宮治長編 I my darling!!

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「えっ! う、ううう浮気!?」
「ちょ、っと……! 声おっきい、名前!」
「ご、ごめん……」
「……まだ確定じゃないねんけど、」
「え、で、でも……え? うそ……」
「……昨日共通の友達が見たって」

 教室の端っこで女子がコソコソと話すその光景自体は、別に何も珍しくない。だけど私は内緒話というのいうものがほんのちょっと苦手で、その声の大きさをさっちゃんに咎められ慌てて手のひらで口元を押さえた。

 でも、さっちゃんから聞いたことが私にとっては大きな衝撃で。
 美人で優しくて明るくてしっかり者、さっちゃんは自慢の友達だ。私にはないものを沢山持っとって、そのハイスペックさを羨んだことも少なくはない。

 そんなさっちゃんには中学の頃から付き合ってるらしい他校の彼氏さんがいてはる、それは出会ったばっかの春に聞いた話やった。
 ご本人に会ったことはないけど、いつ聞いてもさっちゃんとその彼氏さんは順調そうで、治先輩に片想いし続けてた私にとっては憧れで……そんな彼氏さんが浮気してるかもしれんって。さっちゃんは今まで見たことがない、ちょっと泣きそうな顔で私に教えてくれた。

「そ、その人の見間違いとか……」
「……でもむっちゃ近くで見たって。絶対私の彼氏やったって」
「そんな……」
「……どないしよう」
「……」

 大好きなさっちゃんが落ち込んでるんなんて初めてで、なんとかして元気付けたいのに恋愛経験が乏しい私に気の利いた言葉なんかかけられるわけがない。そもそも私には治先輩という初めての彼氏が出来たばっかで、まだ右も左もわからへんのに。

 勿論さっちゃんだってそんなことは分かっとって、それからすぐに「こんなん言われても困るよなぁ、ごめん」って悲しそうに笑った。
 うっ……なんで! こんっっなにさっちゃんは可愛いのに! 聞いてるとなんだか私の方が悔しくなって、それから沸々と怒りが込み上がってくる。浮気なんて考えられへんのですけど、彼氏さん!?

「で、でもほんまか分からんよ! まだ、!」
「うん……」
「大丈夫! 誤解やって! 彼氏さんだってさっちゃんのこと絶対大好きなはずやもん!」
「……」
「じゃあ私がさっちゃんの彼氏さん、尾行する!」
「……え?」
「さっちゃんが不安じゃなくなるように、彼氏さんになんにもないってこと証明する!」
「そんなんどうやって……」
「今日オフやから! 私に任せて!!」

 今まで散々相談に乗ってくれたさっちゃんの助けになりたい。そんな思いでギュッて握り拳を作った私。
 ぽかん、とそんな私を見つめたさっちゃんは、それから吹き出して笑い出した。笑われるとは思ってへんかったけど、でも、さっちゃんはやっぱり笑ってる方が良いよ! 絶対その方が良い!

「ありがとう、名前」

 そう言ったさっちゃんは、漸くいつもの綺麗な笑顔を見せてくれた。


* * *


「……で、なんで侑先輩までおるんですか……!」
「名前ちゃんはもう妹も同然やろ? 妹の友達に困ったことがあったらお兄ちゃんが助けたらなあかんやん!」
「お、お兄ちゃん!? ……あ! もしかして侑先輩、まださっちゃんのこと諦めてないんですか!?」
「ちょお! 黙れやそれは言わん約束やろ!」
「そんな約束してません!」
「名前ちゃんはちょっと空気読んで!?」
「私は本気でさっちゃんと彼氏さんの幸せを願ってるんです、侑先輩みたいな不純な動機で手伝われるんは困るんですー!」
「フ、フジュンってなんやちゃんと健全な気持ちでここおるわ!」
「逆に健全な気持ちってなんですか!」

 昼休みに話しとった尾行を決行するべく、来たる放課後。校門前には私、さっちゃん、それから何故か侑先輩。
 さっちゃんからちょっと離れた位置で言い合うのは流石に小声、私だってそれくらいの配慮は出来る。でも侑先輩、前にさっちゃん紹介してって言うてはったもん! 絶対まだ狙ってる……!

 ていうか私は来てくれるなら治先輩が良かったのに!なんで侑先輩!?

「サムは今日おかんの買い物の荷物持ちやで、もう帰ったわ」

 おさむせんぱーーーーーい!!!

 悲しいお知らせを聞いて膝から崩れ落ちた私に影が差して見上げれば、いつの間にかちょっとだけ気まずそうなさっちゃん。

「なぁなんで侑先輩いはるん……?」
「どうもー、俺のこと知ってくれとんの?」
「え!? あ、はい、そりゃ……先輩有名人ですし……」
「えーそうなん? なんや照れるなぁ〜」
「……私んときは俺のこと知らんとか有り得へんって言うてはったのに」
「いつも名前がお世話になってます」
「いやいやこちらこそ! 名前ちゃんからよう話聞いとるよ!」
「私さっちゃんのこと侑先輩に話したことないですよね?」
「ちょお黙って名前ちゃん?」

 あ、侑先輩必死! 嫌やこんな侑先輩……!

「困ってるんやろ? ここは先輩に任しとき!」
「はぁ……」
「…………」

 と、そんなこんなで何故か侑先輩も加わった三人でさっちゃんの彼氏さんを尾行することになった私たち。
 あまり言い合ってる時間はないし、と急いで移動を開始した。


* * *


「あの人? さっちゃんの彼氏さん」
「うん……」
「ほーん……なんやチャラそうな男やなぁ」
「侑先輩の方がチャラそうです」
「はぁ? 名前ちゃんの目は節穴か? こんっな誠実そうな男他におらんやろ」
「治先輩の方が誠実やと思います」
「ふ、二人とも静かに……」

 稲荷崎からもすぐ近くの公立高校、こっそり影に隠れて様子を窺ってると暫くして現れたさっちゃんの彼氏さん。
 侑先輩はチャラそうとか言うたけど全っ然そんなことなくて、背は高くて軽くセットされた黒髪も着崩されてるわけでもないのにおしゃれに見える制服も何もかも嫌味ではなくて……なにあれ、モデルさん?

 流石さっちゃんの彼氏さん、爽やかイケメンやん! めっちゃお似合いやん!
 「俺の方が背高いしイケメンやし……」って呟いてる侑先輩を無視して、私はさっちゃんに「かっこいいね!」って興奮気味。
 勿論私は治先輩の方が好きやけど! でも治先輩とはまた違ったかっこよさがあるのは認めざるを得ない。

「ていうかほら! やっぱ一人や……ん?」
「……うわ」
「…………」

 一人で出てきた、かと思えば後ろから追いかけてきた女の子が彼氏さんの背中に張り付き、彼氏さんは嫌がるそぶりもなく振り返って笑ってる。

「……早速クロやん」
「いや……いや! まだ分からん、よ……」

 デリカシーのない侑先輩の言葉をフォローしようとするも、そのまま流れるように二人は手を繋いで、……その姿はどっからどう見てもカップルにしか見えへんくて。
 ……尾行するまでもなくこれは……って、言葉には出来ひんかった。隣のさっちゃんを見上げると、その表情は悲痛に歪んでて私まで泣きそうになる。

「さ、さっちゃん!」
「あはは……やっぱ間違いじゃなかったんや……」
「いやいやいや! ご、ご兄妹とかかもしれへんし!?」
「……彼氏一人っ子やもん」
「えっと、従兄妹とか!?」
「……ごめん、」
「あっ、」

 さっちゃんのその目からぽろりと落ちた涙は、あまりにも儚くて悲しかった。何回でも言う。こんなさっちゃん、見たことない。美人で優しくて明るくてしっかり者、私の自慢の友達を泣かせるなんて。

 私は急激に体温が上がって、頭に血が昇っていくのがわかる。

「……ちょっと私行ってくる」
「……え?」
「ガツンと言ってきたる!」
「や……いやいやいや待って、そんなんええって」
「でもなんか言ったらな気済まへんもん!」
「名前……」
「さっちゃんはここで待ってて!」
「……侑先輩は?」
「へ?」

 今にもさっちゃんの彼氏さん改めて最低浮気野郎の元にカチコミに行く勢いだった私は、さっちゃんのその言葉にふと踏み出した足を止めた。

 侑先輩?

「え、どこ行きはったん!?」
「一瞬目離した隙に……」
「え、あ、ちょっと待って……侑先輩!」
「えっ……!?」

 きょろりと視線を滑らした、その先。私より遥かに足が長くて気の短い侑先輩は、既に最低浮気野郎と対峙していたのだった。だからなんで?


カルシウムは足りてます



21.12.13.

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