし少しくらいお祝いしてもいいかもしれない、と思ったのは「そんな熟年夫婦みたいじゃマンネリ化して別れる原因になるよ」なんて言って脅されたからではない。決して。

「って言ってもなぁ…」

記念日だと気付いたのは当日の昼だ。夕方までしっかり授業を受けた後じゃ、何か用意するにしても限界がある。仕方なく帰りにケーキ屋に寄って二人分のケーキを購入しただけだけど、それでも鉄朗は喜んでくれるだろう。幸い今日は鉄朗も何もなくて早めに帰ってくる日なはずだ。ていうか向こうは覚えてるかな。私は忘れてたよ。



「ただいまー」

鍵を開けると既にいい匂いがしていて頬が緩む。鉄朗、もう帰ってきてる。靴を脱いで姿の見えない鉄朗を探すと、丁度トイレから出て手を洗っているところだった。

「おかえり」
「ただいま。ケーキ買ってきたよ、3年記念日だから」
「……あ、今日か」
「やっぱり忘れてたぁ」
「うわ、ごめん」
「うっそー、私も昼まで忘れてましたぁ」

そのまま私も手を洗い、テーブルに並べられたご飯の前に着く。いただきます、と二人で手を合わせて食べる鉄朗のご飯は相変わらず私が作るのより美味しいし空腹も手伝ってあっという間になくなり、その後のケーキもペロッと食べてしまった。

「食器洗ってくるね」
「ちょっと待って」
「?」
「こっち」

ご飯を作ってない方が食器を洗う。同棲当初から暗黙の了解となったそれを今日は何故か引き留めた鉄朗は、立ち上がった私の腕を取りぐいっと引っ張る。鉄朗の足と足の間におさまった私は少しだけ後ろを振り返って、危ない、と抗議した。

「ごめんごめん」
「なに?」
「まだいーじゃん、たまにはくっつかせてよ」
「なーに、甘えん坊なの?」
「そうそう」

ぎゅうっと後ろから抱きしめられ、ふわりと鉄朗の匂いが鼻を擽る。記念日だから。そんな理由はただの言い訳で、これだけ長く付き合っていると何気ないイチャイチャにきっかけが欲しくなってしまうのだ。でもそう思っているのは多分私だけで、鉄朗は普段から照れたりせずこうやって触れ合ってくれるのだけど。

「な、ちょっと目閉じて」
「えー、今度はなに」
「いーから」
「はいはい」

急かされて目を閉じれば、後ろから右手を持ち上げられる。気になって目を開けたい衝動を我慢して耐えていれば、するりと指に冷たい感触があって、我慢でききず開けてしまった。見れば薬指にシンプルなシルバーの指輪が嵌められていて、勢いよく振り返ると至近距離で鉄朗と目が合う。

「まだ開けていいって言ってねーじゃん」
「だって!なに、これ」
「プレゼント」
「な、なんで」
「今日は俺と名前の3周年記念日だから?」
「うそ」
「見て、お揃い」

目の前にかざされた鉄朗の右手薬指にも、いつの間にか私のものと同じ指輪が収まっている。

「忘れてたって言ったじゃーん…」
「アレは嘘でーす」
「うう…」
「あれ?泣いてる?」
「嬉しいの!」

なんだかよくわからなくって、もう一度自分の右手をマジマジと見つめる。そんな私が面白いのか、後ろから抱きしめている鉄朗が笑っているのが振動で伝わってきた。

「たまにはお揃いのモンもいいんじゃねえかと思って、ペアリング」
「…だから最近バイトも頑張ってたの?」
「そ。名前ちゃんに喜んで欲しくて」
「えー…サプライズとか柄じゃないじゃん」
「惚れなおした?」
「なに、照れてんの」
「うっせ」
「ふふ、ふふふ…ありがとう」
「…どういたしまして」
「めっちゃ好き、惚れなおした」
「…ドーモ」

何度見てもその小さな輝きが嬉しくって、これは今までの何よりも宝物になると確信する。私が予想以上に喜んでいるのか、鉄朗も満足気な顔をしていた。

「次は、こっち、な」
「え」
「お楽しみに」

さっきとは逆の、左手薬指に触れられながら言ってくれた鉄朗の言葉が嬉しくって、また少し涙が出た。目が合って、一瞬だけ触れ合った唇から愛おしさが溢れてきて、これは明日は私の方が友達に惚気話を聞かせられるかもしれない。なんて思った夜。


20.05.12.
title by 草臥れた愛で良ければ
10,000hits 企画より
- ナノ -