宮治長編 I my darling!!

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 角名先輩と約束していた駅前から、場所を移して近くのカフェチェーン店。しっかり季節限定のパンプキンフラペチーノにホイップ増量、さらにキャラメルソースまで追加して一番大きなサイズを注文しはった治先輩と……ほんまは私だってそれが飲みたかったんにこの状況で先輩と同じハッピーなフラペチーノを飲む勇気はなくて、せめてもの甘いものでキャラメルラテを頼んだ私。
 でもキャラメルだけでも治先輩とお揃い! きゃっ! ……とか今は言うとる場合ちゃう!

 二人掛けの席で向かい合って、日曜の午前中に私服でこんなん普通やったらあり得んくらい喜んでいいこのシチュエーション……今だけはめっっっちゃ気まずい!!

 私たちの間には、ズコー、と治先輩がストローでフラペチーノを吸う音しかなくて、いやでもまずは私がもっかい謝らなあかんやろ……って口を開きかけた、のに。
 先手を打って治先輩が吐き出したんは、更に私の体感温度を一度も二度も下げる言葉。

「今日は友達と買い物行くんちゃうかったか?」
「あ、……」
「オフやけどなんかすんの、って俺、昨日聞いたやん」
「ハイ」
「苗字ちゃん、今日は友達と買い物行くんですー言うとったよなぁ?」
「……ハイ」
「友達って男やったん?」
「……イイエ」
「せやんな、俺それも聞いたもんな」
「…………ハイ」
「苗字ちゃんと角名って友達やったか?」
「…………イイエ」
「せやんなぁ。俺の記憶ではただの先輩後輩やったはずやもんなぁ。ただの」
「ヒッ……!」

 『ただの』と強調された言葉が持つ意味なんて、私には分からん。今確実に分かること……それは治先輩が怒ってはるということ!
 あかんあかんあかん、治先輩をこれ以上怒らせたらあかんっ! 最悪このまま嫌われて別れるなんてことになったら……嫌やーーー! そんなん嫌や! 違うんです治先輩そんなつもりじゃなかったんです!!

「ご、ごめんなさいっ!」

 私はただ、治先輩との誕生日デートを最高にハッピーでスペシャルなもんにしたくてっ!

「……なんで角名と約束しとったん」
「う゛……な、なんで治先輩は知ってはったんですか」
「なんで角名と約束しとったん」
「お、治先輩、」
「なぁ」
「うっ……」

 じろりと睨む治先輩は怖いけど、でも……そんな顔もめちゃくちゃカッコいい……! ああ〜〜もう治先輩ってば何してもカッコええねんからー!!
 ってあかん! 今はそんなこと言うとる場合ちゃうねんて私! 治先輩、怒ってはるねんて!!

 いつもの脱線しがちな思考をなんとか軌道修正して、真っ直ぐ治先輩に向き合う私。……無理、向き合うのはちょお無理かも!?
 なんやいつもと違うシチュエーションやから慣れんくて余計にドキドキしてもうて、私はなんとか治先輩……の斜め上、前髪の分け目あたりに視線を定める。

 うう〜〜分け目まで素敵、治先輩はどこ切り取っても素敵……じゃなくてえ!!!
 今考えなあかんのは治先輩にほんまのことを言うかどうか!! 正直に言うたら治先輩は許してくれはる……と思うけど、でもそれじゃあ私のサプライズ計画が失敗終わる。それだけは避けたい、でも、でもっ……!


 …………先輩い!

「治先輩のお誕生日デートのための予行練習のつもりでしたあああ……!」
「…………は? 俺の……なに?」
「あああああもう治先輩ずるいっ! そんなことされたら言っちゃうじゃないですか、サプライズ出来ないじゃないですかあああ!」
「苗字ちゃんの言うとること分からんねんけど」
「手! 手!」

 ふにふにふに……っていつの間にか机の上で私の手を摘んで遊んでる治先輩は so cute……!!!!!
 もう! かっこよくて素敵でそれでいて可愛いってなに!? 今日は更にいつもの倍その魅力がダダ漏れじゃないですか、なんでですか部活オフの日特売セールですか!?!?

 ぐるぐる考えて迷っとったんにまさかの治先輩からのボディータッチにあっけなくほんまのことを言うてしまった私は、治先輩の誕生日デートが楽しみなこと、でも私はちゃんとしたデートなんかしたことなくてなんも分からんスーパーデートビギナーなこと、それでも治先輩には最高に喜んでもらいたいこと、……全部を正直に話した。
 もうこれ以上隠しても無駄っていうか隠し切れる自信もなかったから。

 それを聞いた、治先輩は。ズコー。険しいお顔でパンプキンフラペチーノを口に含んで、……それから私を真っ直ぐに見つめる。

「苗字ちゃんも飲む?」
「え、……え?」
「これ飲みたい言うとったらん」
「お、覚えてはるんですか……」
「……別にそんぐらい覚えとる」
「でももうこれ、頼んじゃいましたし……」
「一口あげるやん」
「えっ」
「なん、いらんの?」
「え、いや……え? いいんですか?」
「おん。飲みいや、美味いで」
「え、そっ」
「代わりに苗字ちゃんのも一口ちょうだいや」
「えっ!?」
「あかんの? そんなん苗字ちゃんだけ、ずるいやん」
「ど、どうぞどうぞ……!」

 はい、と手渡されたフラペチーノ。私のものと交換して目の前にやって来たそれはもう半分以上なくなっとって、クリームとかソースの部分も崩れてもうてんのにまるで注文したてみたいにキラキラして見えるんはなんでやろ。
 ……治先輩の、やから? さっきまで治先輩が口を付けてたストローにどうしても目が言ってまうってなんか私、変態……!?

「飲まへんの?」
「え!? いや……飲みます!」
「おん」
「………………お、美味しい、です」
「せやろ、美味いやろ!?」
「はい……!」
「苗字ちゃんのも美味い! やっぱキャラメルは正解やわ」
「ですよねえ! キャラメルめちゃくちゃ美味しいですよねえ! そんでもってパンプキンとの相性も最高です!」

 ドキドキしながら咥えたストロー、吸ったパンプキン、口に広がったかぼちゃの甘みはなんか治先輩への気持ちみたい。
 さっきまで怖い顔してはった治先輩の表情がぱあーって明るくなって、そういえば治先輩、美味しいもん食べたり飲んだりしてはるときはこんな顔やった。この顔がめちゃくちゃ可愛いんやったー! って私も嬉しくなって。

 ふふって自然に溢れた笑みに、治先輩がすかさず「これでええねん」って言うたその言葉の意味は……?
私が首を傾げれば、治先輩がもう一回「これでええねん」って繰り返す。

「デートに正解なんかあらへんし、俺と苗字ちゃんのデートはこれでええやん」
「あっ……」
「……せやから角名にそういうこと聞かんといて」
「へ、え?」
「そういうんは、聞くんやったら俺に聞けばええ」

 そう言ってそっぽ向いた治先輩の耳が赤く染まってるんに気付いた私は、きゅうううんと胸が苦しくなる。

 え? 治先輩ってそんなに私のこと好きなん? とか、角名先輩に聞くのは間違ってたんやな、とか。頭はぐちゃぐちゃ、だってそんなん……前に侑先輩に「触んな」って言うてくれはった時よりももっとほんまに先輩がヤキモチ妬いてるみたいな……そんな風に、思っちゃうやん。

「き、聞いてええんですか……」
「むしろなんであかんねん」
「だって私、なんもわからんし、先輩に幻滅されるかも……」
「今更?」
「い、今更って酷いです!」
「だって苗字ちゃんがそんなん、今更やん」
「今更……」
「俺はそこも含めて苗字ちゃんのことが好、…………」
「す?」
「……」
「えっえっ今なんて言おうとしましたか先輩っ!」
「……なんも」
「なんもじゃないですー! 今! 絶対好きって言おうとしましたよね!! 言ってください! ほら!」
「あほか、ちゃうわ」
「ええーーー!?」

 治先輩、顔真っ赤……? って思った瞬間にぐりんって後ろ向かれるくらいにまた顔を逸らされて、私はその表情を見たいのに見られへんくてもどかしい。
 やだ、見せてください先輩。言うてください、先輩! って何度も何度もせがんで、せやけど先輩は「無理」「なんもない」ってばっかりで。

 あかんかぁ……って諦めて机に突っ伏した私にさっきまでの緊張はもうない。先輩とこんな風に喋ったりなんか飲んだりしてるだけで楽しい。やりとりがもう楽しい、むっちゃ幸せ。
 やから今日はもうこれ以上望んだらバチが当たるかも、って。思っとったのに。

「…………好きやで」
「え!?!?!!?!?!?!」
「うっさ……」
「今! 今なんて言いました、先輩!?」
「なんも」
「ううう嘘です! 絶対嘘です今はっきり聞こえましたからー!」
「ほな聞き返すな、アホ」
「ふ、不意打ちずるいです……!」

 私が見てへんときに限って、耳元で色気たっぷり治先輩ボイスが炸裂するから。
 そりゃあもう今飲んだキャラメル味よりももっともっと甘く、私を溶かしてしまうのです。


22.07.03.

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