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「あ、苗字ちゃん!?」
「お、治先輩、?」
「わーやっぱり! 苗字ちゃんやん!」
「あ……」
「久しぶりやなぁ! え、元気しとった!?」
一瞬期待した。今周りで私のことを苗字ちゃんって呼ぶんってバレー部の先輩しかおらへんから、聞こえてきたその呼び名にもしかして治先輩!? って。考えるより先に口を出てもうた名前は多分自分がそんだけ心細かった証拠。
勢いよく振り向いた先には治先輩やなくて……中学ん時の先輩。分かりやすく萎んでいくテンションは嘘をつかんくて、それでも今この状況で見知った顔に会えるのにはちょっとだけホッとした。
「せ……先輩も元気ですか?」
「俺? 元気元気! ほらあそこ、中学ん時の奴らと来てんねん! 苗字ちゃんは?」
「あー……私も部活の先輩らと……」
「そうなん? え、どこおるん?」
「えっ……あ、えと、……」
「? もしかして迷子?」
「ちゃ、ちゃいます! ちゃいますちゃいます!」
「ふーん?」
「……ちゃいますよ?」
「ぶはっ! 苗字ちゃん、相っ変わらずやなぁ」
「う゛っ……笑わんといてくださいぃぃ」
強がりたかった意思に反してちっちゃくなっていく言葉尻。すぐバレた!
中学ん時よく可愛がってくれた先輩は私にとってお兄ちゃんみたいな存在で、懐かしいこの感じに一気に甘えたくなってまう。治先輩おらへんし。治先輩だけやない、侑先輩も角名先輩も銀島先輩も、みぃんなおらへん。
せっかく楽しくみんなでお祭りや思ったのに。治先輩とデートやったのに。こんな可愛く、してもうたのに。このまま会えんで終わっちゃったらどうしよぉ……?
考えれば考えるほど心細いんが一気に来て涙がじわりと滲んでいく。あかん! 治先輩に会いたい!
「おわっ?! だ、大丈夫やって! 一緒に探したるやん、な?」
「うぅ……おさむせんぱい……」
「オサム? 先輩の名前? 男?」
「はい、今おるバレー部の……」
「苗字ちゃん!」
「へ、」
「おっ?」
急にぐいって強めに腕を引っ張られて、後ろによろけた。え、こける! 一瞬血の気が引いたけどすぐに背中に当たる温もり、一瞬だけスローモーションみたいに感じて振り返ればそこには今度こそ探し求めとった治先輩の姿。
はぁ、はぁ、って息を切らした治先輩は、もしかして走ってきてくれはった……?
「治先輩!」
「……何しとん。はぐれたらあかんやん」
「……す、すみませ、」
怒っとると思った。ピリリとした空気を纏った治先輩はいつもと同じ無表情やけど、それやのにビクッて肩が跳ねたんは本能か。
「横見たらおらんなっとるし、全然見つからへんし……ツムらも今探しとんで」
「えっ!? それはほんまにすみません!!」
「はぁ……ほんでお兄さん、誰?」
「え? あ、もしかしてオサムセンパイ? 良かった、見つかったやん!」
「あ、は、はい! すみません、ありがとうございます!」
「は?」
「じゃあまたな、苗字ちゃん」
「はい! 先輩も楽しんでくださいね!」
手を振って去っていく先輩に私も全力で手を振る。先輩のお陰で元気出たし! 久しぶりに会えたんも嬉しかったし、ちょびっとしか喋れんかったんは残念かも!? なんて治先輩が見つかった途端楽天的な思考に頭は染まる。
そしたら治先輩がその腕ごとガシッと掴んで、そのままするすると滑った思うと指が絡め取られた。
「えっ!?」
見上げた治先輩はむっと口を尖らせ、え、なん、え? 可愛いですね? ……なんて言える雰囲気ではないけど。ぱちぱちとそのまま瞬きを繰り返しとると、治先輩が不満気な表情で私を睨む。
すり……絡められた治先輩の親指が私の手の甲を撫でて、ぞわりと身体が震えた。
「……何あいつ」
「え? あ、今のは中学の先輩です!」
「ほぉん?」
「え? ほんまですよ? 先輩の方が卒業して一年以上以来会ってなかったんですけど、久しぶりに会ったんです!」
「……ふぅん」
「?」
「…………」
「……治先、輩?」
「……はよ行くで」
「あ、は、はい!」
今の何? それにこのまま……?
繋がれた手はしっかりと握り込まれて、私のか治先輩のかはたまたどっちもなんか、熱すぎるくらいの体温が溶け合っとる。
ドキドキドキ、って今更ながらに暴れ出す心臓は喧騒に紛れてきっと聞こえへんけど、でも私の耳にははっきり聞こえてしまっとるから落ち着かへんし。
手、繋いどる……私今、治先輩と手繋いどる……!
嬉しくってでも恥ずかしくって、なんかいっつもみたいにきゃーきゃーすることすらできへんのは……さっきから治先輩の様子がおかしいから?
いつもより更に口数が少ない治先輩はずっと無言で私の少し前を歩いた。私はそれに引っ張られるみたいにしてついていくけど、治先輩のなっがーい足による歩幅は私にとっては大きすぎて、加えて今日は慣れない草履やし、指の間がジンジン痛んでくる。
うぅ、……痛い。でも我慢! 今なんか言うたら治先輩、手離してまうかもしらへんし!!!
そう思って我慢しとっても、足の方は我慢の限界やったんかもつれて転けそうになって。
「わっ!」
「うわっ!?」
……うそやんほんまにやってもうた……! 今日何回こけそうなるん?!
草履が脱げかけてそれに気を取られた瞬間に躓くなんて最悪のコンボを決めた私は、治先輩の方に倒れ込む。うひゃっ、ちょお、待って!! 治先輩が! 治先輩が近い!!!
さすが治先輩、しっかりと受け止めてくれはったけど! なんか手が! 手が腰回ってる! 先輩それはえっちです!!!
「せ、先輩、」
「っ、」
「え……先輩?」
「……なん」
「な、なんでそっち向くんですか!」
「……あっちの箸巻きが美味そうやなぁって」
「今ですか!?」
「あぁもううっさいねん! ほら! 足痛いんやったら早よ言えや、そんな足で歩いとったら危ないやん!」
「す、すみません……?」
「ちょ、ちょっと休んでくで!」
「え、でも」
「ほらあそこ、座れそうやあそこにしよ!」
「治先輩?」
頑なにこっち見てくれへん治先輩、ほんまどないしはったん?
名前を呼んでも手を引っ張って見てもやっぱり顔ごと向こう向いたままで、せやのにその手はやっぱりギュッて握られとる。
治先輩が言うてはったとこ座らされて、治先輩もその横に座って。
「…………」
「…………」
なんも喋らへん治先輩に、やっぱり私もまた口を閉ざした。
どこからともなく聞こえる太鼓と笛の音とか、そこら中に溢れてる浴衣やお面を身につけた人達、どこを歩いとっても香る美味しそうな匂い。全部が合わさったそれが非日常を感じさせて、気分を高揚させとるんは……私だけやないんやろか。
ちょっとだけ緊張してまうんは、数時間前みたいに治先輩カッコいい好きって茶化されへんのは……いつもと違うから、それだけなんやろか。
「あ」
「?」
ふと、治先輩が逆側の手でスマホをいじる。メッセージを受信したんかそれを読んだ治先輩は、はぁって短くため息を吐いてようやっとこっちを向いてくれた。
「……アイツら帰るって」
「え?」
「苗字ちゃん見つけたって言うたけど、……もう食いたいもん食ったから、帰るって」
「あ、そ、そうなんですか……」
「せやからもし苗字ちゃんが嫌ちゃうんやったら、」
「はい、」
「……このまま二人でまわろか?」
「え?」
…………治先輩も、ちょっとは私とおんなじ気持ちになってくれたりしてへんやろか。やっと合った視線にどくん、って大きく胸が跳ねた。
夏の薄片をさがしに
21.08.19.