宮治長編 I my darling!!

/ / / /


 治先輩とお付き合いすることになった次の日、なんかまだお付き合いとか全然実感湧かんし治先輩にどんな顔で会えばええやろ!? でもはよ会いたい! 会って、あわよくば昨日みたいに笑いかけてもらいたい! なんて煩悩と緊張に包まれて迎えた朝。
 いつも通りジャージに着替えて体育館に入ると既にアップを始めとった治先輩と目が合って、「!」蘇るんは昨日の記憶のやった。

 意識せずとも真っ赤に染め上がっていく頬に治先輩のじとりとした視線はなんか割といつもと一緒!? でもそんなところも結局好きで、格好良くて、結局惚れた方が負け、私が治先輩に頭が上がらへんのはしゃーないんですけどね! ……とめげずに私も自分の仕事に取り掛かろうとしたところで、今度は侑先輩と目が合って。

「おはよーさん、名前ちゃん」
「おはようございます侑先輩!」
「なんや顔赤いで? 大丈夫?」
「だ、大丈夫です! ちょっと素敵なお顔が視界に入ってしまって……」
「うげ、なんそれ……サムのこと?」
「そうです! 今日も朝から大好きな治先輩と目が合っちゃいまして!」
「まだそんなんで照れとん? そんなんじゃ……あ? サムもサムでなんちゅー顔しとん」
「、は?」
「タコみたいに真っ赤やで」
「治先輩!?」

 侑先輩に指摘され振り向いた治先輩に、びっくり、確かにその顔はきっと今の私に負けず劣らず真っ赤に染め上がっているじゃないか。
 思わず珍しい治先輩のその表情を見つめると、それに気付いた治先輩は「あああもうなんやねん! こっち見んなや!」とか大きな声をあげるから今度は角名先輩と銀島先輩も集まってきはって。

 あ、ちょっと向こうの方で北先輩、こっち見てる。怒られへんかな……ってヒヤヒヤしてるけど、でも正直今のこの治先輩は見逃されへんっていうか。
 付き合い出して、治先輩の彼女になって、初めての朝。ちょっとだけいつもより甘酸っぱい空気に胸のトキメキが止まらへん。

 そんな私の高鳴る心臓に、銀島先輩からの「やっぱ付き合い出したらちゃうなあ!」なんて……ここで爆弾を落とされるのは、流石に予想外やった。

「え?」

 シン、と静まり返る体育館。冗談でもなんでもない、さっきまで向こうで話しとった北先輩と大耳先輩も含めて先輩ら、同級生、皆が銀島先輩の言葉に反応しこっちに視線を刺してきてる。
 「え……」そんな中、もう一度、まるで呻き声のような侑先輩の声だけがくっきりと響いて……そして、

「ええええええええ!?!」

 大きく反響したそれに、ここからでも北先輩が「お前らいい加減に……」と呟いたのが聞こえた。

「え、なん、え!? 付き合い出したらって何!? え!? まさかお前ら付き合い出したん!?」
「……は、はい……」
「サム! お前昨日そんなん何も言うてへんかったやんけ!」
「……なんで一々言わなあかんねん」
「おっま……忘れもん取りに行くんちゃうかったんかい!ていうか銀は何で知っとん!? え!? もしかして角名も!? 俺だけ仲間外れ!?」
「あ、あは……」

 先輩ら御三方はみんな侑先輩から目を逸らすから、侑先輩は残った私を問いただすように肩を揺する。がくん、がくん。朝からハードなくらいシャッフルされる脳と共に、私は苦笑いを返すしかできひんくて。

「なぁ!? なんで俺だけ仲間外れにすんの!? なんで!?」
「ツムうっさ」
「そ、そんなつもりじゃ……」
「俺名前ちゃんのためにぎょーさん協力もしたったやん! なぁ!」
「わっ、わわ、侑先ぱ、」
「……オイ」
「なんっやねん!」
「触んな」
「……は?」
「触んな」
「……」
「……」

 ピシャリと言い放った治先輩の言葉は、朝練中やとは思われへんくらい静まり返ったこの空間に大きく響いた。私の肩を掴んでがっくんがっくんと揺さぶっとった侑先輩の手を引っ掴み、真っ直ぐに睨んでる治先輩。やけど当人である私と侑先輩はそんな治先輩をただぽかんと見つめて、そんで訪れる沈黙。朝の体育館。何回も言うけど朝練の真っ最中やとは思われへん、今の時間。
 い、今……なんて言いました? って。思ったのはきっと私だけじゃない。

「……なんやねん」
「いや……サムお前、……」
「治先輩っ…………!」
「!?」

 侑先輩の言葉より先に、私は我慢できずに治先輩の胸に飛び込んだ。それはもう勢い良く!
 ドン、とその広い胸板に鼻をぶつけてちょっぴり痛いけどそんなんは気にならん。それよりもあかん! 治先輩! あかんって!

「なん、っやねん! 危な!」
「え、治先輩……優し……!」
「はぁ?」
「前やったら鬱陶しいってすぐ追い払われてました!」
「、そんなこと」
「あるやろ」
「……クソツムは黙っとけや」
「あぁん!?」
「ちょっ、喧嘩しないでくださいよー!」

 また胸ぐらを掴み喧嘩になりそうな治先輩と侑先輩の間に入るも、私のにこにこ、いや、にやにや顔は止まらない。だって! だって! 治先輩さっきの、絶対ちょっと侑先輩にヤキモチ妬いたじゃないですか! もう! 言うって分かっとったら録音しとったのに不意打ちはずるいですよ!

 「触るな」って! それって「俺の苗字ちゃんに」ってことでしょう!? きゃーーーそんなんだめですって朝から刺激が強すぎる!
 そんな私の考えてることなんかお見通し、とでも言うんやろうか。治先輩ははぁって呆れたように息をつくけどその顔はまたかっこええし〜! うううキュンが止まらないです! キュン!

 更ににやける顔を必死に元に戻そうと頬に手をやるも、私のそこは主人の意思を無視してどんどんと蕩けてしまうみたいだった。

 はぁあ早くいつもの顔に戻らんと。朝練中やのに! なんて、とっくにそんな空気をぶち壊してることを一瞬忘れる私。
 侑先輩には治先輩が言いはるかなって思ったけど冷静に考えてみたらそんなわけないか……だって治先輩やし。昨日の今日やし秘密にしとったわけじゃないけど、夏祭りの時とかもあんなに色々してくれはったのに確かに侑先輩だけ知らんのは悪いことしたかも……なんて。少しだけ心の中で反省する。

「それが反省しとる顔かい!」
「エッ! なんで!」
「全部声出とんねん名前ちゃん!」
「えええすんません! ごめんなさい! 申し訳ありません!」
「あーあ! ショックやなぁ〜!」

 指摘された顔とは今のにやけた顔のことだろう。だって治先輩が! 治先輩がー! ってまた騒ぐと「うるさいで、はよ練習し」
 「ヒッ」……いつの間に後ろに回り込まれとったんか、北先輩に睨まれてしもうた。
 途端に皆一斉に散り散りになって、またいつもの風景が戻ってくる。

「あ……」
「治と苗字も。練習とそれ以外と、ちゃんとケジメはつけなあかんで」
「は、はい!」
「……はい」

 これは何で俺がって思ってはるな、治先輩。静かにそれだけ告げて戻っていく北先輩を確認し、私はちらりと治先輩を見上げる。ばちん。絡み合った視線。

「あ、……」
「……なんやねん」
「んふふ」
「きっしょ」
「えぇ、ひどい治先輩。さっきの触んなってやつもう一回やってくださいよぅ」
「触んな」
「今じゃないです!」

 む、と唇を突き出したら治先輩は少しだけ笑って、「嘘や」って。……だからそれずるいですって、先輩。
 今北先輩に注意されたとこやのに、朝練中やのに、どくんどくんと高鳴る胸はうるさい。あんなに見たかったその表情やけど、嬉しいけど、それは今じゃないんですってば。

「……また北先輩に怒られてちゃいます」
「それはあかんなぁ」

 じわじわと熱が上がる頬を隠すように俯くと、ぽん、と頭に大きな手が乗って、またすぐに離れていく。

「サムーー! はよ来いや! いつまでいちゃついとんねん!」
「うっさい今行くて!」

 顔を上げた時、もうそこに治先輩はおらへんくて体育館の端の方に背中だけが見える。せやのに私はもうしばらく、この場から動かれへんかった。


あの子の心臓窃盗罪



21.11.02.

- ナノ -