宮治長編 I my darling!!

/ / / /


 治先輩が好き。たったそれだけの感情で発言した昨日の言葉は嘘じゃない、本心やった。せやけどあん時の自分に心の中で問いたい。

「告白できるんか…?」

 あ、声に出てもうた。

 治先輩に告白するぞー! って意気込んで昨日はパックして寝たし、朝練はたまたまない日やったから一限始まる前にさっちゃんに髪可愛くしてもらったし、ちょっとメイクもしてもろて、自分的にコンディションは最高。

 これは流石の治先輩もくらっと来ちゃうんちゃう? くらくらっと来て可愛いとか言うてくれはるんちゃう!? くらくらくらっと来て「苗字ちゃん好きや付き合おう!」とかなっちゃうんちゃう!!?!? と。そんぐらいのテンションやってんけど。

「あれ、苗字ちゃん。今日なんか違うね」
「…角名…先輩」
「え」
「どうしましょうー…!? 私、やっぱ無理かも知れないです…!」
「え、なに、めんど」
「心の声出ちゃってますやめてください!」

 放課後、今日はうちのクラスだけ授業もHRも早めに終わったからまだ先輩方も来てへんやろなぁ。いつ告おう、やっぱ終わった後やんな? 治先輩来たら、今日一緒に帰りませんかって誘う! よしこれや! 頑張る!
 気合を入れてジャージに着替え、まずは今日も頑張って部活動!と足を踏み入れた体育館。既に来てはってコーチと話してる北先輩の横に……その人は、おった。

「あ、苗字」
「北先輩! こんにちは!」
「ちょお来て」
「はい!!!」

 北先輩に手招きされて素直に駆け寄れば、自然に隣にいはるその人にも目が行く。あ、この人…

「マネちゃん先輩さん…?」
「えっ?」
「なんや苗字、もう知り合いなん?」
「あ、いえ…! 昨日、治先輩が…」
「あぁ、治が会うたって言うてたなぁ」

 私が昨日見かけた、あの見たことない治先輩の笑顔を向けられてた人。マネちゃん先輩さんは、実際に目の前にするとなんか迫力がすごいっていうか、こんなに可愛い人おる!? ってぐらい可愛くって、今日は世界一最強やって思ってた私でさえ並んだら月と米粒みたいな。いや、それは米粒にも失礼やわ米粒は一粒でも立派な食材やもん、でも私は………何?

「あぁ、今年のマネージャーさん? こんにちは!」
「こ、こんにちは! 苗字名前です!」
「元気! 可愛い〜!」
「いやいやそんなそんな! マネちゃん先輩さんに比べたら私なんかゴミです!」
「ゴミ…?」
「苗字、先輩今日はちょっと顔出してくれはっただけやけど、マネの仕事でなんか分からんことあったら聞いときぃな」
「あはは、北くん私結構色々忘れてんで?」
「よう言いますわ、俺らよりよっぽど色々知ってはるし頼りになります」
「褒めすぎやなぁ」

 北先輩…笑てはる…! 治先輩に続き、北先輩のこの表情。ほんで実際に話した感じ、この私との圧倒的人間性ビジュアル女子力その他諸々の差!!!!!
 ほんっま……

「人生上手くいきませんねぇ…」
「それで落ち込んでるの?」

 後からやって来た角名先輩に経緯を話せば、角名先輩は相変わらずの無表情で私を見下ろす。いや前言撤回、ちょっと楽しそう。なんで?

「苗字ちゃん治に告白するんじゃなかったの?」
「そんなんもう無理です! あんな可愛い人見てもうたらそんな無謀なことできません!」
「はは、また落ちてんな」
「そりゃ落ちもしますよ…角名先輩もどうせああいう可愛い人の方がいいんでしょ?」
「えー、俺は美人系の方が好き」
「どっちにしろ私はだめやないですか!」
「俺の好みに合わせてどうすんの」

 まぁ確かに。私が近づきたいんは角名先輩やなくて治先輩の理想。でもほら見て、角名先輩より先に来てはった侑先輩も、銀島先輩まで、マネちゃん先輩さんのとこいってはる。つまりそういうこと。人類は皆私よりマネちゃん先輩さんですよ。

「なに、なんの騒ぎなん?」
「おっ、治。遅かったね」
「掃除当番今日めっちゃだるい日やってん。理科室もう嫌やわ、チェック厳しすぎ」
「あぁー、あの人機嫌悪かったら小姑かよってぐらい帰してくんないよね」
「今日めちゃくちゃキレとった」
「なんかあったんじゃない?」
「とばっちりやめてほしいわ…およ、苗字ちゃん」
「こ、こんにちは治先輩!」
「…なんか今日違うな?」
「えっ」

 今日は遅れてやって来た治先輩が、私の顔を見てちょっと目を見開く。うわ、ほんま、え、まさか? もしかして治先輩の好みって私? 頑張った甲斐、あった? もしそうなら例え全人類がマネちゃん先輩さんを選ぼうと私は苗字名前になることを選ぶけど!!!

「わ、分かりますか!?」
「おん。なんや、自分…」
「はいっ!」
「昼天ぷらでも食うたん?」
「はっ………え?」
「唇つっやつややで。油もん食うたん丸分かりや」
「え、いや、…え?これグロスって言」
「あ! 治くん!」
「! マネちゃん先輩!」
「………うんです、よ…」

 私の言葉は最後まで聞いてもらえず、マネちゃん先輩さんに気付いた治先輩はやっぱりそっちに行ってしもうた。ああ。治先輩もそっち側の人間かぁ。
 そらそうやんな。なんたって相手は、治先輩の好きな人やもん。そりゃそっち行くよな。でもちょっと今のは…きっつ。

「…大丈夫?」
「はっ…! だ、大丈夫です! すみません、私準備して来ますね!」
「…うん」

 何私、角名先輩に気遣わせとん!? あかんあかん! 変な空気になりそうやったのを我に返って私は慌てて首を振る。今は部活! 昨日も怒られたし今日はちゃんとやらな!

 集中してしまえば大好きなバレー、なんてことなかった。マネちゃん先輩さんは悪い人ちゃうし、去年…っていうかちょっと前までおった先輩やねんから二、三年の先輩方が寄っていくのもしゃあないし。

 私はそっちは気にせんように…って、集中するしかない。せやのにそんな私にも、マネちゃん先輩さんは平等に優しくって。

「あ、名前ちゃん休憩やって。これ差し入れ、名前ちゃんも食べ?」
「あっ…ありがとうございます!」
「ええよええよ〜! あ、これもあげるわ! あとこれも!」
「え、わわ、ありがとうございます…?」
「ふふ、可愛い子には色々あげたなるなぁ〜」

 ああ、マネちゃん先輩さんの笑顔が眩しい…! マネちゃん先輩さんにもろた沢山のお菓子を抱えて目を細めると、後ろから「あ!!!」とでっかい声が響いた。

「えっ」
「苗字ちゃんずるい! それめっちゃ美味いやつやん!」
「え、おさ、」
「ふふふ、治くんにもあるよぉ〜これ限定のやつ! こっちは前に食べたいって言うてたやつ! この前東京行ったから買うてきてん」
「! ほんまや! すごい、テレビで見たやつやん!」
「遠慮せんと食べなぁ〜、あ、こっちは皆で分けるやつやで〜」
「………」

 流石治先輩、私が持っているお菓子の山に敏感に反応してやって来たものの、それすらも予想しとったんかマネちゃん先輩はにこりと笑って治先輩にも別のお菓子を渡してる。え、てかどんだけ持って来てはるんですか。

 そんなマネちゃん先輩に治先輩はキラッキラした顔でお礼を言うてて、そこであれ、もしかして……なんて。いやいやそんな訳は…でもいやこれって…

「…気付いた?」
「角名先輩!」
「治はマネちゃん先輩に餌付けされてるだけだから。苗字ちゃんが気にするようなことはマジでないと思うよ」
「餌付け…」
「あの先輩も後輩可愛い可愛いって言ってるだけで治のことそういう目で見てないと思うし、治は治で食べ物くれるからマネちゃん先輩に懐いてただけだし」
「そ、うなんですか…」

 なんやぁ、ほんまに? ほんまにほんま? 信じられへんけど、でもそれやったらただの私の勘違い。めちゃくちゃ安心した。
 そしたらホッと胸を撫で下ろして治先輩を見つめる私に、角名先輩はギョッとする。

「ちょ、なんで泣いてんの」
「え………?」
「あーーーー! 角名が名前ちゃん泣かしとる!」
「は!?」

 びくりと侑先輩の声に肩を跳ねさせて、そしたら今度は治先輩と目が合って。ちょっと眉を寄せた後、ずんずんとこっちに歩いてくる。

 え、え?

「どしたん」
「えっ…」

 まさか治先輩がマネちゃん先輩さんから私に来てくれるなんて思わへんくて、ていうか状況にもついていけへんくて、どしたんって先輩がどしたんですか!? って感じで。

「泣いとぉ」

 治先輩の親指が、私の頬をぐいって撫でる。そんで初めてあ、今私泣いてた? え、なんで? てか治先輩、触った? 拭ってくれた? っていろんな情報が入ってきて、目を白黒させた。
 お、治先輩顔近いっ!

「なんで泣いとん」
「な、泣いてないです…」
「…泣いてるやん」
「お、治先輩がかっこよすぎて…」
「はぁ?」
「…治先輩、マネちゃん先輩さんのこと好きなんちゃうかったんですね」
「…はぁ? 言うてるやん昨日から」
「…ふふ…ふふふっ! そうですね! 言うてはりましたね!」
「…なんやねん」
「なんでもないです! 今日も治先輩が世界で一番かっこよくて世界で一番大好きやってことです!」
「…まった訳分からんこと言いよる…」

 治先輩ははぁ、ってため息吐いて呆れてるけど、でも私はめっちゃ嬉しくて。だって安心したら、今さっきのことも含めてにやにやが止まらへん。治先輩私んとこ来てくれた。涙拭ってくれた。治先輩、大好き!

 こうして、私が勝手に騒ぎ倒した"もしかして治先輩に好きな人が!? マネちゃん先輩さんって誰よ! "騒動は、私の勘違いという結果で幕を閉じたのだった。


「……すぐ飛んでくんじゃん、アイツ。無自覚こわ」
「あ、角名くん。女の子泣かせたらあかんよ!」
「…俺なんでいつもこんな役回り?」


わらって転んではい終わり



21.04.18.

- ナノ -