宮治長編 I my darling!!

/ / / /


 待ちに待ったGWが始まった。高校生になって初めての大型連休。…言うてもほんまに休みなんは一日だけで、他はぜーんぶバレー部の合宿。
 それが嫌やとかは全くなくて、だって休みやのに…いや、むしろ学校ないからこそ、一日中部活できて治先輩とも一緒におれんねんで! 最高やん!

 現に合宿初日は、「治先輩と一日中一緒! どうしよ、どうなっちゃいますか!」「どうもせんわ、集中しい」「でもご飯とかも一緒ですよ! 一つ屋根の下で寝るんですよ! 正直なんかあってもおかしくないですよね!」「何もないから安心しろ」…なんて会話もしとったくらい。

 そんな浮かれとったからって、別に合宿をナメとったわけちゃう。一応真剣にやってるマネージャー業、気合は十分やったはずやのにそんな想いとは裏腹にゴリゴリと削られてく体力。私は試合に出てるわけでもないのに、ちょっと限界が見え始めたんは合宿もちょうど後半に差し掛かったところやった。

「あっつ…」

 まだ五月やろ? せやのになに、なんでこんな暑いの。
 地球温暖化の影響か、春なんかすっ飛ばしてもう夏やんってくらいの気温に汗は止まらへん。肩にかけてるタオルで拭いても拭いてもぽたりと床に落ちる滴に、私は休憩中の体育館を出て一人木の陰で息を吐いた。

 大丈夫、ちょっとしんどいだけや。すぐ治る。頑張れ、今日もあと半分やん。
 頭ん中でぐるぐると巡る、自分を励ます言葉。暑さなんか、疲れなんか、はたまたその両方なんか…くらりと歪んだ視界に、思わずしゃがみこんだ。

「大丈夫か?」
「え…」

 そんな時、頭の上から降ってきた声にゆっくりと顔を上げると、

「銀島先輩…」
「しんどい? 顔色悪いな、」
「あ、え、っと…大丈夫、です」
「え、でも」
「ちょっと、お腹すいちゃっただけです! 今日の晩ご飯カレーらしいんですよ! もう考えただけでぺっこぺこで!」

 心配そうな顔をする銀島先輩に、やばい、と立ち上がった。
 私なんかより何倍も何十倍も動いててしんどいはずの、しかも先輩に、気遣わせたらあかん。それに自分で言うんもなんやけど、いっつもめちゃくちゃはしゃいでるんやからこんなん私のキャラちゃうし!

 せやけど急に立ち上がったからか、足に全然力が入らんかった。

「あっ!」
「うおっ」

 気付いたら銀島先輩に支えられとって、先輩の手から熱が伝わる。すぐにどきたいのに、頭がぐわんぐわん回ってるみたいで気持ち悪い。あー、うそ、なんで今。
 情けないとのしんどいんで、涙が滲む。ごめんなさい銀島先輩…正直なんか言うんも辛くて、そのままダラリと身体を預けるしかない私。

 そしたら今度は後ろから声が聞こえて、銀島先輩がピクリと反応したのが伝わった。

「何しとん」
「あ、治」
「どうしたん?」
「マネージャーなんかしんどいみたいやねんけど、熱中症かな…」
「…苗字ちゃん、大丈夫か?」
「おさむ…せんぱい…」
「ど、どうしよ、治」
「…銀、俺ここ変わるから北さん言うてきてくれへん? 涼しいとこで休ませるわ」
「おん、分かった! 水も持ってくるな!」
「すまん、助かる」

 治先輩と銀島先輩が何か話してはる。正直何言うてるかとか聞いてる余裕はなくって、ただただ気持ち悪さと戦っとった。

 「ちょい、ごめんやで」耳元で大好きな治先輩の声が響く。そしたら今度は、浮遊感。「苗字ちゃん、ゆっくり、しゃがめるか」「あ…」

 何かよう分からんうちに、その場に胡座をかいた治先輩に膝枕されてる状態。いっつもやったら絶対興奮して大変なことなってる、そんで治先輩に怒られてる。でも今は勿論そんな元気はないから、その状況を把握したところでただただ自分の目元に手を当ててしんどいのに耐えるしかなかった。

 ああ最悪や、今絶対髪ぐっちゃぐちゃやし、汗臭いやろうし。こんな時でも気にしてまうんは乙女心、だってこんな、好きな人に膝枕されてるとかめっちゃ美味しいシチュエーションやのに。
 涙で濡れた目元を見られたくなくて未だ覆ったまんま、息が荒いんも恥ずかしい。そんでも息苦しいのはどうしようもならんくて、ふぅ、ふぅ、と必死に息を吸って吐いた。

「暑ない?」
「は、い…」
「ほんなら落ち着くまでこうしとこ」

 治先輩の声と共に、大きな手がさらりと髪を撫でた気がした。好きな人に触れられてる、めっちゃ嬉しいのに、だからなんで今なん。絶対今ベトベトやって。

「苗字ちゃん全然休憩とってへんやろ。俺ら休憩してる時もずっと動いてるし、あかんでちゃんと休まな」
「…はぃ…」

 ごめんなさい。別に怒られてるわけちゃうのに、大好きな人に呆れられたかもって思うと自然と声がちっちゃくなった。大好きなバレーと、大好きな人がおる空間でほんま何やってんの、自分。ず…と鼻を啜ると、また治先輩が頭を撫でてくれた。

「泣かんでええから」
「…ごめ、なさい…」
「…なんで謝るん。苗字ちゃんが頑張ってんの知ってるし、別に誰も怒らんわ」
「で、も…私、いっつも治先輩に迷惑かけてんのに…こんな…、」
「…別に迷惑ちゃうけど」
「、え?」

 聞き流してしまいそうなくらい、小さな呟き。私は驚いて、思わず目元を覆っていた手をどけると、思ったより近い距離で見下ろす治先輩と目が合ってどきんと胸が跳ねる。う、わ…この体勢近い…!
 治先輩はというと急に合った視線に決まりが悪そうな表情をしてスッと目を逸らす。こっからでも見える耳がちょっと赤くなってんのを見て、少し身体が楽になったような気がした。

「…俺らも一年とき、初めての合宿はやっぱキツかったから」
「え…」
「…今頃他の一年も、向こうでグロッキーなっとるやろ」
「そう…なんですか」
「やからあんま気にせんでええし。ちゃんと水分摂って、休んだら大丈夫やから」
「…すみません…」
「…謝るとこちゃうんちゃう?」
「じゃあ…ありがとう、ございます…?」
「……おん」

 治先輩が少しだけこっちを見て、その口角はほんのちょっと上がってる気がした。ああ…治先輩のレアショット。微笑んでる治先輩かっこい…特等席や……
 マシになってきた体調のお陰でそんなことを思いながら、少しだけ目を閉じて……そんで、私はその後寝てもうたみたいで。

 次に起きた時、視界には合宿の間寝泊まりしてる部屋の天井が広がった。すん、と息を吸うと、この数日感ですっかり慣れ親しんだこの部屋の独特の匂いがする。

 あー…私寝とったんか…もう全然しんどくないかも。……って!

「治先輩!!!」
「なっ!? …んやねん、ビビったぁ…」
「あ、侑先輩…?」
「おん。サムじゃなくて悪いなぁ、侑くんやわ」
「あの、……え? 部活は?」
「もうとっくに終わったで」

 勢いよく起き上がって、すると視界に入ったんは綺麗な金色。急に目ぇ覚まして叫んだ私に目を丸くした侑先輩は、ムッとした表情で私の隣にやってきて腰を下ろした。

「へぁ……す、すみません! そんな、部活終わるまで寝るとか…! 最悪…!」
「まぁ…今日はもうええんちゃう? どうせ中日はいっつもちょっと早よ終わるし」
「…そうなんですか…?」
「おん。みんな疲れ溜まってへばるからな、特に一年」
「うっ…すみません…」
「まぁ、早よ慣れや。夏はこれ以上にキツいで」
「はい…それで…あの、なんで侑先輩が…?」
「交代で誰か着いたれ言うて、北さんが。他の一年どもはみんなくたばっとるし、さっきまでは銀がおってん」
「うわあぁ…すみません、ありがとうございます! あの、」
「んで、もう俺も交代や」
「えっ…や、もう、次の人も大丈夫です! 一人で平気なんで!」
「ええんかぁ? そんなこと言うて」
「え?」
「だって次交代すんの、」
「ツム、そろそろ…あ、苗字ちゃん起きてるやん」
「タイミングばっちりやな」
「治先輩!」
「元気そうやん」

 部屋の入り口からひょっこり顔を出したのは、治先輩。ていうか私、ここで寝こけてる間ずっと先輩方に着いてもらっとったとか…! なんて贅沢…!!!
 こんなんバレー部ファンの方々に知られたら刺されてまうかもしれへん。

 侑先輩は、「ほな頑張りや」なんて語尾にハートマークが付きそうなくらい含みを持ったセリフを言い残して、治先輩と入れ替わり部屋を出て行ってもうた。
 やばい。また、治先輩と二人きりやん。だからなんでこんな時ばっかり。こういうんはもっと体調とか色々万全のときにお願いしたいんですけど…!

「………」
「………」

 侑先輩がおらんくなって、静かになった室内。治先輩はさっきまで侑先輩が座ってはった場所に腰を下ろした。

「…もう起きて平気なんか?」
「ぁ…はい、ほんっまにすみません…あのまま寝るとか、私…」
「お陰であの後めっちゃ足痺れたわ」
「ひぃっ…ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! ほんま…すみません…!」
「ブハッ…! うそうそ、冗談」
「えぇ…」

 にやりと悪戯っ子みたいに笑う治先輩に、ぎゅんって心臓を掴まれるような感覚。だから無理やって、その顔あかんって。

「………」
「なん、まだしんどいん?」
「治先輩…ずる…」
「は?」
「かっこいい…かっこいいが過ぎます…」
「…まぁた変なこと言っとん。もうすっかりいつも通りやな」
「うう…」
「ほんなら俺、もう行くで」
「えっ!」
「苗字ちゃんも今日はちゃんと休まなあかんやろ」
「でも…」
「何や」
「…う…」
「……せやから、飯。持ってきたるわ」
「…え?」
「ちゃんと食わな、元気ならへんやろ」
「…一緒に…食べてくれはるんですか?」
「…今日だけやで」

 そう言って立ち上がった治先輩は、もういつも通りの呆れ顔に戻ってたけど。でもいつもよりちょっとだけ優しいその表情に、私はまた泣きそうになった。

 その後治先輩だけやなくて角名先輩も銀島先輩も侑先輩も来てくれはって、部活ん時より賑やかな空間でカレーを食べることになる。角名先輩が、「治、めっちゃ焦って銀と苗字ちゃんとこ行ってたよね」なんて爆弾を落とすから、またドキドキとさせられるのはもうちょい後のこと。

「はぁ!? 焦ってへんわ! 嘘言うな、角名!」
「ほんまやで名前ちゃん、俺も見たし」
「あんときの治の顔、俺治に刺されるか思ったもん」


そのやさしさがいちばんずるい


21.02.19.

- ナノ -