2020'sXmas短編集 fin

  


忙しくて忘れとった。そう言ったら治くんはなんて言うやろう。きっとすごいガッカリするか、もしかしたら怒ってまうかも…。今の今まで忘れてた事実を思い出して、血の気が引く昼休み。それは二週間前、彼氏の治くんとのやり取りだった。

* * *


「なぁこれ見て、名前ちゃん」
「うん?」
「ここのクリスマスケーキ、めっちゃ美味しそうやない?今年はこれ予約しようや」
「わ!ほんまや、めっちゃええなぁ。私もこれ食べたい!」
「ここのケーキ屋人気でネットとかじゃ予約できへんから、時間見つけて予約しに行かなあかんな」
「あ、私行くよ!治くん店忙しいやろ」
「え、でも名前ちゃんも年末やし忙しいやろ」
「全然私の方が帰りとかに寄れるから、任せて!」
「ほんま?ほんならお任せするわ」
「うん!」

* * *


一緒に過ごすクリスマス。私は治くんが食べたいと言ったケーキの予約を自ら買って出たのに、その役目をまるっきり忘れたままクリスマス当日を迎えてしまったのだ。言い訳と言ったらあれやけど、この二週間ほんまに想像以上に忙しくって、仕事以外のことを考える時間も余裕も全然なかった。でもそんなん治くんも心配してくれたんを自分で大丈夫や言うたんやし関係あらへん。

今日仕事が終わったら治くんの家に行く予定やから、もうその帰りしか時間はない。当日販売分もあるって確か言っとったけど、それってどんくらいあんねやろう。売り切れたり、するんかな。
私はすぐにSNSを開いてケーキ屋とお目当てのケーキの名前を検索する。するとヒットしたのは、もう売り切れていた、という今の私にとっては絶望的な情報。

あああどうしよう、最悪や…!こんなことなるならあんときすぐに予約に行くか、それか大人しく治くんにお願いすればよかった…!
今日という日をめちゃくちゃ楽しみにしとったのに、一気に憂鬱になる。いや、治くんとクリスマスしたいけど、でも、言われへん、言いたくない…!

そんでも時間は止まってはくれない。ていうか仕事中やし、今日だけは残業なんかしたくないからと目の前の書類たちに集中しとったらあっという間に定時になってもうて…

「…お先失礼しまーす」

どうしよう、のまんま何も解決することなく、私は会社を出た。

治くんのとこに着くまで、色んなことを考えた。プレゼントは一応持ってる。せやのになんで、ケーキだけ忘れてたん…!
何にしろ手ぶらだけはあかんと途中に見かけたケーキ屋に飛び込み、まぁ普通やなって感じのクリスマスケーキを購入するも、私の気持ちは晴れない。だって治くんのお望みのケーキはこれちゃうもん。そんなこんなで治くんの家にはすぐ着いてしまい、チャイムを押す前に深呼吸を一つ。

さすがにこんなんで別れ話とかになるとは思わんけど、でも食べ物に関しては治くんめっちゃ厳しいしな…喧嘩、にはなるかも…。ああ、楽しみにしとったのに、なんでこんなことに…

中々それを押す勇気が出ないまま、手元のスマホからピロンッと通知音。やば。相手は勿論、治くん。

"まだかかりそう?もしかして残業なった?"

あああ、違う、違うよ治くん…

"定時であがれたよ"
"迎え行こか?"
"ううん、大丈夫"
"ケーキ屋混んでた?"
"まぁまぁかな"
"ありがとうな、楽しみにしてるわ!"

ああーーーー…自分で自分の首を絞めてる気がする、これ…!ますます中に入る勇気がなくなって、どうしよう、今日だけで何十回も浮かんだ言葉がまた頭の中を駆け巡る。でも、早くしないと、治くんに怪しまれる…でも、でも…
蹲って頭を抱えた、その時。

目の前の扉からチャリと鍵が開く音が鳴って、その隙間から今会いたいけど会いたくない人、治くんの頭がひょっこりと飛び出した。

「うぉ!?びびったぁ」
「治くん…」
「なんやずっと外からピロンピロン聞こえるなぁ思っとってん。どうしたんそんなとこで」
「え、あ、いや…」
「寒いやろ、中入り?」
「うん…」
「?どっか痛いん?しんどいんか?」
「ううん…お邪魔しまーす」

様子が変なんやろう私に心配そうな表情を向けてくれる治くんに心が痛くなる。促されるままに中に入り、ゆっくりと靴を脱いで部屋の中に入ると、治くんはすぐに私を抱きしめてくれた。

「お疲れ様ぁ」
「あ、ありがとう…あんな、治くん、ケーキやねんけどな」
「ん?ああ、冷やしとかなな、貸して」
「これ…」
「あれ、あそこのケーキ屋ってこんな袋やったっけ」

即バレるやんーーーーー!自分で白状しようとしたけどなかなか言葉が出てこんくて、治くんはケーキが入った別のお店の紙袋に自分で気が付いてしまう。首を傾げるそんな治くんを見て、私は申し訳なくって…

「うっ…うわあああんごめんなさいいぃ…!」
「え、なん、どうしたん名前ちゃん!?」

まるで子供のように、大粒の涙がこぼれだした。

急に泣き出した私に、治くんは慌てて近くの机にケーキを置いて私を抱きしめる。途端に大好きな治くんの匂いに包まれて、それでも涙は止まらへん。自分でもなんでこんなことで泣いてんのって感じやけど、楽しみにしとった治くんとのクリスマスを台無しにしてしまった気がして、ただただ悲しかった。
ほんまやったら今頃笑って一緒に楽しんでたのに、って。

「なんで泣いてんの?なんかあったん?やっぱどっか痛いん?」
「う、うぅ…っおさ、おさ、む、くん」
「ん?大丈夫、ここおるで」
「ひ、っぐぅ…わた、私、けーきぃ、」
「ケーキ?」
「予約、せなあかんかった、のに、忘れとって、…!」
「あー、そういうこと」
「治くんが食べたいって言うてたやつ、今日も、もう、売切れとって、ほんで、ほんで、…っ」
「うんうん、わかった、わかったからいったん落ち着こ、名前ちゃん」

ポン、と頭にのせられた温かい手は、そのまま私の髪を緩くかき混ぜる。優しいその手つきに、治くんから聞こえる規則正しい心音、それから穏やかな声。それらに半ばパニックになっていた私も少し落ち着いた。
治くんは涙は止まったもののぐちゃぐちゃになった私の顔を見て、ぶふっと噴き出す。

「ぶっ…ふくく…名前ちゃん、ひっどい顔しとんなぁ」
「ぁう…」
「…うそうそ、いっつも通り可愛いで」

つん、と突き出した私の唇へ、一瞬だけ触れるキスをしてくれる治くんの表情はやっぱり穏やかだった。

「名前ちゃん忙しかったやろし、別にええよ。そんなことで怒らへんわ」
「でも…治くん、食べたがっとったから…」
「せやから代わりに、他のん買ってきてくれたんやろ?」
「でも…食べたかったやつちゃう…」
「ええで、別に」
「へ」
「名前ちゃんと食べるもんは何でも美味いし」
「治くん…」
「俺は名前ちゃんと過ごせたら何でもええねん」

治くんの優しい言葉が、じわりと身体に溶け込んでくる。そんな…あんなに食べもんに厳しい治くんが…ほんまに?治くんの言ってくれたことは嬉しいけど、でもやっぱ申し訳ない気持ちも捨てきれない。微妙な表情の私に、治くんは、また小さく笑った。

「ほんなら来年は、一緒に予約もしに行こ」
「来年…?」
「来年も一緒にクリスマスやるやろ?」
「!やる!」
「ほんならあれは来年食べれるから、今年はこれがええわ」

ゆるゆる口元を緩めてそんなことを言う治くんに、目の奥がツンとした。…食べ物に厳しいから怒るかもと思ってごめんなさい、治くん。
私は今度は自分から治くんにキスをして、そして見上げる。治くんは私の頬を指の腹ですりすりと撫でた。

「ほな、改めてクリスマスしよか」
「…うん」
「名前ちゃんのために飯もいっぱい作ってんで」
「!治くんのご飯!」
「おん。絶対美味いで」
「食べる!」

今度こそ満面の笑みの私に治くんは満足気に笑って、クリスマスツリーのライトをつけてくれる。良かった、ちゃんと治くんと楽しいクリスマスを過ごせるみたい!



治くんとクリスマス。どこか行くよりお家で美味しいもの食べて過ごすんじゃないかなぁと思ったり。
20.12.24


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