宮治長編 I my darling!!

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「で」
「は、はい!」
「自分こんなとこで何しとん?」
「あ、いや…お弁当忘れて…」
「購買あっちやで」
「購買で買うて…す、角名先輩に治先輩ここおるでって教えてもらって…」
「ストーカーか」
「いやちゃいます! そんなつもりちゃうんです!」
「…いつものお友達はええの?」
「あ、…はい。さっちゃんは今日部活の集まりがあるらしいんでそこで食べるらしいです」
「ほぉん。ほんなら苗字ちゃんもここで食う?」
「はい!!!」
「…言うといてアレやけどちょっとは遠慮しいや」

 仮入期間が終わって、明日からGW。高校に入って初めての大型連休、まぁバレー部はそんなん関係なく練習も、合宿だってあるんやけど。

 ちょっとずつ慣れて来たクラスでもやっぱり一番仲良いんは初日に話しかけてくれたさっちゃんで、お弁当食べるんもいつも一緒。
 せやけど今日は、吹奏楽部に入ったさっちゃんもGWの練習のことで昼休みも部活の集まりがあるらしくって一人時間を持て余しとった。ぼっち飯なんは別にええけどせっかくやしいつもと違う場所で食べよっかな、そう思っとった時に会ったんが角名先輩。

 角名先輩も購買に来てはったらしくて、私に気付くとすぐに声を掛けてくれた。

「苗字ちゃん」
「あ! 角名先輩! こんにちは!」
「購買? いつもいないのに珍しいね」
「はい、いつもはお弁当なんで…角名先輩はいつも購買ですか?」
「うん、弁当もあるけど足りないからね」
「すご…そんな食べるんですか…?」
「全部じゃないよ、治のもあるから…あ。苗字ちゃんも一緒に食べる?」
「えっ!」
「俺、いつも治と屋上で食ってんだけど」
「い、いいんですか!?」
「ははっ…面白そうだしいいよ。じゃあ俺買ってくから先屋上行ってて。治もういると思うから」
「分かりました!」

 稲荷崎高校のバレー部は強いのは勿論やけどかっこいい人も多い。治先輩は当たり前やけど、その双子の侑先輩、角名先輩だってモテはると思うし、北先輩とか、アラン先輩とか…とにかくそういう面で言うてもレベルは高いと思う。せやから女子マネ希望者も多いんちゃうか……と、最初の方は心配しとってんけど。

 蓋を開けてみれば、なんと私以外マネージャーはおらんっていう結果で。なんでも、治先輩侑先輩目当てに来る子はいっぱいおるけど大抵部活自体のハードさについてこれへんくって辞めてくか、侑先輩が邪魔すんなら辞めろって追い出す、北先輩に正論パンチ食らわされてフェードアウトしていく…と。そんで今年は希望者自体私以外おらんかったらしい。…何となく分かる気ぃする。
 私は元々入りたくって稲荷崎受けたようなもんやけど、まぁマネージャーのためにそこまでする人はあんまおらんってことか。

「ただいま〜」
「おかえりなさいです! お疲れ様です!」
「角名、何勝手にこの場所教えとんねん」
「あれ? ダメだった?」
「あかんに決まってるやろ、苗字ちゃんうるさいもん」
「え! うるさくしません静かにしときます!」
「ははっ、もううるさい」
「えっ!?」

 戻ってきた角名先輩は大量に菓子パンの袋を持っていて、聞けばいつもジャンケンで負けた方が買いに行くらしい。その量に驚きを通り越して感心していると、角名先輩がその中から一つ、私に手渡した。
 手の上に乗せられたのは、イチゴジャムパン。そういえばさっちゃんがこれ美味しいよって前に言っとった気ぃする。

「これは苗字ちゃんにあげる」
「え! い、いいんですか!?」
「うん。治の金だけど」
「わ、ありがとうございます! 治先輩!!」
「おい角名! 何勝手なことしとんねん俺の食う分減るやんけ!」
「それなら治先輩、お礼に私良いもの持ってますよ!」
「良い物ぉ?」

 眉を顰めた治先輩に、私はブレザーのポケットに入れてたお菓子の箱を取り出す。ジャジャーン!と自ら効果音を発しながら出したそれに、治先輩は見るからに目の色を変えた。

「うわ! それ今日からのやつやん!」
「そうです! 朝早起きして家から遠いコンビニまで買いに行ったんです!」
「それでお弁当忘れるとかウケる」
「え、なに、くれんの?」
「はい! 私は治先輩にイチゴジャムパン買ってもらったので、これと交換ってことにしましょ!」
「買ってきたのは俺だけどね」
「しゃーないなぁ! 今回だけやで!」

 私の限定チョコサンドクッキーと、治先輩のイチゴジャムパン(角名先輩が買ってきた)。珍しくキラキラと目を輝かせる治先輩が可愛いくて、きゅん。
 どうぞ、と言いながら治先輩にその箱を手渡した時、ちょん、と触れた手にドキドキと胸が高鳴った。

 うわぁ、治先輩に触っちゃった! もう一生手洗われへん!

「苗字ちゃん、声出てる出てる」
「手洗わんかったら汚いで」
「わ、分かってます! 言葉の綾です!」
「どんなやねん」
「うぅ…いいから食べましょ! ほらほら!」

 治先輩に触れた方の手をギュッと握り締め、誤魔化すように促した私をまた角名先輩は笑った。

 こうして始まった先輩お二人とのランチタイムは、思ったより何倍も楽しくて。
 治先輩はいつも最初こそ少し素っ気ないけど、話しかければちゃんと返してくれるし食べ物の話題だと偶に笑顔だって見せてくれる。
 それが堪らなく幸せで、それだけでご飯五杯は食べられるんじゃないかと思う程に私は嬉しくなってしまうのだ。

「うっま! 苗字ちゃん、これめっちゃ美味い!」
「え! ほんまですか!」
「おん! ほら、ちょ、食べてみぃ」
「えっ…でもそしたら治先輩のなくなる…」
「元は苗字ちゃんのやん! ほら、食いかけやけどこっち食べ!」
「えっ…!?」

 治先輩の手には、私があげたチョコサンドクッキー。私にとっては大きめのそれも、治先輩が持つと小さく見えるから不思議だ。
 そして半分ほど齧られたクッキーの、もう半分をくれると言うから驚きだ。だって、治先輩やで? 治先輩、食べ物に関してはほんまむっちゃ厳しいのに!

 美味しいものをシェアしたい、そう思う気持ちはわかるし私に対してもそう思ってくれるんは嬉しい、めっちゃ嬉しい。でも。

 私はクッキーと治先輩の顔を見比べた。

「? 食わんの?」
「や、だって…」

 それ間接キスなりますよ! …なんて。言えるわけない。言ったら最後、自滅や。
 食べたい、間接キスも吝かではない…でも恥ずかしい…! そしてそんな私の葛藤に目敏く気付くのが、角名先輩で。

「いいの? 苗字ちゃん、こんなチャンスあんまりないよ?」
「う…」
「? 何言うてんねん」
「治と間接キスしたいけど恥ずかしいんだよね」
「あ、ちょっと! 角名先輩!」
「はぁ?」
「言うたらあかんやつですそれ!」

 治先輩にそんなこと思ってんのか、とか思われたら無理! 恥ずかしすぎる! 普段は治先輩好き好き言うてやってる私やけど、ちゃんとこういうのに恥じる感覚は人並みにありますから!

「しょーもな。食わんなら全部食うで」
「あ! 食べます、食べます!」
「ほい」
「うっ…し、失礼しまーす」
「失礼しますって」

 そもそも治先輩の手から直接食べんのも、ヤバくない? だってこれもう「あーん」やん! やばいやばい、嬉しい、にやける…!

 どきんどきん、もうずっとうるさく鳴っている胸を押さえながら意を決して口を開けて、治先輩からの「あーん」を受け入れるその瞬間はまるでスローモーションのように感じて。

「ん、!」
「あっ」
「あっ」

 治先輩と角名先輩の声がリンクする。

 や、やらかした…!

 さぁっと血の気が引いて、私は勢い良く後ろにのけぞった。思ったより大きかったチョコサンドクッキーを一口で収めようと、なんと私の大きく開けた口は勢い余って治先輩の指まで食べてしまったのだ。

「ゆ、指…!」
「どこまで食うとんねん」
「す、すいません…! 治先輩食べちゃった…!」
「いや言い方」
「ふふ、面白いの撮れた」
「えっ!」
「角名も余計なもん撮らんでええから」

 怒ってはいないようだけど、いつもの無表情の治先輩からは感情が見えにくい。
 その後何度も謝って「そんな謝らんでも気にしてへんから」って呆れられたけど、私は唇越しに感じた柔らかいあの指の感触を思い出す度に一人悶えるのだった。

 ちなみに。

"「治先輩食べちゃった…!」"

「ギャハハハハハ! 名前ちゃんサム食うたん?やるなぁ!」
「ちょっと角名先輩、そこだけ見せるんやめてください! 変に誤解されます!」
「はは」

 撮られた動画のせいで侑先輩に散々イジられたのは、また別のお話。

噛みしめていたいよ


21.02.04.

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