宮治長編 I my darling!!

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「な、夏祭り!?」
「おん。練習終わった後みんなで行こ言うてんねんけど、苗字ちゃんも行かへん?」
「そ、そそそ、それは治先輩も……?」
「治もおるで。俺と角名と侑と治」
「行きます!!!」
「ははっ、分かった。ほんなら明日な」
「はい! お疲れ様です!!」

 インターハイが終わって数日。ここらへんでは一番大っきい夏祭りに二年の先輩達と一緒に行かへんかって銀島先輩が誘ってくれはったんは、今日も自主練を終えてさぁ今から帰るぞってときやった。

 夏祭り!? 治先輩と!? そ、そんなんもうデートやん絶対行きたいに決まってる!! 銀島先輩の誘いに勿論首を縦に振った私は、キラッキラの笑顔で先輩を見上げる。治先輩とデート。え、治先輩とデート!!?
 夏祭りはもう明日やし急な誘いやねんけどって申し訳なさそうな銀島先輩やったけど、そんなん関係ない。明日、どないしたら治先輩と最高の思い出を作れるか。浴衣……は着たいけど行くんは部活終わりで直接やから着られへん。し、先輩らしかおれへんのにやっぱちょっと恥ずかしい。
 メイクはこの前のマネちゃん先輩さんのときに失敗してもうたし、髪の毛だけでもちょっと気合い入れて……いやでも部活の時点で汗でぐっちゃぐちゃなりそう。うぅ、そんなん嫌や……

 うんうん唸っとると、いつの間にか侑先輩がそんな私を面白気に観察しとるんに気付いた。にやにや顔の侑先輩はいつもなら帰る用意ができたら真っ先に帰って行きはんのに。ちょっと、なんなんですか!

「えらい楽しみにしとんなぁ」
「そらぁ夏休み部活ばっかですし、めっちゃ嬉しいですもん!」
「それだけちゃうやろ? サムがおるからやろ?」
「そっ、れは……まぁ、」
「せやのに何、うんうん悩んどんの」
「いや、せっかく治先輩と夏祭りなんてチャンスやのに浴衣も着られへんし何もアピールできへんなぁって……」
「ほぉん? ……あっ。でもそれなら俺に秘策があるわ!」
「え?」
「明日、協力したる」
「協力……?」

 出た。侑先輩の、悪巧みしたようなその顔。別人やって分かっとんのにやっぱり双子、治先輩にちょびっと重ねてしもうたその顔にキュンと胸が鳴る。

「だっはっはっはっは! 明日のお楽しみや!」
「はぁ……」
「まぁ?悪いようにはしやんから。ちょーっとサムの目にちゃんと名前ちゃんが女の子として映るようにしたるだけやって」
「えっ! そ、そんなこと出来ます!?」
「俺を誰やと思っとるん? サムの片割れの侑クンやで?ばっちし名前ちゃんをサム好みに仕上げたるわ!」
「あああありがとうございます! さすが侑先輩!!」
「フッフ、もっと褒めてくれてもええよ?」

 にんまり笑った侑先輩に再度お礼を告げると、丁度部室から出てきた角名先輩も治先輩。
 私と侑先輩のツーショットに気付いた角名先輩は、「うわまたなんかめんどくせーこと言ってそう」なんて呟く。面倒臭いことでなんですか! これは作戦会議ですよ、角名先輩!

「ツム先帰るんちゃうかったん」
「名前ちゃんに捕まっとった」
「えっ!? あ、え、ごめんなさい?」
「はよ帰らなおかん怒っとんで、今日の買い物荷物持ちお前やろ」
「わかっとるわ! ほんなら名前ちゃん、また明日な!」
「は、はい! お疲れ様です!」

 最後の挨拶まで、侑先輩に聞こえてはったんかどうかは定かではなかった。走ってってしもた侑先輩の背中はあっという間に見えへんくなって、代わりに私の隣には治先輩と角名先輩が並ぶ。

「苗字ちゃんも早く帰りなよ」
「あ、はい! お疲れ様です、治先輩、角名先輩!」
「お疲れ」
「お疲れさん」

 あぁ〜〜今日も治先輩はかっこよかったなぁ! 明日はデートやし! 部活以外での治先輩も見れるとか、私めっちゃ幸せ者やん!!

 そうやって分かりやすく浮かれた私は、次の日の部活も呆れられるくらい絶好調やって。それがどんくらいかっちゅうと大耳先輩に「苗字、今日キレキレやなぁ」って褒められたり、北先輩に「苗字なんかええことあったんか? あんまはしゃぎすぎて転ばんようにな」って言われたりするくらいには。

 いつもは毎日の部活も楽しくて仕方ないけど、今日ばっかりははよ終わらんかなぁって思うくらい。神様はそんな密かな願いすら今日は叶えてくれる、なんやコーチも監督も用事があってはよ部活も自主練も終わらなあかんとかで、いつもより全然早い時間に全員着替え終わって部室を出ることになって。

「祭りまだ全然余裕ちゃう? 今日に限ってはよ終わるんてタイミングええなぁ」
「はよ行こうや、腹減ったわぁ」
「治のそれはいつもでしょ」

 先に着替え終わった私は部室の外で二年の先輩らを待っていると、賑やかに現れた先輩方。そういえば結局侑先輩の協力ってなんのことやったんやろ? そのことに関してまだ何も言われてへんけど……なんて、疑問に思いながらも四人を迎える。

 すると侑先輩は急に、そのまま進もうとした私達をとおせんぼするみたいに一歩踏み出して両手をバッと開く。

「あっ! 俺と角名と名前ちゃん、ちょっと遅れて行くから! サムと銀だけちょお先行っといて!」
「えっ」
「え? そうなん?」
「……なんでやねん」
「え、つか俺も?」
「おん、角名も残って! ほら! 二人はさっさと行きぃ」
「うおっ、なんやねん押すなって」
「何企んどんねん」
「俺も先行きたいんですけど」
「ええからええから! 後のお楽しみや!」
「ねぇ無視? キレるよ?」

 って。強引な侑先輩は、不満気な治先輩と銀島先輩だけを先に行かせてしもて残ったんは侑先輩と角名先輩、そして私。
 まだまだ日差しがあって暑いこの時間、ミンミンと蝉の鳴き声をバックになんか珍しいこのスリーショット。私は何のこっちゃさっぱりで黙って侑先輩に従うしかなくて、そんでそれは角名先輩も一緒みたいやった。

「なにこれ」
「名前ちゃんをサム好みの女にしてやろう作戦」
「えっ、と……」
「はぁ? まさかそれ話してたの? 昨日」
「そう! とりあえず名前ちゃんの髪、角名やったって! そういうん妹にやってたって前言うとったやろ」
「え!?」
「はああ? いや、普通に無理でしょ、なんで俺が」
「ええやん。サムの驚く顔見たない?」
「いや別に」
「はあぁあああ? おもんない男やなぁ!」
「いや、俺まだ死にたくないし」
「そこもおもろいところやんけ!」
「?」

 なんかよう分からんけど、私なりに整理すると今から角名先輩が私の髪を弄ってくれはるってこと? え? そんなん恐れ多すぎて死なん? 角名先輩ファンに刺されへん?
 しかも角名先輩も嫌がっとって、後輩の私がそんなんさせられるわけないんですけど!?

「俺はな? 最近のサムと名前ちゃん、焦ったくてしゃーないねん! はよくっついてほしいねん!」
「あ、侑先輩!?」
「なぁ、名前ちゃん。名前ちゃんかてはよサムと付き合いたいやんなぁ?」
「そっ……え、あ、はい!」
「ほら角名! 可愛い後輩の頼みやで!? 俺らが協力したらなあかんやん!」
「……まじで侑なんか裏あるでしょ。てか俺がやったって治にバレたら俺がやばいんだけど」
「ええ、ええ! 大丈夫やって、任せときぃ!」
「お前だから任せられないんだっつーの」

 言いながらも角名先輩は断れないと悟ったのか、適当な階段に私を座らせてヘアゴムとか櫛とか持ってんのって聞いてくる。え、いや、部活用のならありますけどそれくらいしか……

「あ、大丈夫! 俺が持って来たから! ヘアアイロンもあるで!」
「……まじで何、侑気持ち悪い」
「はぁあああん?! 気持ち悪いてなんやねん! 名前ちゃんのためやん!」
「だからそこがまず意味不明なんだって」
「はぁ……」
「な、なんかすんません……」

 私だってほんま全然話についていけんまま。とにかく治先輩の好みになれるならと、よう分からんけど流れに身を任せるしかない。

「……あの! お、お願いします! 角名先輩!」
「ほら! 名前ちゃんも言うとるで角名! 男見せ!」
「……まーじで意味わかんないんだけど」

 はぁ、とため息を吐いた角名先輩は、隠すこともせず嫌な顔を作る。そんでもここは、いくら後輩やからって私も下がられへん。
 目指せ、治先輩好みの女! 目指せ、治先輩との夏祭りデート!

 何や知らんけど気合を入れ直した私は、この後角名先輩に土下座する勢いでお願いしてようやっと受け入れてもらうことに成功した。


可愛い子には狩りをさせよ


21.07.25.

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