宮治長編 I my darling!!

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 ほんまに運命ってあるんや! って思った。

 中学の時はプレイヤーとして三年間続けたバレーボール。高校ではマネージャーとしてサポートする側に回ろうと決意し、バレー部が強い稲荷崎高校を受験した。
 憧れの高校生。憧れの稲荷崎高校! そして待ちに待った入学式、私はこの日のために生きとったんちゃうかってぐらい衝撃の出会いをすることになる。

「治どこ行くの?」
「コンビニ。部活まで暇やし先飯食べるわ」
「今日お弁当持ってきてないんだ」
「や、式の準備前に食べた」
「それ最早普通に朝ご飯だね」
「朝は食ってきたんやけど、ちょっと動いたらすぐ腹減んねん」
「準備前ってまだ何もしてないじゃん」

 下足んとこの掲示板に張り出された新しいクラスを見て心躍らされ、でも友達もまだおらへんし教室待機って書いてあったけど中々時間も経たへん。
 もうすぐ入学式始まるから、それまで耐えたらまた移動やから、って少しでも時間を潰すためだけに行ったお手洗いの帰りの廊下やった。

 前から人が歩いてくるのは、遠くからでも分かった。ていうかでっか…! 大っきいし上靴の色ちゃうから先輩や。二人並んで歩く先輩達からは上級生やからってだけではない威圧感を感じて、やっぱ中学生とはちゃうな! って変に感動する。
 そんで私は何もあるわけないのにソワソワと心が浮き立って、緊張しながら何となく会釈した。

「あっ」

 黒髪の方の人のポケットからハンカチが落ちるのが視界に入る。反射的に出た声に振り返った先輩方はやっぱり大っきくて、完全に見下ろされてて。…ちょっとこわいかも。それでも私は考えるよりも先に拾ってしもうたハンカチをお返ししようと、勇気を出して視線を上げた、けど。
 そんとき急に自分の中を駆け巡った、言葉で表すならピピピッッ!て感じ。

「!」
「?」
「あ。ごめん、それ俺のハンカチだわ」
「あ、ど、どうぞ…!」
「いやそれ俺んちゃうで。角名の」
「ありがとう。それ俺の…」
「あの、先輩、めっちゃかっこいいですね! ていうか背高い…! 何センチあるんですか! 部活とかやってますか!?あ、やっぱ先に名前、教えてくれませんか!?」
「は?」
「この子俺のことフルシカトするじゃん」

 何この人めっちゃかっこいい!!!

 私の視線はハンカチを落とした先輩…の隣の先輩に釘付けで、気付いた時には話しかけとって。止まらんかった。
 雷が落ちたとか、もうそんな生ぬるいもんちゃう。例えばアインシュタインが生き返ったとか、タイムマシンが完成したとか、ドッペルゲンガーに遭遇したとか、私ん中ではそんくらい凄い衝撃。私の人生全てを賭けても良い、そう言い切れるくらいの紛う事なき一目惚れ。

 背高いし、髪の分け方も、ちょっと低めの声も、眠そうな目も、なのに感情が読めへん表情も、もう、なんもかんもかっこいい! 好き! ラブ! ビックラブ! え、ほんま何これ何この気持ち!

「私苗字名前っていいます!」
「急にこわ。え、勢いすご」
「うわ……こんなイケメンと目合ってもうた…あかん無理やもう今日死んでもいい…」
「忙しない子やなぁ」
「や、でもやっぱあかんわ…バレー部入るまで死なれへんねやった」
「! …自分、バレーすんの?」
「え?あ、いや…中学ではやってたんですけど、高校はマネージャーしようかと…」
「マジで? 俺達バレー部だよ」
「え! バ、バレー…? えっ…! ほんまですか…!?」
「うん」
「…角名、いらんこと言わんでええねん」
「いらんことちゃいます! 今世界で一番いる情報です!」

 たった今一目惚れした先輩が、入る予定のバレー部に所属してはるとかどんな偶然…!? いや、やっぱ運命やん! 稲荷崎に来てほんま良かった!
 興奮して思わずグイッと先輩に身を寄せると、眉を顰めたその先輩は同じだけ後ろに身体を避ける。まったその表情がかっこいいって! 私はめげず、先輩の大きな手を取った。

「お名前! 聞いてもええですか!?」
「………」
「宮治だよ、この人」
「おい角名」
「や、面白そうだから。つい」
「宮先輩! と、角名先輩! ありがとうございます! バレー部入んのさらに楽しみなりました!」
「もう式の誘導始まるんじゃない? 教室戻ったら?」
「はっ…! ほんまややばい! ありがとうございます! また仮入んときよろしくお願いします!」 

 先輩二人にペコリと大きくお辞儀をして、自分の教室へ急ぐ。最後に見た先輩の顔。角名先輩はなんかにやにやしとったし、宮先輩は…ようわからん、眠そうやった気もするし不機嫌やった気もするし。まぁ、いっか。その真意はまた次会った時聞けばええし。それにしてもあんなかっこいい人と出会ってまうなんて自分めっちゃ運良いやん…!

 先程よりも遥かに上がったテンションで教室に戻ったら担任であろう先生が廊下にみんなを並べとって、私も焦ってそこに合流する。するとちょうど前の席の子がずっと戻らへん私を気にししてくれとったみたいで、声を掛けてくれた。

「あっ、帰ってきた。もう並ぶらしいで」
「え、あ、ありがとう! えっと…」
「前の席の五月リイコ。中学でさっちゃんって呼ばれとったから良かったらそう呼んで!」
「さっちゃん! あ、苗字名前です!」
「名前って呼んで良い?」
「うん! よろしくね!」
「よろしく! あ、はよ行かな」
「あっ、ほんまや」

 名前を呼んださっちゃんは、サラサラのロングヘアーをさらりと靡かせ笑う。え、めっちゃ美人さんや! 入学早々友達も出来そうで、ほんまに幸先良いかも!

「さっちゃん聞いて、私さっきめっちゃかっこいい先輩に一目惚れしてもうてん!」
「え、早ない?」

 つまらへん入学式も、ずっと隣同士小声で喋ってくれるさっちゃんがいたからいつの間にか終わってて。校長先生の挨拶も、PTA会長さんの挨拶も、学科ごとの先生の紹介も、なあんにも聞いてへんかったけど、でもさっちゃんとはちょっと仲良くなれた気がする。それは、入学したばかりで他に友達もおらへん私にとっては何よりも大切なことやった。


* * *


「さっちゃん、家どこなん?」
「南中の方。名前は?」
「私北中やから、全然方向ちゃうわぁ…一緒に帰ったりしたかった…」
「しゃーないなぁ。校門まで一緒に出よ」
「うん!」

 入学式が終わったら、あとは明日からの予定を説明されたりプリント配られたりのHRがあって、今日は終わり。新しい教科書が入っている鞄はぶっちゃけ重すぎて、今日はもうどこかに行こうとか言う気力はない。

 色んな新しいことが始まってワクワクふわふわしている気分とは裏腹に、ずしりと手が痛くなるくらいの重量感。私達は文句を言いながらもしっかりそれを抱えて、二人教室を出た。

「あーこれ家までめっちゃしんど」
「ちょっと置いて帰れば良かったな…」
「ほんま。どうせそのうち持って帰らんくなんのに」
「確かに………あっ!?」
「なっ、なに?」
「宮先輩!!!」
「え? あっ…ちょ、名前!?」

 さっちゃん越しに見えたのは、数時間前に出会った宮先輩で。この距離でも気付くって、私すごくない!? 私はさっちゃんがいることも重い荷物を持っていることも忘れて、一直線に先輩に向かって走り出す。え、てか先輩ジャージやん! あれバレー部の? かっこよ!

「宮先輩!」
「…うわ」
「うわって! うわって言いましたね今!? ひどい!」
「…自分ほんま喧しいな」
「今日は入学式しかなかったから元気なんです! 先輩は今から部活ですか?」
「…おん。さっきやっと体育館片付いて、もうすぐ」
「バレー部のジャージかっこいいですね! 中のユニフォームもかっこいい! めっちゃ先輩似合う!」
「…そおか?」
「はい! 世界一かっこいいです!!!」
「ふっふ」
「!」
「世界一って…大袈裟やなぁ」
「先輩が…笑った…!」

 ふっと不意打ちで柔らかくなった表情に、思わず見入ってしまった。ええ…先輩そんな顔出来んの…? 無理やねんけど…イケメンが過ぎんねんけど…
 なんて語彙力ゼロの感想は多分先輩にもダダ漏れになっとって、それには触れへんのが宮先輩らしい。

 でもすぐにその表情は元の無表情へと戻ってしもうて、ああ勿体ない…なんて思っていれば先輩は「ええの?」って言いながら私の後ろを指さした。

「え?」
「友達待たせてんちゃう」
「あっ! さっちゃん!」

 振り向けば、呆れた表情で、でもちゃんとさっきの場所で私を待ってくれているさっちゃんがいる。ああ、やってしもた! 何今日友達なったばっかりの子放置してるん私!
 せっかく先輩に会えたけど、…残念やけど、もうそろそろ戻って謝らないと。

「…ほな、俺もう行くわな」
「あ、はい! 部活頑張ってください!」
「…苗字ちゃんも、気ぃつけて帰りいや」
「! えっ、…なん、名前!」
「…自分が言うてたんやろ」

 先輩は、そう言い残してスタスタと行ってしまった。苗字ちゃん。そのフレーズが、頭の中で何回も再生されて…いや…ええ! 嘘! 先輩名前覚えてくれてはったんや!!
 それだけで今この場に崩れ落ちそうなくらい幸せで、涙が出そうなくらいに嬉しい。うそぉ…ほんま…?

 その後私はしばらくそっから動かれへんくって、痺れを切らしたさっちゃんが迎えに来てくれるまでそこで放心してた、そんな高校生活一日目。

ピピピッと陥落


21.01.16

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