宮治長編 I my darling!!

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「なぁ、キミ」
「へっ?」
「自分彼女おるんちゃうん? その腕にぶら下がっとるん、なに?」
「え、」
「学校ちゃうからって浮気? ようやんなぁ?」
「な、なに……」
「あんな可愛い子おんのにお前みたいなんが浮気すんの、ほんっま胸糞悪いんやけど?」
「ヒッ……!」

 侑先輩がさっちゃんの彼氏さんに絡んでるのを見た私とさっちゃんは一瞬顔を見合わせ、それから慌ててその場に駆け寄った。
 あああもう、侑先輩のアホ! 隠れてた意味ないじゃないですかー?! なんて、もしかしたら私の方が先にあそこにおった可能性があることも忘れて文句を言う。頭ん中だけやから許してください!

「侑先輩!」
「あぁ!?」
「な、なんでここ……」
「たっくん……」

 たっくんっていうのはきっと彼氏さんのことやろか。現れた私たち……主にさっちゃんを見て狼狽えるその表情は、やっぱりどう見ても浮気現場を押さえられて慌ててるようにしか見えへんかった。

 彼の腕を掴んでた侑先輩は私にも伝わるくらいビリビリと怒気を放っとって、さっちゃんの彼氏さん、もといたっくんさんは「痛っ……」って顔を歪める。

「侑先輩!」
「下がっとき、こんな最低な男と話すことなんかあらへん。俺が話つけたるわ」
「で、でも……」
「侑先輩、ぼ、暴力はダメですよ! 試合出れんくなります!」
「わかっとるわかっとる、こんなんのためにバレー捨てたりせえへん」
「な、なん、誰……」

 正直すぐにでも殴りかかるんちゃうかってヒヤヒヤした。
 手は出さへんって言うてはるけど、そんなん分からへんやん。治先輩とはよく取っ組み合いの喧嘩してはるし、血の気の多い侑先輩は何をするか予想出来ひんから。

 たっくんさんは顔面蒼白で、侑先輩、さっちゃん、それからもう一度侑先輩を見てブルブルとその身を震わせ始める。
 隣にいたたっくんさんの浮気相手(仮)もこの異様な空気に動揺して、そんでもたっくんさんの後ろに隠れるようにしながらこの場を去ったりはせんくて。

 その時さっちゃんがその子を見てぼろぼろとまた涙を零したのを、……私も侑先輩も見逃さへんかった。

「……言い訳すんなら聞いたるわ、言うてみろや」
「……だ、誰やねんお前……」
「あぁ? それ今関係ある?」
「あ、あるやろ! 離せや!」
「……じゃあそこの女、誰やねん。それ聞いたら離したる」
「は、それ、は……」
「お前あの子の彼氏ちゃうんか」

 侑先輩が顎でさっちゃんを指す。たっくんさんはそれに倣ってまたさっちゃんを見て――――「……そおです、けど」って。さっきまでの勢いはどこにいったんってくらいに静かに呟いた。

 ぐす、とさっちゃんが鼻を啜った。私は無意識にさっちゃんの手をギュッと握る。なんでこんな。こんなに可愛くて自慢の友達を泣かすんは誰?
 二人が今までどんな時間を過ごしてきて、どんな関係を築いてきたんかなんて知らんけど、彼女であるさっちゃんのことを大事にせえへんのは信じられへんくて。だって二人とも好き同士、やったんちゃうん。付き合うってそういうことちゃうん。

 最近治先輩と両想いになった私は好きって気持ちの尊さや、その気持ちを伝えることの大変さ、更にはお互いが同じ気持ちを持つことの難しさだって分かってるつもり。そんでそれを裏切ることがどれだけのことか……

「……学校ちゃうなったら会う時間減って、前みたいにずっと一緒におらんかったら他にもええ奴いっぱいおるやんって周り見えるようなって」
「は?」
「その、嫌いなったとかやなくて……他にもっと好きな奴が、出来て……」
「……それ、そこにおる女のこと?」
「…………はい」
「お前なぁっ……!」

 この人、何言ってるん。無理やとわかってても今の言葉をどうかさっちゃんが聞いてませんようにって願った。そうして私はさっちゃんと繋いでる手に力を込める。
 せやけどそんな願いも虚しく、さっちゃんはその手をゆっくりと解いて一歩前に足を踏み出した。

「……今の、ほんま?」
「……おん。ごめん」
「せやから別れたい、ってことで合ってる?」
「……………おん」
「……そっかぁ」

 ドクドクと嫌に響く心臓の音。ぐん、と上がる体温。私からさっちゃんの表情は見えへんくて、この地獄みたいな空気をただ見守るしか出来んくて。
 こっちから見えるたっくんさんとその浮気相手は気まずそうに、でもさっちゃんの言ったことに頷く。

 侑先輩の体が震える。さっちゃんが前に出たことで一度はたっくんさんを離したその手は今にももう一回掴みかかりそう。せやけど多分今はさっちゃんが話してるから、必死にそうせんよう耐えてはるんやって気付いた。

「ほんなら別れよ」
「エッ」
「えっ!」
「……ごめん、」
「ううん……私も気付かんで、……ごめんなぁ」

 なんで。なんでさっちゃんが謝らなあかんの!? なんも悪くないのに。
 そう言ったりたいのに、目の前のさっちゃんはたっくんさんにそう告げて、たっくんさんもそれに小さく頷いただけ。

 この前初めての彼氏ができたばっかの私にとって現実の別れの瞬間はまるでドラマのワンシーンみたいに、あっさりと過ぎてった。
 侑先輩がさっちゃんの手を取って、引き摺るように来た道を戻って行くから私は慌ててそれに着いてく。
 侑先輩とさっちゃんを止める人は、もうおらんかった。


* * *


 目に入ったカフェチェーン店に場所を移した私たちは多分みんな同じ気持ちやったと思う。

「すまん、俺がカッてなって出てったから……」
「いえ、……侑先輩がああしてくれはらへんかったら、私絶対逃げてました。そんで、絶対後悔してました」
「いやでも……」
「今はスッキリしてるんで! ほんま……ありがとうございます」
「……そう言ってもらえるんやったらええけど」
「はい! ……てか名前」
「うわ、なんで名前ちゃんが一番泣いとん」
「う、うぅ、さっちゃああん」
「名前ー……そんな泣かんでええからぁ……」

 ずび、と鼻を啜った私にさっちゃんがティッシュをくれて、私はそれにお礼を言うて鼻をかむ。侑先輩はそんな私を呆れた顔して見下ろしてるけど、でも私、納得いかないんです!

「あ、あんな奴、一発殴って欲しかったですぅ〜……」
「俺に今後バレーすんな言うとんか」
「そんぐらいムカついたって話ですよ……!」
「わかっとるけど、……」

 わかってる、私だってわかってます。さっちゃんはそんなこと望んでへんかった。それでも納得いかないんです!
 いつも私に優しくて、強くて、美人なさっちゃんがあんな風に傷付けられる理由が。

 恋って難しい。治先輩とおるときはあんなに幸せな気持ちになんのに、……今は自分のことでもないのにこんなに苦しい。大好きな友達には同じくらい幸せに笑ってて欲しい。さっき見たさっちゃんの泣き顔が頭から離れんくて、私はまたアホみたいにぼろぼろ泣くことしか出来んくて。

「ほら名前、泣きやんで。私大丈夫やから……」
「うぅ……」
「名前に話聞いてもらえて、むっちゃ心強かったし。ありがとう」
「さ、さっちゃ」
「侑先輩も、こんな関係ないのに巻き込んですみません……ありがとうございました」
「え? いや、別に俺は」
「『別に』じゃないじゃないですかぁ侑先輩ぃ……」
「名前ちゃん余計なこと言うなら黙って泣いとき?」
「ひど……」

 あれ? でもそういえば侑先輩はさっちゃんのためにここにおるんやったって。
 いま何故か私がさっちゃんに頭を撫でられとるけど、そのうちちょっとだけ冷静になって見上げた侑先輩は普段の好戦的な表情からは想像出来んくらいに優しい顔でさっちゃんを見てる。

 ……あれ? もしかしてこれ、今の私、お邪魔虫?

 侑先輩はかっこいいけど治先輩には負けるし、よく他の先輩方に人でなしとか言われとるし、でもたっくんさんよりは百万倍良い人やと自信を持って言える。

 これって、もしかしてもしかする? ドキドキとさっきとは違う胸の高鳴りに胸を押さえた。
 侑先輩は大好きなさっちゃんをお任せするにはちょっと思うところがあるけど……でも今日だけは譲って差し上げるべきかもしれん、って。

 そうと決まれば即行動! と私が勢い良く立ち上がると、今度は頭を撫でてくれてたさっちゃんが驚いた顔で私を見上げる。
 ぐし、と涙を拭って、私はさっちゃんと向かい合って。

「さっちゃん、私帰る……」
「え? あ、うん、ごめんなこんなことに付き合わせて……」
「ううん……さっちゃんは幸せになって……!」
「え?」
「侑先輩、色々アレやけどでもさっちゃんのこと幸せにしてくれはると思うから!」
「は!? ちょ、名前ちゃん何言うて、」
「それじゃ! 二人とも結婚式には呼んでくださいね! アデュー!」
「名前!?」

 やばい! 今私めっちゃ良いことしたんちゃう!? こんな時やけどさっちゃんと侑先輩、二人にとっての恋のキューピッドになれてもうたんちゃう!?

 勢い良く店を飛び出し、この嬉しさを誰かに聞いて欲しくてスカートのポケットから取り出したスマホを片手に、なんの躊躇いもなく治先輩への通話ボタンを押す。
 今、無性に治先輩の声が聞きたい。

 はやる気持ちを抑えて耳元に持ってきた機械からは軽快な呼び出し音。治先輩。治先輩っ!

「……苗字ちゃん?」
「あ、治先輩!」
「……いや後ろ、後ろ」
「へ……?」

 一番大好きな人が私の名前を呼んで、嬉しくて私もその名前を呼んだらその声は二重に私の耳に届く。
 振り向いたその先には今会いたくて会いたくて仕方なかった治先輩が、「なにしとん」って控えめに笑って私を見下ろしとった。


泣いても嗤ってもあした



22.03.24.

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