宮治長編 I my darling!!

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 どれくらい経ったやろ。一分も経ってへんかもしれへんし、十分くらいこうしてる気もする。
 治先輩も私もお互いに無言で、近くの草むらから聞こえる虫の鳴き声と治先輩の息遣いだけが耳に入ってくる。触れてるところから治先輩の熱が伝わって、熱くて……こんなんどうしたらええの。

「治先輩……」

 もうドキドキしすぎて死んでまう。こんなん無理やって! パニックになって頭が真っ白で、絞り出した声はカッスカスに掠れとった。

「…………ん?」
「わ、私、今日占い最下位やったんですけど」
「は? なに?」
「これ、……夢やったらどないしよ? え? 夢ちゃいますよね?ドッキリとかちゃいますよね!?」
「……今?」

 ゆっくり身体を離した治先輩は、呆れたようにため息を吐いて私を覗き込む。それから「ほんま苗字ちゃん、訳分からんわ」って言いながら笑った。わ、わ、笑ってはる……!
 柔らかいその表情が好き、しゃーないなぁって顔で、でも優しくて、治先輩のそのお顔がカッコ良すぎてぶわわって鳥肌が立つ。ていうかむっちゃ近い! あ、あかん、息かかるっ! 止めな! 私なんかの息、治先輩にかかったらあかん!

「……なんちゅー顔してんねん」
「…………っ」
「え、なんで息止めとるん」
「治先輩に息かかったらあかんと思て……あっ!喋ってもうた!」
「……意味わからん」

 治先輩は私のこと意味分からんってよう言いはるけど、私だって分かってないんです。だってこんな状況知らんもん。なったことない、経験したことない、どうしたらええかも分からんねんもん!

「先輩が……」
「俺が?」
「か、かか、かっこよすぎて……私死にそう、です……」
「……ほぉん」
「どうしたらええですか……?」
「ふはっ……どうもせんでええんちゃう?」

 って。笑った先輩はゆっくり私におでこをくっつけて……触れたとこから伝わる熱に、ドキドキは限界を越えとる。これ以上ない距離で視線が絡んで、それからゆっくり目を閉じ…………れるわけないやん!?!!?

「せ、先輩、」
「……目ぇ閉じ欲しいねんけど」
「む、むむむ無理です」
「……なんで」

 む、と口をへの字に曲げとっても治先輩はかっこいい、……を通り越して可愛い。至近距離なんは変わらん、この距離が恥ずかしすぎていっそ目は閉じた方が私の寿命的にええのんは分かってる、けど。でも。

「ちゅう、するんですか?」
「……ムードぶち壊すやん」
「だ、って、そんな、」
「するって言うたらなに?」
「や、無理、無理です、」
「は?」
「や、ちがっ! 嫌なんじゃなくて、わ、私、したことないし、絶対上手くできないです」
「ええよ別に、俺が教えたる」
「ヒィッ……!? 教え……や、でも、! は、恥ずかし、です」
「……ほんっま変なとこで強情やなぁ」

 治先輩は呆れるように笑って、くっつけていたおでこを離した。私と先輩の間に少しだけ距離があいて、ちょっとだけホッとする。
 うう、ちゅーしたい! 治先輩とちゅー! 未知の世界! けど今の私じゃそれに至るレベルには達してへんていうか、それにそもそも今日はもうキャパオーバーっていうか、

「っ、」

 一瞬やった。触れた、というか掠った、というか。治先輩が私の頬に手を添えて、それから唇を奪っていった。え、や、……え? 夢?????
 すぐに離れた治先輩は、私をジッと見つめてそれから、

「ふっ、」
「!?」

 って。あかん。あかんって先輩、そんなん反則やん。反則負け、そんなんあかん。つま先から頭のてっぺんまで一気に熱が上がって、こんなん死んじゃうって。
 私を見つめたまま色気たっぷりに笑った治先輩は、してやったりって顔で「騙されとんねん」って。

 騙された。騙されましたよ私。一瞬許されたと思ったのにそんなことなかった。私の初ちゅーは想像してた何倍も何百倍も柔らかい治先輩の唇が不意打ちで奪ってって、そんでもって先輩はそんな表情するなんて。

「あかん、足りへん」
「へ、え!?」
「もう一回」
「お、おさ、」
「口閉じい」
「っ、」

 一回したからなんか今度は遠慮なく、すぐに二度目のちゅーが降ってくる。さっきと違ってギュッと目を瞑る私に、治先輩がまた息を漏らしたのが分かった。触れて、離れて、くっついて、また離れて。
 目閉じとったから分からんけど、でも多分、今の私が間違いなく世界で一番幸せやと思う。唇から伝わる熱に、感触に、全部に感動して……危うくそのまま鼻血を出して倒れるとこやった。


* * *


「お、帰ってきた」
「ほんとだ」
「! 角名先輩、銀島先輩! なんで……」
「苗字ちゃん荷物置いてったやろ」
「あ! す、すみません……!」
「……その様子だとうまくいったの?」
「はい!」
「…………」
「おー! おめでとう二人とも!」

 治先輩とさっきの場所まで戻ると、部室棟の影に隠れるようにして角名先輩と銀島先輩が座っとった。ていうか私のバッグを!? あぁあ最悪私なんちゅーこと先輩方にやらしてんの!? 荷物番なんて!
 ヘコヘコと頭を下げる私にええよええよってバッグを手渡してくれはる銀島先輩……うう……めっちゃ良い人……いや知ってたけども! 銀島先輩も角名先輩も良い人! 良い先輩! ここにおらん侑先輩もみーんな先輩!

 並んで戻ってきた治先輩と私を見て目敏く関係の変化に気付いた角名先輩は、ほんま流石。それに銀島先輩が嬉しそうに拍手してくれはる。
 お祝いされるのが素直に嬉しくて照れ照れと頬を緩ませたら、「い、っ?」隣からにゅって手が伸びてきて容赦なく摘み上げられた。

「やめえその顔」
「い、いひゃいっ! いひゃいれふおはふへんはい!」
「うわー」
「や、やめたりや治……」
「いきなり見せつけてくるじゃん」

 すぐに離されたけどジンジンと痛む頬を摩って治先輩を見上げればすっっっごい不機嫌なお顔! え、なんで!? 私いまなんかしました!?

「お、治先輩……?」
「照れ隠しだって」
「おい角名、どつくで」
「大体最初っからバレバレなんだよ。普段人には優しくとか言ってるくせに苗字ちゃんにだけは塩対応だったのも、どうせ照れてたからでしょ」
「はぁ!? 角名おま、誰がやねん!」
「え!? そうなんですか治先輩!? ええ!? じゃあ私たち最初っから両想い!?」
「ほんっま……調子乗んなや!?」
「あ、逃げた」
「治せんぱーい! ちょお、待ってくださいー!」
「やば、俺らも行かなきゃ見つかったら怒られる」
「門まだ開いてるかなぁ?」

 ドキドキ、ドキドキ。角名先輩が言ったことがほんまやったら、治先輩も? 最初っから私のこと?
 勿論そうちゃうくても好きになってくれはったんは嬉しいけど、もし最初っからやったら嬉しすぎて泣いちゃう。

 逃げてく治先輩を追いかけて、その後ろを角名先輩と銀島先輩が付いてくる。運良く守衛さんにも先生にも見つかることなく学校を出た私達は、「それじゃあ治、苗字ちゃんと一緒に帰ってあげなよ」なんて角名先輩の有り難すぎるお言葉で解散した。

「言われんでも帰るわ!」
「ほんじゃあ苗字ちゃん、また明日なぁ!」
「はい! 角名先輩、銀島先輩……ほんとにほんとにありがとうございました!」
「お疲れー」

 角名先輩と銀島先輩を見送って、私は治先輩と並んで歩き始める。治先輩が私の隣を歩いてる。どうしよ、夢ちゃう? なんて今日何度目かの確認、自分でほっぺを摘んでみるけどやっぱり痛い。ていうかさっき治先輩に摘まれたとこ、まだ痛いし。
 夢ちゃうんや。ほんまにほんま。私、治先輩の彼女?って。何回繰り返してもやっぱり疑ってしまう。

「……いつまでそんな顔しとん」
「お、治先輩、」
「苗字ちゃんが静かやとなんか調子狂うわ」
「う、だ、だって……」
「……安心しい、もう何もせえへんから」
「っ、」
「今日はな」
「!」

 にやり。片割れの侑先輩とそっくりのその表情は、せやけどやっぱりどっか違う、私の好きになった人。
 どうしちゃったんですか、治先輩。今まではこんな感じ、ちゃうかったやないですか。そんなん私の方が調子狂っちゃいますよ。

「ほら、行くで」
「あ、待ってください!」

 そうやって言うけど、私の歩幅に合わせてくれはる治先輩にまたまたきゅん。
 今までだって治先輩のことが大好きで大好きで仕方なかったのに、これってもしかしてまだまだもっと好きにさせはるつもりやろか。なんて。

 私は自分の心臓の強度に不安を覚えながらも、ふわふわとする頭で治先輩の名前をまた呼ぶのだ。何回でも。

「治先輩!」


愛の魔物をてなずけたい



21.10.05.

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