宮治長編 I my darling!!

/ / / /


「おっさむせんぱあああああい!」
「うわ」
「うわちゃいます!! なんですか今日の浮気ですかそうなんですか!!?」
「あ? 何の話やねん」
「しらばっくれんといてください!!!」

 放課後。体育館に行けば既に来てはった治先輩に、気付けば全力ダッシュを決めてた私。腰にぐゎし! って縋り付いておいおいと泣き真似をしたらビシッ! って頭にチョップを食らったのが思いの外痛くって、私は渋々その腕を離した。

「痛ぃ…でも治先輩のチョップ…」
「治って苗字ちゃんには厳しいよね」
「な。他の女子にあんなことせんのに」
「ちょっと喜んでそうなのがウケる」

 後ろで角名先輩と銀島先輩が言うてはることも気にならんことはないけど、でも今はそれどころちゃう。私は腕を離してもなお治先輩の足元にはりついて動かなかった。

 真実を聞くまでは、ここを動かん!! そう心に決めて先輩を見上げれば、治先輩は鬱陶しそうな顔で私を見下ろすから若干傷つく。…ほんまに泣きますよ?
 先輩をこんな顔させてまで、私がこうして喚いてる理由。そう、今日の朝のことがあってから、私の情緒はぐらっぐらのふらっふらなのだ。

「朝! 話しとった人誰ですか!?」
「朝?」
「めっちゃ仲良さそうでした! あんな笑って女の人と話してる先輩見たことないです! あんなんずるいです!」
「あー…マネちゃん先輩な。去年のマネージャーや」
「え!?」
「なん」
「マ、マネージャー…いはったんですね…」
「そりゃおるやろ。自分は被らんかっただけで、いっつも読んでる去年の活動日誌、あれあの先輩が書いたやつやし」
「ええ!!? あの、めっちゃ分かりやすい…」
「おん。いっつめっちゃ細かいし分かりやすいし凄いですねぇ言うてたやん」
「言うてました…」
「その人」

 その人。去年のマネージャー。マネちゃん先輩、なんて呼んで慕ってはったんがよぉく分かる。だって治先輩のくせに、めっちゃ笑顔やったもん。もしかして…

「す、好きやったんですか…?」
「あ?」
「そ、その人のこと…治先輩、好きやったんですか…?」

 こんなん聞きたくない。ほんでも気になる。だってあんなん普通の先輩に向ける目ちゃうやん。道でたまたま会ったんか、それとももしかして付き合ってんのか…気が付けばその疑問はもう口から溢れ落ちとって、そんでしっかり治先輩にも届いたみたいやった。

 治先輩の眉が一瞬ピクリと反応して、それでも表情はさして変わらん。

「そんなんちゃう。ただの先輩や」
「…そうですか」
「なんやねん」
「…なんも」

 なんも。ないわけないけど…でも治先輩が否定するんやったらそれ以上は聞かれへんかった。ちゃうんやったらいいやん。そう思うのに、やっぱりあの人はちょっと特別なんちゃうか、なんて女の勘がそう言っている。

 その日はなんか元気が出えへんくって、北先輩にも心配されるほどやった。「体調悪いなら無理すんなよ」「そういうわけじゃないです…」「じゃあシャキッとしい。そんなんでやってたら怪我する」「はい…」正論パンチが飛んでくるんも当たり前で、大事な部活に私情を挟むなんて言語両断、分かってる。

 せやけど! あんなん気になるやん! 落ち込むやん!?
 合宿とかもあってちょっとは治先輩と仲良くなれたかなぁ、とか思っとった。けど、所詮私はまだ二ヶ月ちょっとのお付き合い。普段の治先輩は私にめちゃくちゃ塩対応で、せやけどそんなところもカッコいいし好きやし、気にせえへんかったのに…

 あんな。いい感じな人おるなんて聞いてない。ずるい。世界は不公平や。

「苗字ちゃーん。生きてる?」
「角名せんぱぁい…治先輩は…?」
「侑と帰ったけど」
「い、いつの間に…! 私挨拶してへんのに…!」
「めちゃくちゃボーッとしてたからね。一応またなって言ってたけど?」
「う、嘘やん…じゃあ私先輩のこと無視したってこと…? 最悪…最低最悪です…私…!」
「何でもいいけど鍵閉めるから出て行けって北さん言ってたよ」
「え!? うわ、すんません!」

 周りを見渡せば、ほんま、もうみんな帰ってる! 慌てて私も着替えて外に出れば、校門のところで気付いた角名先輩と銀島先輩が手を振ってくれた。え、え、先輩ら私のこと待ってはったんですか…!?

「今日苗字ちゃん変だったから帰り一緒に帰ってやれって、北さんからのお達し」
「えぇ…そんな、すみません…私のせいで先輩達にご迷惑を…」
「侑も治も今日すき焼きやからってさっさと帰ってもうたからな。俺らで悪いけど」
「そんな! 治先輩いてはったらそりゃあ嬉しかったですけど! 角名先輩と銀島先輩でも嬉しいです!」
「正直だね」
「苗字ちゃんらしいな」

 先輩達は笑いながら歩き出して、私もそれについて行く。それにしても先輩と帰るなんてちょっと新鮮。他に女子マネおらんから今まで一人やったもんなぁ。
 どうしたらええか分からんくって何となく二人の一歩後ろを着いて歩けば、角名先輩が「そういえば、」とこちらを振り返った。

「苗字ちゃんもう調子戻ったの?」
「え?」
「マネちゃん先輩、気になるんでしょ」
「あっ…そ、そうなんです…! 入部した時、マネージャーいなかったって言うてはりませんでした?」
「先輩が引退してから苗字が入学するまでの間だけね。まぁマネちゃん先輩も三年間一人だったらしいけど」
「その、マネちゃん先輩…さん? って…どんな人やったんですか?」
「マネちゃん先輩なぁ…」

 今日ずっと気になってたこと。マネちゃん先輩って何者?治先輩があんな顔を見せるなんて、どんな人?
 私の質問に、先輩達は一度空を仰ぎ…そして口を揃えて言った。

「「治が一番懐いてる先輩」」
「………」

 うーーわ終わった。絶対今私の顔死んでる。

「あ、な、懐いてる言うても多分苗字ちゃんの思ってる感じちゃうで!?」
「私の思ってる感じってどんな感じですか」
「え…そら、なんちゅーか、」
「ラブ的な感じってことですか? ラブちゃうで、ライクやって言いたいんですか?」
「そうだけど言い方」
「そんなん信じられませんよぉおお! 治先輩に懐いてもらえるなんてどんな魔性の女なんですかその人…!」
「魔性の女」

 笑ってる場合ちゃいますからね、角名先輩! 私はいつでも本気なんです!! 本気で私の恋路のピンチを迎えてるんですから!! 考えただけでテンションはどんどん落ちていき、私はしゅん、と項垂れて呟いた。

「…絶対、治先輩その人好きですよ…」
「え?」
「何となくわかるんです。今日の朝の治先輩見て、そんで放課後聞いた時の治先輩見たら…分かっちゃったんです」
「いやいや勘違いやって!」
「うううどうしたらいいんですかぁ…」
「や、本気で泣かなくても…」
「だ、って…」

 泣きたくて泣いてるんちゃうんです。でも今日の私は朝からほんまにおかしいんです。

 治先輩が名前呼んでくれて本気で恋やと確信した。お弁当食べてる治先輩はいっつもと違うくて可愛かった。治先輩があーんってしてくれて幸せでそんだけで死んじゃうかと思った。合宿の時助けてくれた治先輩は王子様みたいで。
 たった二ヶ月、されど二ヶ月。稲荷崎に来てから私の毎日は治先輩一色で、ちょっとでも近付けたら嬉しくって、毎日本気で恋をしてきたのだ。

 せやのに、何? 治先輩が懐いてる先輩?そんなことってある? …私に治先輩をあんな顔にさせられる?
 答えはノー。無理や。認めたくないけど、でもそれが事実。せいぜい私にさせられる顔は呆れ顔か鬱陶しいって顔。それが嫌ってくらいに分かるから、悔しくて悲しくて柄にもなく涙が出てきてしまうのだ。でも。

「…でもこんなん…私らしくないですよね!」
「お?」
「…決めました!」
「ちょっと俺ら苗字ちゃんのテンションの振り幅について行けないよね」
「私、明日治先輩に告白します!!」
「…そりゃまた、急やな」
「てか今更?」
「今更ちゃいます! 満を辞して! です!」
「苗字ちゃんの思考回路まじでどうなってんの」
「この短い間に何があったんやろな」

 私の宣言に、先輩二人はポカーン顔。せやけどこれは冗談でも何でもない、本気と書いてマジのやつですから!

「なんかごちゃごちゃ考えても分からんくなるんで、とりあえず告ります!」
「おお…おぉ?」
「別に付き合えると思ってるわけちゃうんです。でも、私もちょっとくらい、治先輩に気にして欲しいんです! 後のことはそん時考えます!」
「…なんかよくわかんないけど面白いからいいんじゃない?」
「頑張りますね!」
「頑張れ…でええんか、これ?」
「はい!!!」

 角名先輩と銀島先輩に応援してもろたら、百人力です!! 明日治先輩に告白して、そしたら、マネちゃん先輩のこともハッキリするはず!
 苗字名前、切り替えの速さが取り柄なんで! 今日一日の憂鬱はいつの間にかどっかに吹き飛んで、既に明日のことを考えて緊張半分、ワクワク半分。スキップをしてしまうほどな私を見て、先輩達はまた曖昧に笑っていた。


やっつけラプソディ


21.03.09.

- ナノ -