宮治長編 I my darling!!

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「名前」
「……さっちゃん」
「お疲れ様」
「私、ちゃう」
「うん。でも名前もバレー部の一員やろ。お疲れ」
「う、ん……っ」
「ほらぁ。泣いとるやん〜〜」
「だあってぇー……」

 ぼとぼと落ちる涙も気にせんとさっちゃんに飛び込めば、細い腕が私を抱き締めてくれる。ぎゅうって込められる力が優しくて、あったかくて、また私の涙腺を刺激して。

 インターハイ、決勝。私達稲荷崎高校は、準優勝全国二位という結果に終わった。ずっとずっと、息をするんも惜しいぐらい凄かった。だってみんなめっちゃカッコ良かったもん。いつもカッコいいけど、そのどれよりもカッコ良くて、そんで夢見てるみたいやった。
 私達は強い。そう思わせてくれるプレーを見せてくれる先輩らに私達はどこまでもついて行きたくなる。絶対にうちが勝つ。信じるとかじゃない、当然のようにそう思った。
 思い出なんかいらんって、その横断幕を提げて挑んだ全国の頂きは……それでもあとちょっとのところで私達をそこには上げてくれへんかった。

「うっ、うぅ、さっちゃんん」
「はいはい、頑張ったなあ、えらいえらい」
「う、子供扱いぃ……」
「だって名前めっちゃ泣いてんねんもん」
「っく、ふ、ぅう、ぐ、ぐやじい゛……」
「せやなぁ、悔しかったなぁ」

 うちらも気持ちは一緒やで、って。ぽんぽんって背中を叩いてくれるさっちゃんはほんまに優しい。

 試合が終わってすぐやからまだみんな集まってんやろうけど、私だけ先に撤収準備のためロビーに出てきた。北先輩は男にやらせえって言ってくれはったけど、ゆっくり来てくださいって言うたんは私が真面目やからじゃない。
 誰も泣いてへんねんもん。皆、終わった瞬間も、挨拶するときも、誰も泣いてへんかった。終わってもうた、って。ただそんな顔をしてた。そんなところでマネージャーの私が泣けるわけないやん。

 多分北先輩も私が堪えてんのを何となく気付いてはったと思う、ほんなら後で行くから軽いもん先出しといてなって言うてくれはって、私は精一杯いつも通りの返事をした。
 涙腺が保ったんは、そこまで。ロビーに出てきたら吹奏楽部として来とったさっちゃんの姿が目に飛びこみ、そしたらもうあかんかった。

 夏休み前から毎日毎日必死に練習して来て、ほんで予選で勝ち上がる度に喜んで、そうやった日々がもう遠い昔みたいで。
 ぐずぐずと鼻を啜る私にさっちゃんは「あ」って呟くから、私はぐっちゃぐちゃなまんまの顔を上げた。

「なん……」
「治先輩やで」
「え゛?」

 振り返ろうとすんのと、ぐいって手を引かれたんは同時やったと思う。さっちゃんがパッで手を離すから何の抵抗もなく後ろに倒された私をすぐに支える硬い胸板。
 誰かなんて今さっちゃんが言うたから勿論分かってる。ギギギギ、と音がなりそうなくらいぎこちなく首を捻ればそこには呆れたような表情の治先輩がおった。

「おしゃ、おさ、む、せんぱい……」
「きたな」
「ひ、ひどい……!」
「鼻水ついとんで」
「うそぉ!? や、見んといてください……」
「ほれティッシュ」
「うっ、あ、ありがとうございます……」

 ティッシュを持った治先輩は動かへんから、え、これもしかしてちーんしに行けってこと? そ、そんな羞恥プレイある!? なんて思いつつもそれも美味しいと思ってしまう自分もおる。
 恐る恐る近付くと、「ブッ」そのまま鼻どころか顔面にティッシュを押し付けられた私は、到底年頃の女の子が好きな人の前で出すとは思えへん声が出た。

「あ、ほんなら名前、私もう行かなあかんから帰ったら会おな! 治先輩もお疲れ様でした!」
「おん。応援ありがとうな」
「いえいえ! 名前のことよろしくお願いします!」

 さ、さっちゃん!? 未だティッシュを押し付けられたまんまの私はモゴモゴともがくばかりで結局何も言えへんまま、解放された時既にさっちゃんの姿はなかった。

 じとりと治先輩を見上げると、治先輩は何もなかったみたいな顔して「フッフ、まだ鼻出とる」なんて……いやなんで笑ってんの!?
 今度は素直にくれたティッシュで鼻をかんだけど、なんとなく気まずくって視線は足元に落ちてしもうた。

 だってなんて言えばええか分からん。私だって中学の時は選手としてバレーをしとった、試合に勝ったことも負けたこともある。だけどそんなん、先輩らに比べたら……ううん、比べんのも烏滸がましいくらい、全然違う。
 先輩達は強い。そんで、めちゃめちゃ楽しそうにバレーをする。もっと見てたかった。出来れば勝って、最高の笑顔で喜ぶ皆を……先輩らを、治先輩を見たかった。

 そう思ったらやっぱりまたじんわり涙が滲んで、それはすぐ粒となって落ちていく。あほやん。私が泣いて、どうすん。悔しかったのは、勝ちたかったんは、治先輩らの方がずっとずっとそうやったはずやのに。

「また泣いとる」
「ふっ……う、ぅ、ごめんなさ、い」
「フッフ、苗字ちゃんはよう泣くなぁ」
「ごめっ……ごめんな、さい、」
「えーよ。まだみんな来んわ、好きなだけ泣きい」

 右手はポケットに突っ込んだままさっき私の腕を掴んでた左手で向かい合ったまま腕を引いて……治先輩の胸に私のおでこが当たる。そんなん、あかんやん。私は治先輩の前でも泣きたくないのに。今だけは、誰の前でも泣きたくないのに。

「っ、……ぅ、……おさむ、せんぱぃ、」
「んー?」
「ぉ、お、おつかれさまです……」
「おん。ありがとぉ」
「勝ちたかった、です」
「せやなぁ」
「悔しい、です、っ」
「悔しいなぁ」
「つ、次こそ、」
「おん。春高は、勝つよ」

 最後の言葉だけ、やけにハッキリ耳に響いた気がする。そんくらいしっかりと私に届いた治先輩の言葉は、普段侑先輩の前でだけよう見せる負けず嫌いなところが見えた。
 春高は、勝つよ。治先輩がそう言うてくれただけでなんか胸の奥がめちゃくちゃ熱くなって、頬を伝ってた涙がヒリヒリと熱を持って。

「ふっ、ぅ、うわあああああん」
「!?」
「治先輩、好きですうう」
「はぁ?」
「好き、好きです、めっちゃ好きですうう」
「……泣くんか叫ぶんかどっちにしいや」
「じゃあ叫びます!」
「黙って泣いときや」
「ひどいっ」

 言いながらも、ポンポンって後頭部に治先輩の手が回ってくる。あっかん。それはずるいって、治先輩。
 調子乗んなって怒られるかな、引き剥がされるかな、って先輩のジャージを掴んでみるけど、それには何も言われんと頭に回された手もそのまんまやった。

 うう。好き。試合に負けたこととか、治先輩が優しいこととか、もう色んな感情がぐちゃぐちゃになってそれを表現すんのに私は泣くしかできひん。
 周りからむっちゃ見られてる気するけど、でもしゃーないよな。負けちゃったんやもん。好きなんやもん。しゃーないしゃーない。

「……何してんのお前ら」
「うわ」
「あっ! な、なんで離すんですか治先輩!」
「最悪や苗字ちゃんの鼻水ついた」
「付けてませんよ!」
「角名ぁ、ジャージ交換して」
「え、嫌なんだけど」

 ゾロゾロとロビーに出てきた他の部員も混じって、いつの間にか治先輩はもう隣におらへん。
 せやけどいつの間にか涙は止まっとったし、動いた瞬間に自分から香った治先輩の香りに……私は自分でも知らんうちに胸を高鳴らせるんやった。


まばたきの度に侵食



21.07.14.

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