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既に誰もおらんくなった部室でヘアアイロンをあっためてる間、角名先輩が後ろで私の髪を梳かしてくれはる。お願いしたん私やけど、やっぱこれなに!? いや角名先輩が嫌なんちゃうくて、こ、こんなん恐れ多すぎてほんま! 私今日死ぬんちゃうん!? 刺される! 暗殺される!!
聞けば角名先輩は妹さんがおるらしくて、昔はこうやって妹さんの髪を結ってあげたりしとったらしい。
そのエピソードはだいぶ意外やけどでもギャップ萌えというか、治先輩がおらんかったら絶対ちょっと角名先輩のこと好きになりかけてました……! って告げた時の角名先輩の顔は恐ろしいくらい虚無で「絶対それ治の前で言わないでよ」なんて言われてしまった。言いませんよ。
「で、どーすんの」
「大丈夫やって、ちゃあんと調べてきたったから!ほら、このサイト。このへん、絶対サム好きそうや思うねん」
「はぁ……」
「おら角名! もっとやる気出さんかい!」
「まじで何なの」
言いながらも、角名先輩は侑先輩が見せた画面を見ながら私の髪をいじりだす。いっつものあの、腕吹っ飛ぶんちゃうん!? ってくらいのボールをブロックしてる角名先輩の手が、今は器用に私の髪を結っていく。くうぅ……鏡がないせいで見られへんのが惜しい! み! た! い!
でも、ちょっと冷たい指が耳とか首筋とかに当たる度にビクッて肩が跳ねてその度に「……お願いだからその反応やめて」「ご、ごめんなさい!」のやり取りも何回したか。
「……出来たよ」
「すご! 角名天才やん」
「か、鏡! 見たいです!」
「ないから写真撮ったるわ!」
侑先輩が掲げたスマホに向かっておずおずとピースを作ると、パシャリという音が部室ん中に響く。
見せて見せてとせがんで向けられた画面には、サイドの髪を綺麗に編み込んで後ろでアップにしてもらった自分の姿。
うわぁ、めっちゃ綺麗! かわいー! なんてはしゃげば「ぶっは! 自分で言うやん!」って侑先輩に笑われる。でもほんまに可愛いんですもん! すごい!
「角名先輩! ありがとうございます!」
「……いーえ」
「名前ちゃん、喜ぶのはまだ早いで!」
「え?」
「失礼しまーす」
「!?」
「お。来た来た」
「侑先輩……この方々は……?」
「んー? 俺のクラスの手芸部と茶道部の人達」
「へ……?」
なんやようわからんけど、ドヤ顔で侑先輩は紹介してきたその方々はどうやら侑先輩のクラスメイトらしい。な、なに……?
そっからは……というかそっからも? 私は全然状況に着いていけんまま、気が付けば角名先輩がしてくれはった髪だけやなくてしっかりと浴衣まで着せられどっからどう見ても今から夏祭りに行く格好になってて。
「おぉ〜〜! 馬子にも衣装やん!」
「それ褒めてねぇ」
「な、な……」
「じゃあ私ら帰るね。それ、洗濯とか気にしやんでいいからまた明日取りにくるわ〜」
「おっ、ありがとうさーん」
「な、なんですかこれ!?」
手芸部の方が何着か持って来てくれはった浴衣を私にあてがったかと思たら、茶道部の方があっという間にそれを着付けて、そんでちゃんとお礼をする間もなく去って行ってしまう。
侑先輩を見上げればまた不意打ちでパシャリと写真を撮られて、そこに写っとった私は自分で言うんもあれやけど……やっぱ中々ええんちゃうん、これ。……うん、可愛いやん。え、いい。いい感じ。
なんでも侑先輩は私のために、たまたま手芸部の人たちが部活で作った浴衣を着てくれる人を探しとるんを聞いたとかで私を推薦し、その着付けのためにわざわざ茶道部の人まで呼んだらしい。あぁ、手芸部の人が何枚か写真撮って行きはったんはそのため?
いやでも、そもそも侑先輩は私のためになんでこんなことまで? ……なんて浮かぶ疑問はニコニコと笑う侑先輩自身がすぐに教えてくれた。
「ほんでな、このお礼として名前ちゃんに一個お願い聞いて欲しいねんけどっ!」
「お願い? わ、私に出来ることならなんでも!」
「名前ちゃんがいっつもおる友達、おるやん?」
「……? あ、さっちゃんのことですか?」
「多分そう! その子、俺に紹介してほしいねん!」
「え……ええ!? さ、さっちゃんを? 侑先輩に?」
「そ! な、頼む! 一目惚れやねん! 名前ちゃん協力してーや!」
「侑先輩が……」
さっちゃん。侑先輩のお願いってさっちゃんやったんや。確かにさっちゃんは女の私から見てもめっちゃ美人やしスタイルもええし明るいし、侑先輩ぐらいの人と並んでも全然遜色ないかもしれへんけど……でも、
「あの……さっちゃん、彼氏いるんですよ」
「は……はぁあ!?」
「せやから紹介は無理ですね、すみません」
「ちょっ、まっ、……うそやん!? こんなしたったのに!?」
「どんまい侑」
「最悪やああああ!!」
コントのようにその場で崩れ落ちる侑先輩に、申し訳ないながらも少し笑ってしまった。あぁ、でも侑先輩にはちゃんと別でお礼せなあかんなぁ。勿論角名先輩にも!
ちょびっとだけ拗ねてもうた侑先輩と、面倒臭いのかそんな侑先輩には触れもせん角名先輩、そんでそのお二方のお陰でお祭りスタイルに変身した私。
「おっやっと来た! お前ら遅いわ、待ちくたびれ……うおお?! え、なん!? 苗字ちゃんどうしたんそのカッコ!」
「えっへへ……なんか色んな方にやってもらいました……」
「えぇ〜〜めっちゃええやん! やっぱ女の子は浴衣やなぁ、治!」
「お、治先輩! どうですかね!」
「…………ええんちゃう」
「!」
急いでやってきた夏祭り会場では先に来とった治先輩と銀島先輩に手を振って迎えられて、るんるんでこの姿を見せると銀島先輩はめちゃくちゃ良い反応をしてくれはる。
それからこの格好を見せたかった大本命、治先輩にもドキドキと緊張でうるさい胸を押さえながら聞いてみると、表情こそ変わらんけどボソッと呟かれた言葉。私はその一言だけで天にも昇るぐらい嬉しくなってしまった。
え、ええんちゃうって! ええんちゃうって言うてくれはった! それってつまり似合ってるってこと? 可愛いって思ってくれはったってこと!? きゃーーーーそんなそんな、照れますって!! もうそんなん付き合いますか!? ゴールインですか!?
「っ、わっ」
「あっ……! ぶな……」
「ひっ……す、すんません……」
「はしゃぎすぎたら転ぶで」
「は、はひ……」
「せっかく綺麗なカッコしとんのに、汚れたらもったいないやん」
「!」
テンションが上がった勢いでか足がもつれていきなし転けるとこやった私は、前のめりになった身体を咄嗟に伸びてきた治先輩の手によって支えられる。薄い浴衣越しに感じた治先輩の体温はいつもより熱く感じて、このドキドキは転けそうになったから……それとも治先輩のせい?
治先輩が今どんな表情してるんか見たいのに、治先輩はフイッて顔を背けてしまうからそれも叶わんかった。
「あーもう何いちゃついとん! 置いてくで二人とも!」
「何荒れとんねん、ツム」
「言うとくけどなぁサム! 名前ちゃんをその格好にしたんは俺やからな! 感謝しろよ!」
「……はぁ? なんで俺が」
「あ、あとその髪! それきっれーに結ったったん角名やで! そこも感謝せえよ!」
「ちょ、っと! 俺の名前出さないでよ!」
「……ほぉん」
「……最悪」
「?」
その後は先輩らと一緒に楽しく出店を回った。触れとった治先輩の手はいつの間にか離れてもうてたけど、でもずっと私の隣にいてくれたんも十分に嬉しい。
夏の夜特有のジメジメ不快な気温も今日だけはあんまり気にならへんくて、どこからともなく聞こえる太鼓と笛の音とか、そこら中に溢れてる浴衣やお面を身につけた人達、どこを歩いとっても香る美味しそうな匂い。全部が合わさったそれが非日常を感じさせて、気分を高揚させる。
毎日部活も楽しいけど、やっぱこういうんもええよなぁ! しかも大好きな先輩らと来れたんやし。めっちゃ贅沢! こんなん最高の夏の思い出やん!
なんて浮かれすぎたんが悪かったんやろか。先輩らがりんご飴を買ったんに着いて私も……、と出店のおっちゃんからに受け取り振り返ったときには
「……あれ?」
知ってる顔は誰もおらんくなっとった。
え……あれ?先輩らは?
「お、治先輩? 侑先輩……! 角名先輩、銀島せんぱーい!」
名前を呼んでみても誰からも返事は返って来おへんしやっぱり姿も見えへん。じわじわと焦りが出てきた私はあたりを見回すけど知ってる顔はどこにもない。
あかん、これ……はぐれた!? うそ、え、どうしよ!? 私迷子!? 高校生にもなって迷子て!
「治先輩ぃー……」
こんな機会、滅多にないのに。時間は限られとんのに。迷子になってる自分が不甲斐なくて、でもどうしたらええか。一応スマホで先輩らに順番に電話してみるけど、誰も気付きはらへん。もしかしておらんくなったんもまだ気付かれてへんかも……
さっきまで楽しくて仕方なかったのに、一気に落ちるテンションは正直や。だってしゃーないやん。治先輩おらへんし……
しゃあない、ゆっくり先輩ら探すかぁ。花火までに会えたらいいなぁ。
慣れへん草履で足の指が痛くなってんのも気付かんふりをして、私はまた歩き出した。
「あ、苗字ちゃん!?」
「お、治先輩、?」
今、私を呼んだのは?
あの子は夜の隠し子
21.07.26.