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「なあ」
「は、はい!」
「なんでそんな遠いとこおるん」
「へっ!? そ、そんなことありません、けど?」
「いや遠いやん」
「そんなことないです! 治先輩の気のせいです!」
季節が巡るのは早くて、きっと夏もすぐにやって来る。今日も今日とて……っていうかこの前の騒動もあって、より治先輩に夢中になってしもてる私は今部活でいるもんの買い出しに出かけてる。
こんなんは普通にマネージャーの仕事。やのに隣には治先輩がおって、今は二人っきりで。
隣同士で歩いとるだけやのに、なんか全然いつもどおりに出来ひん。それは昨日の夜観たドラマのせいでもあった。
毎週楽しみにしとる学園もののドラマは先週から佳境に入って、今週はついに主人公の女の子が片想いしている部活の先輩に告白するシーンだった。何となくそれを自分と治先輩に見立ててしまっていた私は、その様子を固唾を飲んで見守っとったんやけど。
「……ごめん。俺、あんまりぐいぐい来る女の子って苦手で」
「えっ」
「いや、いつも差し入れくれたりとか、話しかけてくれたりとか……嬉しいんだけど……その、そういう風には見れないかなあって……」
「あ……」
なにそれ、なにそれ!! だってこの先輩も主人公のこと好きそうやったやん! めっちゃ思わせぶりな感じしとったやん!? え、無自覚!? それでアレは大罪やで!? なんて一人でキャーキャー騒いどった。
だってそのまま受け入れられて、そんでハッピーになるもんやとばっかり思っとったから。
せやのにそんなんなってもて、それじゃあ私と治先輩は……? もしかして治先輩もこんな風に思ってるん? って思ったらなんか話しかけにくくなってもて……
いつもの私やったら、北さんが治先輩に買い出しに付き添ったってとか言うてくれはった日には天にも昇る気持ちでそりゃあ土下座して感謝するけど、今日はあかん。何となく勝手に気まずくなってもうて、どんくらいやったらその……距離感? とか大丈夫なんかも分からんくて、不器用な私は不本意にも治先輩と距離を取るしかない。自分でも影響されすぎやと思うけど、しゃーないやん。治先輩のことなったら冷静でおられへんねんもん!
「……そっち持つけど」
「え、ええですええです! 治先輩も持ってくれてはるし!」
「いやでもそっちのが重いやん」
「お、治先輩の手に何かあったら私切腹なんで!」
「はぁ? 荷物持つだけで何もないやろ」
「や、でも! 大丈夫、デス!」
「……俺が来た意味」
呆れた顔で言う治先輩は、はぁってため息を吐いてまた前を向いた。あぁ……治先輩優しい。それやのにせっかくの申し出を断ってもうて、罪悪感で胸がズキズキと痛んだ。
そっと盗み見た治先輩はどう思ってはんねやろ、いつも通りの無表情の横顔。呆れてはんのか怒ってはんのか、何も分からんくてそれが余計に怖い。
あーあ、昨日あんなドラマ見やんかったら良かったなぁ。いつもの私やったらこんなこと気にせえへんのに。
「て、いうか、治先輩だけ練習の時間少ななるしほんますみません……」
「北さんに言われたらしゃーないやん」
「……それはそうですよね」
「別に嫌ちゃうしええんちゃう?」
「え?」
「別に、嫌ちゃう」
「そ……うです、か」
なんそれ!!!? どういうこと? 嫌ちゃうって、嫌ちゃうって!!! 治先輩がバレーをめちゃくちゃ好きで大事にしとることは知ってる。せやのに練習出来ひんのにこんなん付き合わされて嫌じゃない? 嫌やろ普通! 侑先輩やったら絶対嫌やって着いてきてくれへんに決まってる! それを嫌ちゃうって、それって?
脳内で勝手に盛り上がって、もう一回チラリと見た治先輩がキラキラしてる。ああ。これこれこれ。やっぱ治先輩、かっこええ。ぐいぐい行ったら嫌われる? 誰そんなん言うた人! それを超えるスピードで好きなってもらったらええだけちゃう!?
「治先輩!」
「っ!?」
「ありがとうございます!」
「は?」
「付き添い! 嬉しいです!」
さっきまで開けとった距離をスススッと埋めてにこにこと治先輩を見上げると、治先輩は"は?"って一瞬ぽかんと顔をしたあとグンって眉間に皺を寄せた。
そんな顔で少しだけ汗ばんで湿ってる髪がえっちくて、それを思わずそのまんま「えっちいなあ」て呟いてしもたら治先輩は益々その皺を深くしてビシって私のおでこを指で弾く。
いっだ!!! 容赦のないそれに勢いのまましゃがみ込むと、それに合わせて治先輩も足を止めて私を見下ろした。
「変なこと言うからやろ」
「へ、変なことって!?」
「……さっきまでなんか避けとる思ったら、いきなりセクハラぶちかましてきよるやんけ」
「は、え!? 今のってセクハラですか!? 嘘!? 嫌や先輩訴えんといて!」
「訴えへんわ!」
「はぁ……危なかった……」
「っちゅうか避けとったんは否定せんねんな」
「え゛」
「苗字ちゃん分かりやすすぎやねん」
それを言われたら、私からはなんも言われへんのですけど。
私の目線に合わせてしゃがみこんだ治先輩は相変わらずかっこいい。はぁ、イケメン。
せやけどそんなんただの現実逃避で、現に治先輩はさっきより眉を跳ね上げて私を見つめてる。そ、そんな見られたら照れちゃいます……なんて言葉は勿論言われへんかった。
「なんで」
「へ」
「なんで避けられとったん、俺は」
「いやそんな……」
「まだ誤魔化すん?」
「…………」
ひぃ、治先輩近い! 私の目線に合わせてしゃがみ込んだ治先輩に、こんな状況やのにドキドキと心臓がうるさくってしゃーない。
避けとったっていうか。いや避けたかったわけちゃうんですけど。
結局その治先輩の目に耐えられへんくなった私は、正直に昨日観たドラマの話をすることになってしまった。好きなドラマでそういうシーンがあったこと、もしかしたら治先輩もそんな風に思ってるか思ったらあんま近づかれへんかったこと、せやけどそんなん気にしとってもしゃーないなってさっき思ってしまったこと。
そしたら治先輩は、はあああって深く息を吸ってからガシガシって首裏を掻く。な、なんですか。私は静かにそれを見守るしか出来ひんくて、そしたら治先輩はゆっくり「そんなん」と口を開いた。
「俺ちゃうやん」
「え」
「ニセモンの話やろ、それ。俺の話ちゃうやん」
「ま、まぁ……そうですね?」
「苗字ちゃんもそんなん気にするタイプちゃうやん、普段」
「そう……」
いや私結構気にする方ですけど。っていう言葉は言われへんかった。
次の瞬間にはもう治先輩は立ち上がっとって、歩き出してしまう。しかもその一瞬で私の持つ荷物と治先輩が持ってた荷物を交換させられて。
随分と軽くなったそれを手に提げた私も、そんな治先輩を慌てて追いかけた。
「……めっちゃ重いやん、こっち」
「いや私力持ちなんで……」
「そんなこと今言うてへんわ」
「えっ!? 違うんですか!?」
「……何のために俺おるんって話やろ」
「え、ええ? そうでした?」
「はぁ……ほんま、苗字ちゃんには俺おらんとあかんなぁ」
「ええ……いや、……え! はい! そうです! 結婚しますか!?」
「せえへんわ」
「うっ」
なんやぁ、今日の治先輩はよう分からんなぁ。そう思ったけど……見上げた治先輩があの顔、たまーにしか見せてくれへん、あの柔らかい表情で笑っとったから。
あかん! 治先輩かっこいい!! 好き!!! ってなってしもた私は、結局そっから深く考えることもしやんかった。
なんや言うても私は今日も治先輩が好きです、って話!
最高にハッピーでくだらない
21.07.12.