宮治長編 I my darling!!

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 昼休み。夏直前のこの時期、なるべくクーラーの効いた教室から出たくなくって購買に行くこともめっきり減ってもうた。元々毎日お弁当の私は暑いからって基本外に出ることはないし、一緒に食べてるさっちゃんも同じようなもん。
 今日も今日とて二人で一個の机に二人分のお弁当を並べて、ある意味お昼ご飯よりも大事なお喋りの時間に夢中やった。

「なぁ、ちょお思っとったんやけどさ」
「?」
「治先輩さ、ちょっと脈あらへん?」
「え?」
「先輩も名前のこと……好きなんちゃうん?」
「へ……ええ!?!?」
「うるさっ」
「いや、え、あ、え、なに!? なんで!?」
「だって治先輩、なんやかんや言うていつも最終的に名前に優しいやん? 合宿の話聞いた時も思ったし、この前の買い出しの話聞いた時も思ったけどさあ」
「えっそうかな!? 治先輩私のこと好きかなぁ!?」
「ちょっ、名前声大っきいって」
「あっ…………!」

 さっちゃんに咎められて、慌てて周りを見渡す。今更言うまでもない、治先輩は学校の有名人であり人気者。
 いっつも好き好き言うてる私でもそれは分かっとるし、変に騒いだらファンからやっかまれることだって理解してる。侑先輩と治先輩のファンの人ってちょっとこわいし、二、三年の先輩とかにはなるべく目も付けられたくない。

 そもそもバレー部でマネージャーしとる時点でたまに何か言われとんのも知っとるもん。ここは一年の教室といえど油断は禁物で、私は少しだけ声を潜めて改めてさっちゃんに向き合った。

「……ほんまに、そう思う?」
「うん。私的には結構イケると思う」
「結構イケる……」
「いやでもほんま、あの治先輩と付き合えたらすごいで! 頑張りや、名前!」
「さ、さっちゃん……! ありがとう、私頑張る……!」

 やっぱ持つべきものは友達や! さっちゃんの言葉に何かやる気をいたいただいてしまった単純な私、今日の部活なんか良いことありそう! ああ早く治先輩に会いたーい! なんてテンションは鰻登りやった。はずやのに。……なんでこんなことになったんでしょう。


「で?自分調子乗っとんのちゃう?」

 目の前で私を睨む、ぎろりとした双眼。あ、こわい。やっぱ私はこういうん慣れてないんですって!
 それだけで一瞬怯んでしまった喉を震わせ、それでも必死に声を絞り出す。

「な、なにがですか……」
「バレー部のマネしてるってだけでムカつくのに、その上自分治くんのこと好きらしいやん? なんや侑くんにも名前で呼ばれとるし、どういうつもり?」
「そんな、」
「一年のくせに宮兄弟に色目使うとかほんま一回自分の立場考え、っいだああっ!? はぁ!? なんやねんクソサムゴラァ!」
「気色悪い裏声使うなやクソツム!」
「誰が気色悪いんじゃ迫真の演技やったやろがい!」
「何のやねん!」
「俺らのファンに決まっとるやろ見て分からんのかクソサム!」
「分かるわけないわクソツム!」
「あ…………」

 さっきまで目の前におった侑先輩が後ろから飛んできたボールを綺麗に後頭部で受けたと思ったら、あれよあれよと始まる恒例の双子乱闘。ボールの犯人は勿論治先輩。
 私はどうしようどうしようと慌てて間に入ろうとしたけど「やめた方がいいんじゃない?」って角名先輩に止められたまま、ただそれを見守ることしか出来ひんかった。

 部活前のちょっとした時間でも治先輩と侑先輩は相変わらず喧嘩しとって、なんべんも見慣れたはずのその光景がなんやいつもと ちょっと違うように見えたんはそこに私が絡んでるからかもしれん。
 侑先輩や治先輩の頬に傷が増えていくのをハラハラと眺めながら、私はついさっきのことを思い出しとった。


* * *


 ことの発端は、侑先輩の急な一言やった。

「名前ちゃんってさぁ」
「はい」
「なんや女子同士のいざこざとか、やっかみとか、そういうんに巻き込まれたりせえへんの?」
「え?」
「あんだけサムに付き纏ってんねんからサムのファンになんか言われたりせーへんのかなって」
「今んところは……なんか直接言われたりはしたことない、ですね」
「ほぉん……」
「な、なんですかその意味ありげな顔は!」
「いーや? でもうん、ほんなら、今から慣れといた方がええんちゃう?」
「え?」

 にやり。見上げた侑先輩は意地悪っていうか企んでるみたいっていうか、とにかくそんな表情でビシッ!と私を指差す。
 近くで私たちを眺めていた銀島先輩が「侑、人に指差しなや」なんて言ってはったけどそれは華麗にスルーされていた。

「だってそのうち名前ちゃんとサム付き合うやん?」
「ええ!?」
「え? ちゃうの? いっつも好き好き言うてるやん」
「い、言うてます!言うてます付き合います!」
「やろ? そん時絶対ファンになんか言われるやん?」
「はっ……!」
「そういう時慣れとったら、サムが助けに来やんでも何とかできるかもしれへんやん?」
「そ、そうか……確かに! 治先輩の手を煩わせるわけにはいきませんもんね!」
「せやろ? じゃあほんなら俺が、練習すんの協力したるわ」
「お願いします!」

 って。なんでいきなりこんな話に? って思わんでもないけど、何か今日はあるんやろか。さっちゃんといい侑先輩といい、まるで治先輩と私が両想いみたいな、そんなそんな、……!

 そんで始まったあのやりとり。治先輩によって中断されてもうたけど、やっぱこんなん侑先輩にしてもらうこと自体恐れ多かったな……!? と思ったところで、緩んだ頬もそのままにガシッと肩を掴まれた私はそのままぐるんって身体を後ろに向かされた。え、なに!?
 ビックリして肩を掴んだ人物を見上げると、それは治先輩で。向こうで侑先輩がまたにやにやこちらを見てんのが目に入る。

「……何やっとん」
「え……いやその、私が治先輩のファンに呼び出された時用の練習……?」
「呼び出されたことあんの?」
「え?」
「呼び出されたことあるん?」
「や……な、ない、です」
「ほんま?」

 グイって顔を寄せて来た治先輩は、ドアップで私をじっと見とった。その白い肌も特徴的な眉も感情が読み取れない目も、全部全部今は私だけのもの。そんな距離感で治先輩は私だけを見つめて、私も治先輩を見上げて。
 ほんまに何が何かわからんくて、体温だけが上がってくる。

 ああ、あかん。ちょっとは慣れた思ってた治先輩に慣れることなんかないんやろか。その瞳に映ってんのが私だけや思ったら急に緊張して来て、ふいっと目を逸らしてしまったら治先輩はそれが気に入らへんかったらしい。ムッと眉を寄せて私に一歩近づいた。

「……なんでツムなん」
「……へ?」
「……なんかあったら俺に言いや。なんでツムなん」
「や、え、……で、でもほんまになんもないんです! その、練習っていうか、もしこんなことになったら〜〜っていう保険的な感じで……」
「…………」
「もしそんなことあったら! 万が一! 万が一ですけど、でも治先輩には迷惑かけへんようにするんで!」

 そこまで言うと、治先輩ははぁって大きくため息を吐く。な、なんですか!?
 そろそろ部活が始まる時間で、もうとっくにみんな来てはるし。
 あっちの方には北先輩達も見えるし、とりあえず今は準備せな……そう思って一歩、私も横にずれた時。

 さっきまで私の肩を掴んでた治先輩の手が今度は私の腕をとって、そんでそのままそこに居させようとしてくる。

「なっ」

 振り返った先輩は、やっぱりさっきとおんなじ表情で私を見つめとった。

「ど、どうしたんですか、治先輩」
「……なんでツムなん」
「え?」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………?」
「……なんもない。忘れ」
「え!?」

 そう言って、手放されてしまった右腕。重力に従って落ちるその腕が自分のものじゃないみたいに熱くて、最後に見た治先輩の表情が何とも言えん、しまった、って顔やったのが頭から離れんくて。

「……な、……え? なんなん、……?」

私の頭の中ではなぜかこのタイミングで、さっちゃんの「先輩も名前のこと……好きなんちゃうん?」って言葉がぐるぐるしとった。
え…………?


すべてを暴く権利をちょうだい



21.07.13.

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